自分自身を信じてみるだけでいい。きっと、生きる道が見えてくる。
「『自分自身を信じてみるだけでいい。きっと、生きる道が見えてくる』」
また何か言いだした。
俺、相沢武は国語担当教師である杉崎有果の言葉を一応聞くだけ聞いておきながら、夏休み前の期末試験に向けて一応の勉強をしていた。
科目は英語。google検索したいね、「国語 授業 とは」って。どこかには「英国語」の検索結果が出るかもな。
「これはドイツの詩人、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの格言である。
宗教的でありながらも決して人に対して高圧的ではない、優しく人生を諭すように語られるこの言葉は、誰もが抱くべき名言と言える」
確かにいい言葉だ。人は誰しも生きる道って奴を探し求めるもんだし、それ故に迷ったりもする。
けれど自分自身を信じていれば、自ずと道は拓かれていく事だろう。
例えそれが平坦な道だとしても茨の道だとしても、自分自身を信じていれば乗り越える事も可能となりえよう。
逆に自分自身を信じなければ、乗り越えられる壁も乗り越えられまい。
「相沢、この言葉を聞いて、お前はどんな生きる道を見つけられるかな」
「少なくとも国際化社会に馴染む為の道は歩めないって事は分かったから、日本国内で日本語で話して通じる仕事に就こうって道は見つけられた」
「随分と後ろ向きな事だ」
これに関しては彼女に返す言葉もない。でも正直生まれ育った国の言葉覚えるので精いっぱいだよこんなの。
俺がthis isの使い方で悩んでいると、杉崎はいつも通りこの手の話題をあの手の話題に変えてくる。
「そして私はこの言葉を、ゲーテの性的趣向に繋げる事ができると踏んだ」
「踏まなくていいっつの」
いつもの事なので周りのクラスメイト達も話題に乗ってくることはない。
……いや、亜理紗はちょっと興味あり気な感じだ。最近の居残り授業の影響か、彼女は杉崎のどうでもいい内容をしっかり聞くようになっていた。
「だって自分自身を信じるんだぞ? 生きる道が見えてくるんだぞ? 性癖だろう」
「暴論にも程がある」
「こう置き換えろ。
『自分の性癖を信じてみるだけでいい。きっと、生きる道が見えてくる』――ほら、絶対これ自分の性癖を自覚した上で受け止めようと考えている漢の言葉だぞ」
そう置き換えられたらそりゃそうなるけれども、原文から性癖を想像する事はもはや妄想だよ。
「では中村、このゲーテが述べた格言を、見事エロワードにして見せろ。文章を変えても変えなくても構わん。お前がこれまで学んだ努力の成果を周りに見せつけろ」
「はい、頑張りますっ!」
そこで、男子生徒のほぼ全員が亜理紗に注目した。亜理紗がどんな下ネタを口にするのか、下世話な事だが興味があるのだろう。
「んー……『おっぱいを信じてみるだけでいい。きっと、生きる道が見えてくる』……なんてどうですか先生!」
亜理紗の口から放たれた「おっぱい」という単語に、彼女を注目していた男子生徒が「ありがとうございます……っ」と次々口にしていった。コイツらこれだけで満足なのか?
「なるほど、つまりゲーテはこう考えているわけだな。
『もはやおっぱいは宗教。おっぱいを信じていれば道も拓ける』みたいな」
杉崎、さっきお前この格言を「宗教的でありながらも決して人に対して高圧的ではない、優しく人生を諭すように語られるこの言葉」って言ったよな。すげーおっぱい圧しつけてんじゃん。
あ。「おっぱい圧しつける」って言葉の価値を、って意味な? おっぱいそのものを圧しつけようとしてるんじゃないと思うよ?
