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どこかまだ足りないところがある、まだまだ道がある筈だ、と考え続ける人の日々は、輝いている。2

 と、そんなオレ達の前に、小さな段ボールを二つ、重たそうに持ってきた老人は、地面にそれを置くと、トントンと腰を叩いた。


「うー、腰が痛い。じゃあ何時も通り請求は学校で良いですかな」


「お願いします。ついでだ、お前たちも授業に必要な物品があれば持って来い。経費で落としてやる」


「美香、お前鉛筆とか消しゴムとか居るか?」


「むしろ有り余ってる位だよ」


「だよな」


「貴様ら学生の癖して勉強用具を持て余すのではないぞ」


「あ、じゃあ自由帳」


「自由帳って、全ページ真っ白なあれか」


「うん。落書きに使うんだ」


「授業に使う物品と言っておろうが美香よ」


 適当にシャーペンや鉛筆、消しゴムやノートを持ってきて、それらをレジに通した杉崎は、一つの段ボールを自分で、もう一つをオレに持っていくように指示した上で、美香へレジ袋を渡した。


「ではこのまま学校に行って荷物を置いていくぞ。その後コーヒーでもおごってやる」


「先生太っ腹!」


「美香、太っ腹という言葉を女性にあまり使うものじゃないよ」


「じゃあ何て言えばいいんだ?」


 確かに女性に向けて太っ腹、という言葉はデリカシーの無い言葉だと思わないでもないが、だとすれば適切な言葉が思いつかない。


「そうだな。――股の緩い女、とかはどうだ?」


「それはビッチと同義の言葉な気がするがどうなんだろう」


「よっ、先生! 股の緩い女っ!」


「よせ、そんなに褒めるな。鉛筆しか出ないぞ」


「やっぱり先生は股のガードが堅い女だなー」


「クソォッ! こんな屈辱は生まれて初めてだ……ッ!!」


「いや立派な事だよ」


 しかし美香の適応能力も素晴らしい。初見で杉崎を上手くあしらっているし、その上で楽しもうとする精神力には感服する。


「あ、ねぇ先生。ちょっと聞きたい事があるんだけど」


「何だね。私のスリーサイズは簡単には教えんぞ」


「そんなの見ればわかるからいいって」


「何、だと……!? 女性のスリーサイズを目測できる!?」


「簡単だって。先生上から92、61、87でしょ?」


「なぁ……!?」


 図星のようだ。彼女はその身体を捻って、彼女の視線から逃れようとしているが、既に見切られているのだから意味もない。


「くそ、美香は素晴らしい観察眼をお持ちだ……!」


「それより先生、聞きたい事」


「ん、そうだ。なんだった?」


「兄ちゃんの好きな人、先生って知ってる?」


「知っているぞ」


 思わず両手に持っていた段ボール箱を落としそうになったが何とか堪えつつ、オレは杉崎へと叫んだ。


「テ――テメェ杉崎、適当な事言うな!」


「お前が亜里沙に惚れた事などすぐに見切ったに決まっているだろう。伊達に教師はやっていないぞ」


「あ――ぅ」


 顔から火が出ているかのように熱い。


そんなにオレは分かりやすかっただろうかと思いながら、かつその上でこの教師から発せられるからかいを如何にして躱すべきかを検討していると――


「まぁ、その事について面白おかしくイジるつもりは無い。安心しろ」


「え……」


「私とて教師だ。生徒が抱いた恋心に茶々を入れられる程、愚かしくなった覚えは無い」


 フッと微笑んだ杉崎の表情に、オレはどこか感動すら覚えていた。


そうだ――コイツは確かにろくでなしだが、それでも教師として最低限の心構えはしっかりと持っているのだ。


だからこそオレは、コイツの事をしっかりと、教師であると理解しているのだ。


「で、先生。その兄ちゃんが好きな人ってどんな人?」


「大きな胸が好きなお前の兄を抱擁し、一瞬で恋の奈落に叩き落した女だ」


 もーせっかく人が見直していたのにその評価を一瞬で無にするー。


「やっぱ胸かー。先生、胸おっきくする方法知ってる?」


「という事だが、オッパイ博士は方法を知り得ているか」


「おおっ! 兄ちゃんはオッパイ博士だったのか! 教えてオッパイ博士!」


「お前の胸をデカくする事は遺伝子的に無理だと思うしオッパイ博士と呼ぶなし杉崎死ねだし」


 一通り思った事を口にしていると、オレが普段通う秋音中学校へ辿り付く。備品置き場に段ボール箱と、幾つか買いこんでいた勉強用具を置いていくと、杉崎がフッと息をついた。


