友情と恋愛とは、人生の幸福を生み出す。丁度二つの唇が、魂を有頂天にするキスを生み出す様に。3
「……すまない、武」
「あ、いや。俺こそ、ごめんな」
やはり考えた上で、コイツの求めていた俺との関係が『恋人』では無いと分かったようだ。
これで告白の事実は無しにすればいい。そうすれば俺と恭弥は、今日の六時限目までの、親友に戻れるのだ――
「いや、俺は自分の無知が怖い。
……そもそも皆が言う【エロイ事】というのが、どうにもよく分からない」
ポカン……と、その場にいる恭弥と杉崎以外の人間が、口を大きく開けた。
「……え、田坂君、ホントに言ってる? 一応私でも、エッチな事がどういう事なのかは分かるよ?」
エロイ事をそもそも『性知識』と、『下ネタ』に捉えない亜理紗でさえ『エロイ事』という意味は分かる。
「う――嘘だっ! 絶対嘘っ、だって、だってどこからどう見ても性欲溢れるゴリラじゃないか、田坂君ってば……っ」
このメンバーの中で一番性欲溢れるゴリラである枝折なんかでも、盛りの付いたエロガキなのに。
「くく……そら見た事か」
「どういう、どういう事だよ、杉崎っ」
俺は混乱する頭の中で、何とか言葉を選び抜いて、問う事に成功する。杉崎はクククと笑いながら「聞いた通りさ」と簡単に言いやがった。
「そもそもコイツにはまだ『性欲』という物が無い。純粋なお前への『愛』を語った者なんだ。
――お前に対する愛が、田坂の心を『有頂天』にさせているのさ」
……信じられるか? そんな事って、あるのか?
つまりコイツは――心の底から俺の事を『愛して』くれていて、身体の関係なんか知らず、ただ俺へ『無償の愛』を注いでくれていた……?
恋人同士の所謂『セックス』は、悪い言葉を使えば『互いの性欲のはけ口』だ。
それを許容し合う関係にあるからこそ、人は恋人になれると、そう思っていたのに――
コイツは、幼子が感じるような『愛情』を、俺へ注いでくれていたのだ。
それをどうして――どうやって、否定すればいいんだ!?
「武、俺は皆の言うエロイ事と言う意味を、よく理解できない。
さっきからずっとそうだ、口を開けば『エロイ事』、『エロイ事』と、まるでそれが全てであるかのように」
「あ……う……っ」
ヤバい、顔が赤くなっているのが分かる。
コイツが俺に抱いている感情の正体を全て知ってしまった今、その好意が「嬉しい」と感じてしまう自分が、嫌らしかった。
「だがそれすら俺は『許容』しよう。お前がもし俺に『エロイ事をするな』というなら、俺はそれを『許容』するぞ。何せ意味が分からないのだから」
「う……うん」
「そして逆に『エロイ事をしろ』というのなら、俺はそれを『許容できるよう努力しよう』と思う。
それをこれから、お前が教えてくれればいい。それが出来なければ――その時こそ、俺はその程度の男であったと言う事だ」
「そ、それは今の所無いっ、け、けど……っ」
「なら、もう一度言う。――俺と、恋人になってくれ、武」
真っ直ぐな目。真っ直ぐな心。俺は――この答えを、どう受け止めればいいか、分からない。
だけど――この答えだけは、言わないわけには、いかないから。
「……ごめん」
そうだ。俺は元々許容できない事がある。
「……俺は、男と恋人になる事を、許容できないから……恭弥と恋人になる事、出来ない」
そう――俺は、決して『同性愛者』では無いのだから。
「そうか。残念だ」
「ごめん、ホントにゴメン。俺、お前の事を何も考えずに、ペラペラと自分の事ばかり語って、お前をもっと深く傷つけるかもしれないなんて……考えなくて」
「いや、いい。俺はそれすら『許容』しよう」
フッと微笑んだ恭弥。コイツは俺の頭を乱暴に撫でた上で――ギュッと俺の事を、抱きしめた。
「俺はお前の事が好きだ。そしてお前と恋人になりたいと思った。この感情は決して、間違いでは無いと思うんだ」
「うん、間違いじゃ、無いよ。でも、俺にはそれを、今は『許容』出来ない」
「ならばお前が『許容』できるまで、待ち続ける。そうなるよう、お前の心を動かせる男になろう。それも、間違いでは無いだろう」
「……うん」
ヤバいぞ。最初こそ怖かったコイツの事が、今この時『理解』できた気がする。
コイツの愛情を知った今――それを、俺は否定できていない気がする。
このままじゃ俺……『恭弥の愛情を受け取ってしまうぞ』……!?
「…………杉崎」
「何だ相沢」
「下ネタ、言ってくれ」
「相沢は男の雄ッパイと女のオッパイ、どっちが好きだ?」
「女の子のオッパイの方が好き――っ!!」
無理矢理恭弥の胸を押し返し、杉崎に向かって抱き付きに行った俺。
杉崎は「今日は許してやるか……」と俺の事を受け入れた上で、溜息をついた。
「……亜里沙、授業のまとめとして、為になる事を一つ教えてやろう」
「なんですかー?」
「ナンパってあるだろう」
「あるね」
「あれは、拒否する時に、下手な理論を突き付けるな。それを覆す返しをされた時、断る理由が無くなってしまう。適当に断りを入れて聞き流せ」
「勉強になりまーす」
今回、まさに俺の実体験が勉強として役立った所で、今日の授業は終わりを告げる。
……ちなみに今回のサービスシーンは、杉崎の胸に飛び込む所であるが、感想を述べるなら『柔らかかった』だ。