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完全である事自体が、不完全なのだ。1

「相沢君の事が、好きです。付き合って、ください」


 初夏の木漏れ日が入り込む、グラウンド倉庫の裏手において、俺の前でそう頭を下げた子が、一人。


俺――相沢武は、その子の事を深く、観察する。


身長は百三十センチ台と、中学一年生にしても小柄、綺麗な銀髪を肩まで伸ばしているが、顔に前髪がかからないようピンで固定され、顔立ちがよく分かる。


丸みを帯びた可愛らしい顔立ち、くりくりとした目、小さな鼻、そして薄桃色にぷっくりと膨らんだ唇が、この子の魅力を最大限に引き出していると言っても過言では無い。


今は六時限目の体育が終わり、日直である俺とこの子で、片づけをしている最中だった。つまり体操着を着込んでいる為に、そのスレンダーな体格も見て取れる。平均的な十二歳と言った所で、凹凸も無ければ筋肉も無い。


俺は空を仰ぎながら、今までの人生を振り返っていた。まだ十二歳の若輩者ではあるが、今まで俺の人生に【愛の告白】という文字は無く、したことも無ければされた事も無いと言うのが現実であった。


ならばこそ、美少女に告白された瞬間こそ、生きて来た価値を見出せると言うものだろう。


涙が、出て来る。それは今より始まる青春を歓迎する涙では、決して無い。


何故なら――それは『美少女からの告白では無い』から。



「……お前、男じゃん……っ」



 そう【彼】・美馬枝折は。


男なのだ。


**


「『完全である事自体が、不完全なのだ』……これはアメリカのピアニスト、ホロビッツの格言で……ぶふっ」


「おい笑うな杉崎。言うならちゃんと言え。言わねぇならその口閉じてろ」


「いやだって……人生初めての告白が同性からっておま……ふっ、ははははっ」


「笑うなっつってんだろうがっ」


「いやぁ、でもちょっと複雑かもね、武君」


 現在、授業後の居残り時間中。場所は一年五組の教室である。

 夕日も差し込む程の時間まで居残り授業をしているのは、俺の成績が悪いからでは無い。決してない。


今この時間は、目の前にいる中村亜里沙に『正しい下ネタを教える居残り』授業であり、俺は教師である杉崎有果と共に、彼女の講師を務めているからここに居るのだ。何度も言うが、決して俺の居残りでは無い。


「で。どうしてお前は、美馬少年をここに連れて来たのだ?」


 そう、今俺の隣には、ちょこんと座る美馬枝折の姿が。


 男子制服を着込んではいるが、その体格と男子にしては小さな背、そして若干丸みを帯びているものの、整った顔立ちから、コイツの姿は美少女にしか見えない。


……だが男だ。


「まだ告白返せてねぇから……だとは思うけど、ピッタリついてくんだよ」


「そうです。ボク、まだ告白、返事、貰ってません」


 途切れ途切れではあるものの、ゆっくりと、しかしハッキリとした発音で頷いた美馬。


「というか、相沢君。ここ、何の集まり?」


「知らずにいたのか……」


 告白されてからずっと俺の傍にいるので、説明もしていなかったのだが、はてさて……この場をどの様に説明すべきか。


「ここは無垢な少女にあられもない事を教える場だ」


「よし杉崎頭出せぶん殴ってやる」


 必死にどう綺麗な言葉で着飾ってやろうか考えていた俺の数秒が一気にムダになったじゃねぇかこのアマぁ。


「それは、相沢君が、中村さんに、エッチな事を、教えてるって、そういう、事ですか?」


 表情を赤めつつ、本当にそんな事を――と言わんばかりに震えている美馬。


(……コイツには悪いけど、こうやって嫌われて、告白を無しにした方が、結果的にはコイツの為になるのかも)


 確かに杉崎の説明はアウト中のアウトであるものの、しかしこの場においては正解だったのかもしれない。


「美馬少年も、良ければ参加するかい? 相沢からエロイ事を沢山教えて貰えるぞ」


「ぜ、是非……っ!」


 おかしい。そこは「ご遠慮します」って言う所だと思うんだが、なぜ今までコイツと会話した中で一番の声量がある返答を!?


「じゃあ。先生、武君」


「うむ、どうした中村」


「先生も時々、女の子のエッチな発言に興奮するー、とか言ってるけど、それってどういう事なんですか?」


「という事だが。相沢、どう説明する?」


「ど、どうなの、相沢君……っ」


 おい美馬、どうしてそんな荒い鼻息で表情を真っ赤にし、自分の胸に手を当ててる。さっきの告白でさえ淡々と放ったお前はどこに行った。


「あー……つまり、同性愛について、って事だよな?」


「この場合は同性同士の行為や劣情についてだと思うが、どっちにしろ、だな」


「ああ、どっちにしろ、だ。――亜理紗、美馬。例えば同性の恋愛感情について、どういう言葉を使うか、知ってるか?」


「分かんないやー」


「……えっと、ゲイ、だったかな?」


 亜理紗は首を傾げたが、美馬は悩みつつも答える事が出来た。俺も頷き、黒板に様々な書き方で記す。


「【ゲイ・セクシャル】、【レズ・セクシャル】、【バイ・セクシャル】、


 【薔薇】、【百合】、【ボーイズ・ラブ】、【ガールズ・ラブ】、【ホモ】


 ……様々な言い方はあるが、この場合は【ゲイ・セクシャル】と【レズ・セクシャル】って呼び方が一番正しいと思う」


「それぞれの説明を要求しようか」


 杉崎が至極最もな事を言ってくるので、溜めずに説明開始。


「【ゲイ・セクシャル】は、端的に言ってしまうと男性による同性愛思考の事だな。【レズ・セクシャル】は女性同士。


男性同士の場合【ホモ】も同じ意味合いではあるが、これはどっちかと言うと性差別的な軽視としても通じてしまうから、俺はゲイと呼ぶ方が良いと思う」


「じゃあ、バイ・セクシャルは?」


「別名【両刀】。つまり恋愛対象として男性も女性もイケるって奴の事。これは女性にも当てはまるな」


「【薔薇】や【百合】とは、お前もマニアックな言葉を」


「あー、薔薇と【ボーイズ・ラブ】、百合と【ガールズ・ラブ】は、アニメとか漫画とか、所謂二次元や創作物で通用する用語だから、覚えなくていい」


「ボーイズ・ラブとゲイ・セクシャルは、意味合い的に違うの? ガールズ・ラブとレズ・セクシャルも」


 良い質問だ亜理紗。同じ様に聞こえるのは間違いないけども。


「違う。本物のゲイやレズにそれを言うと怒るって話も聞いたことある」


「……あの、全部同じ意味に、聞こえる、んだけど」


 オズオズと手を挙げた美馬。俺も正直この違いを説明しただけで、分かってもらえるとは思っていない。

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