「二人ともご苦労。私はこれから職員室に行って報告を済ませてくるから、校門を出て少しばかり待っていろ。後でコーヒーを奢ってやる」


「了解。美香、行くぞ」


「うん」


 美香と共に備品置き場を出て、その足で校舎を歩いていると――目の前に、見慣れた少女の姿があった。


「あ……」


「あれ、武くん? どうしたの、今日日曜日だよ?」


「な、中村こそどうしたんだよ、制服着て学校なんか」


 中村亜里沙だ。彼女はオレの発した言葉通り、制服を着込んで学校の廊下を歩いていた。本日は日曜日な上に、補習を行っていると言う事も聞いていないし、そもそも彼女は補習を受ける様な学力でも無い。


「ちょっとお勉強しようと思って、図書室を借りてたんだ。――武くん、隣の女の子は?」


 オレの隣に立って、ぼんやりと立ち尽くす美香を一瞥しながら「妹の美香だよ」と紹介すると、中村はパァと表情を明るくさせた上で「妹ちゃんなんだ!」と、美香の手を取った。


「へぇー、美香ちゃんかー。うん、武くんに似て可愛い子だねー」


「オレに似て可愛いってどういう事だよ」


 小さくツッコミを入れつつも、何だか無口な美香へ再び視線を向けた。


「……美香?」


 普段のコイツなら、とりあえず自己紹介位しそうなもんだが、今は口を大きく開けてポカンとしている。


「……えっと、兄ちゃんの、その」


「うん、クラスメイトの中村亜里沙だよ。よろしく、美香ちゃんっ」


 ニッコリと笑った中村の表情を見据え、しばしの時を過ごした後、美香は彼女の手を離して、オレの背中へと身を隠した。


「お、おいどうした美香、気持ち悪いな」


「……兄ちゃん、この人」


「あ?」


「めっちゃ可愛い。どしたらこんなに可愛くなれんの? アタシより可愛い」


「や、やめてよ美香ちゃんっ。恥ずかしいよー」


 顔を真っ赤にさせながらも、しかしまんざらでも無さそうな表情で頬をかいている中村の表情を見据えて、美香はどこか泣きそうな表情で、小さく呟いた。


「……ホントに、胸もアタシより五倍大きいし、しかもアタシより可愛いとか、卑怯じゃん……っ」


 唇を噛み締め、泣きそうな表情から、次第にボロボロと大粒の涙を流した泣き顔へと変わっていき、オレはつい心配になってしまう。


「おい、美香。ホントどうしたお前」


「何でもないっ!」


 小さく叫びながら、美香はオレの背から離れて走り去っていく。その姿を追いかけようとしたオレの肩を、誰かが制した。


「私が行く。お前は亜里沙を送って帰れ。美香は私が送ろう」


 杉崎だ。彼女はオレにそう語り掛けると共に駆けていき、すぐに二人の姿は見えなくなった。


「ど、どうしたんだろ、美香ちゃん。私、もしかして嫌われた……!?」


「いや、そんな事ねぇと思うぞ。アイツ人懐っこい性格だし、そもそも嫌われるような事、何もしてねぇだろ?」


「そうかなぁ……」


 何だか、連られて中村まで泣きそうだ。


――そんな彼女の顔は、見たくない。


「大丈夫。中村は何も悪くない。オレが保証する」


 そう語り掛けると、彼女は少しばかりオレの表情を見据えた上で、フフッと微笑んだ。


「……優しいね、武くん」


「べ、別に。ホントの事を言ったまでだ」


 微笑んだ彼女の表情が、素晴らしい程魅力的に見えて、オレは気恥ずかしそうに視線を逸らした。


そんなオレに向けて――彼女は言うのだ。



「あのさ、武くん」


「なんだ?」


「私ね、武くんの事、好きなんだ」


「え――」



 彼女の言葉に、オレは思わず中村を凝視した。


「この間から私、武くんの事を名前で呼んでるじゃない?」


「あ、ああ」


「それからね、何か嬉しいんだ。相沢くんじゃなくて武くんって呼べるのが、何だか嫌じゃないの。むしろもっともっと、武くんと一緒に居て、名前を呼んでたいの」


「あ、ありがと……その、えっと」


 上手く、言葉が出てこない。


それは、オレに対する告白なのだろうか。


それとも、彼女はオレにただ、友達としての好意を伝えているだけなのだろうか。


よく、分からないからこそ。


オレは言葉が出せずにいるのだ。


「お、オレも、中村の事は、好きだぞ。真面目で一生懸命だし……」


「じゃあ――これからは、名前で呼んでほしいな?」


 オレの手を、ギュッと握りしめながら。


亜里沙は微笑んで、オレにそう言ってきた。



 ――ああ、ズルイよ。その表情は。


――お前の笑顔が何より大好きなのに。


――またそんな顔されたら、もっともっと、深みにハマっちまうじゃんか。



「……亜里沙」


「えへへ、うん。嬉しいよ、武くん」


 無邪気に笑う、その表情を見据えて、オレは表情を真っ赤にさせる。


観念しよう。


オレは何よりも、この中村亜里沙を好きになってしまったみたいなのだ。

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