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中学教師は働かない。  作者: 音無ミュート
プロローグ
2/47

私たちの生き方には二通りしかない。奇跡など全く起こらないように生きるか、全てが奇跡であるかのように生きるかである。

「『私たちの生き方には二通りしかない。奇跡など全く起こらないように生きるか、全てが奇跡であるかのように生きるかである』」


 また何か言いだした。


俺、相沢武は目の前で国語の教科書を見ながら教卓の机に腰掛けた教師――杉崎有果をチラリと見た後、先ほど帰ってきたテストの答え合わせをし、別紙プリントに書き写していた。それが、この学校での学力アップ方式だった。


 本来ならば宿題となっているのだが、国語担当である杉崎の授業中はほぼ自由時間となっているので、家でやらなきゃいけない事に集中できる。


「これはかの有名なアルベルト・アインシュタインの格言だ。この一生への見解は、私を強く突き動かしている。


 こうして私が教師として生きているのは前者であるからか、それとも後者であるからか……考えは止まらない」


 少なくとも今の授業態度を見て奇跡ではなく必然だと思える生徒がいるなら、俺はソイツの顔面をぶん殴っているだろう。


「そしてこの格言は、ある種アインシュタインの性的趣向を意味する言葉に変化すると、私は考える」


『アインシュタインに土下座しろ』


 生徒ほぼ全員による総ツッコミが入りました。


「まぁ聞け。性的趣向、つまり性癖の事だ」


 彼女は黒板に『奇跡』と書き記す。ここまでは普通に国語の授業かもしれないが……。


「では中村。この奇跡という単語の代わりに、何かを当てはめてくれ」


「ハイ!?」


 廊下側から数えて三番目の列、前から二番目の席――丁度俺の前に座る中村亜理紗が、突然の質問に声を乱す。


その頭頂部で小さく二つ結びにされた金髪と小学生とも見紛う程の幼い顔立ちをした彼女は、うーんと悩み、悩み、悩みきった末に「え、えっち……?」と発言した。


「なるほど。つまりアインシュタインは『えっちなど全く起こらないように生きるか、全てがえっちであるかのように生きるかである』と述べていたわけか。


 では、まずこうであると仮定すると――


『人生は、童貞・処女を貫き通すか、この世の万物が全てエロシチュエーションに直結する変態になるか、二通りある』と想定していたという事だな、中村」


 世界の偉人様に何て言う侮辱を。



「だがイマイチ、インパクト性に欠けるな。乙女の口から『えっち』という単語が出てくるのは非常に興奮したが」


 コイツはなぜ教師と言う職をやっているのだろう。その辺小一時間位説教してやりたい。


「では代わりに相沢。お前の童貞パワーを全生徒に見せつけろ」


「イヤだ」


「今ので国語の関心・意欲・態度が最低ラインになったぞ」


「あ、キッたね! 成績盾にするとか横暴だぞ杉崎!」


「嫌なら考えろ。私の想像を超える超大作エロワードだ」


 ただでさえ通知表の成績が悪いのに、これ以上下げられたら母ちゃんに怒られる……何かないか、何かないか……!


「三、二、一……」


「わ、分かった! 言うからちょっと待て! 集中させろ!」



 杉崎のカウントダウンを止めて、少しだけ神経を集中させる。シャープペンシルを机に置いて、手は胸に。そして、小さく深呼吸。


スゥ……と。息を吸いながら、思考を先ほどのアインシュタインの格言へ。



 ――私たちの生き方には二通りしかない。『奇跡』『など』全く起こらないように生きるか。全てが『奇跡』『である』かのように生きるかである――


『など』『である』という接続詞が使われている事から、ここに当てはまる言葉は『シチュエーション』または『状況』だと予想される。


 ただ単に『胸』や『脚』など答えると、後の文章に支障をきたす。つまり――。


ハァ、と息を吐く。


俺は目の前の杉崎に視線を向けて、小さく言い放った。



「『奇跡』。その単語に当てはまる、別の言葉は――『恥じらい』だ」



 杉崎がニヤリと笑いながら、黒板に先ほどから何度も言われる格言の原文を、少しだけ変えて殴り書く。



『私たちの生き方には二通りしかない。恥じらいなど全く起こらないように生きるか、全てが恥じらいであるかのように生きるかである』



「少し文章としておかしいかもしれないが、そこは目を瞑ろう。問題として、この『恥じらい』を当てた場合、どういうシチュエーションが待っているか……つまり!」



 杉崎がワイシャツの第一、第二ボタンを素早く外し、その大きな胸元を、俺達に見せつける。


 淡色の肌、二つの山、そして谷間――その山に当たる蛍光灯の光と、その谷間に出来る薄い影……これらが淫靡な状況を作り出し、男子生徒ほぼ全員の視線がそちらに向く。もちろん俺の視線もだ。ついでに女子の数名もそっちに目をやった。


「こうして、エロい状況を作り出しているにも関わらず、全く恥じらいの持たぬ――つまり、無表情萌え」


 そして、と一拍置きながら、胸元のボタンを直して、乱れた衣服を直すと――顔を赤くして下唇を上唇で甘噛みし、胸元を隠す。


 その表情っ! その仕草っ!


「……こ、こうして、望んで育ったわけでもない肢体によって、異性に視姦され、恥ずかしさで顔を赤らめる……つまり、内気萌え……!」


 杉崎の、無駄に有る演技力によって生まれる、恥じらう女性の絵は、俺達男子生徒の心を鷲掴む!


 な、なんだ……何だ、この、胸の奥からこみ上げてくる、熱いパトスは!


 ――全て、股間に集中される!


「なるほど、この『恥じらい』というシチュエーションを得たアインシュタインの言葉は、相対する二つの性格を内包する、素晴らしき格言となるのかっ!」


 杉崎がそう叫ぶと同時に、雄たけびが上がる。


先ほどまで、我関せずを決め込んでいた男子が、一人を除いて一斉に立ち上がり――


 そして、お尻を後ろに引きながら「恥じらい! 恥じらい!」と、女子の視線が痛い事など、気に留める事もせず、俺達は叫び続けた。


――後に。


生活指導の田中先生が部屋に乱入し、杉崎共々男子生徒ほぼ全員が、指導室に連行された事は、言うまでもないだろう。

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