そうならちょっと嬉しいけれど、俺の記憶上ゲーテは男性だったから雄っぱい圧しつけられても困る。
「ふむ……ただ破壊力が足らんな。中村の口から平然とおっぱいと出たのは非常に美味しゅうございましたありがとうございます、ありがとうございます」
杉崎お前もか。
「では相沢、中村に手本を見せてやれ」
「この流れももう慣れけどさ、たまには他の奴にもやらせたらいいんじゃね? 俺だけ指名とか、ちょっと生徒贔屓が過ぎるんじゃありませんか杉崎先生」
「他やりたい者」
しーん、としている。誰も手を上げない。そりゃそうだ。
「他にやりたがっている者がいないので、贔屓ではあるまい」
「俺も手上げてないし、他薦なら平等にするべきじゃ?」
「他薦とは『コイツが最適です』と薦める事だ。つまりお前が最適と私が踏んだのだ。いいからやれ」
「……わかったよ」
この流れもやり取りも、もう慣れたものだが、しかしそれでも納得はできていない。周りの奴もちょっとは協力してくれよ……。
持っていたシャーペンを置き、空いた手を胸にやって、小さく深呼吸。脳内を空っぽにした上で、今回の言葉を思い返す。
――『自分自身を信じてみるだけでいい。きっと、生きる道が見えてくる』
ホント、宗教的に聞こえながらも、押しつけがましい事なんか何一つない。
どっちかというと宗教というよりは懺悔に対しての神託に近いかもしれない。
……神託? ちょっと待て、それは……。
頭の中を駆け巡る妄想、それが非常に鮮明に見えて――俺は思わず、目を見開いて、立ち上がり、机を強く叩いてしまう。
「どうした相沢。お前らしくなく、考え及ばず物に八つ当たりか?」
「違う! 杉崎、ちょっとこの椅子に座ってくれ!」
「うん? まあいいだろう」
彼女は俺の願い通り、先ほどまで俺が掛けていた椅子に座り、俺の次なる反応を待った。
「目をつむり、想像してくれ。
ここは教会だ。告解室は無い方がいいかもしれない。教会はちょっと質素だ。
自分と、シスター以外は誰もいない。人気も少ないし教会員も少な目で献金も相対的に少ないから、豪華にすることも難しいかもしれない。
小さな教会なので、神父は出張による告解が多めだと思う。この時もそんな感じだ」
「……うむ、言葉が多いと良いな。想像し易い」
「まずはシスターに声をかけよう。
『告白したい罪がある』と。するとシスターは少々悩む。
『現在神父は席を外しております』と。だが心優しいシスターは、自分でよければと願い出て、椅子へ腰かけた自分の隣に座った。
そして自分は悩みを、罪を告白する。
罪の内容は何でもいい。
『ちょっとしたミスで人に迷惑をかけた』だとか『無垢な少女に破廉恥な事を教えてしまった』だとか『男子である自分がクラスメイトの男子に強姦未遂を働いてしまった』だとかな。
艶っぽい目で、シスターは悩みを聞いて下さっている。それだけ真剣なんだ。
シスターには邪念もなく、そして相手を包み込む慈愛の精神がある。自分が告発した罪を、悩みを、全て神へ聞き届けてくれた。
そんな隣に座る彼女が――つい、勢い余って、こうする」
杉崎の内ももに、そっと手を置く。
彼女は目をつむっているし状況を凄い想像しているので、俺が触ったとしてもビクリと震えるだけで、俺の行為を咎めやしない。
「そして言うんだ……」
杉崎の耳元に口を持って行って――全力の裏声で、語りかける。
「『自分自身を信じてみるだけでいいのです。きっと、生きる道が見えてくる筈ですわ (裏声)』」
「ふぉおおおおおぅう……ッ!!」
目をわずかに開くが、虚ろな表情で顔を真っ赤にし、ブルブルと震えて、落ち着いてからはハァ、ハァ、と呼吸を求める杉崎。
「エッッッッッッ、ってこういう事か……っ!」
「すげーエロく感じないか? 別にエロい事してないんだよ?
ちょっと勢い余って内ももに手を置いちゃって、つい熱が入って艶っぽい声になっちゃうだけなんだよ? シスターは変なことしてないよ?」
「なるほどそうか……宗教的でありながらも押しつけがましくないこの言葉、実はそう言った修道女による言葉であった……
つまり、性癖の暴露ではなく『俺今日こんなエロい事あったんだよ!!』っていう自慢話だったわけだ!!」
「考えついた時には、ちょっとゲーテが羨ましかったよ。だから机叩いちまってさ」
「仕方がない事さ。こんな事、誰もが嫉妬する……!」
どうやら周りの男子諸君も同様の妄想をしてみた結果、総じて「おぉう……!」や「エッッッ」とか「エチエチやでホンマ……」とか口にしている。
「……所で聞きたかったんだが、途中で私の内ももに触り、あの声を喋っていたのは、お前か?」
「ん、ああゴメン。気持ち悪かったか?」
「いや……むしろ、スベスベの手と超可愛い声でお姉さんビックリした……っ」
男子生徒全員が俺の方を向く。
「え」
どうやら杉崎が羨ましかったようで、次々に俺への囁き依頼が殺到。
今日の俺は、喉が枯れるまで耳元で裏声を囁き続けるという、同人音声声優もビックリの仕事をしなければならなくなったのは、言うまでもない。
まぁ結果、給食のクリームシチューを多めに貰えたので個人的にはOKです。




