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どこかまだ足りないところがある、まだまだ道がある筈だ、と考え続ける人の日々は、輝いている。1

 相沢美香は、今年十一歳になったばかりの小学六年生の女の子だ。


母親譲りの端麗な顔立ちと父親譲りの男勝りな性格は、クラスメイトの男子にも人気があり、彼女自身もその内面を気にした事は、一度もない。


美香の趣味は、兄である武と同じく漫画を読む事である。それも少女漫画のようなキラキラしたものでは無く、男と男の熱い友情が描かれる、熱血少年漫画を好んで読む傾向があり、よく武の部屋へと侵入し、漫画を読み漁っている。


その日も同様だった。兄の部屋に入り、兄の持つ漫画雑誌を手に取って、兄の部屋にあるベッドに横たわり、雑誌を読んでいた。最近の少年漫画には劇画タッチの絵は少なく、女子が好みやすい淡泊な絵柄の漫画が多い事に辟易していた。バトル物も白が多いし、何だか物足りなさを感じる程だ。


だが――美香の頭には今、そんな物足りなさを感じる余裕すらないのだ。


「兄ちゃんに……好きな人、かぁ」


 先日、夕飯時。母である相沢静が、喜ばし気な表情で、武の好きな女の子について尋ねたのだ。


武は気恥ずかしそうに、だが確かに「可愛い子」だと、その好きな女の子を語った。


「可愛い子かぁ、アタシより可愛いんかなぁ」


 部屋に備えられた手鏡を見据えて、自身を見る。


自画自賛にはなるものの、可愛いという点では自身を上回る者を見た事が無い美香は、その言葉に訝しみながら、兄が口にしたもう一つの特徴を思い出していた。


「……やっぱ胸か、胸なのか」


 美香は、自身の欠点が「胸の小ささ」である事を気にしていた。だが自身の母である静は、そりゃあもう致命的な位に胸が無い。その娘であるからして、自身の乳房の成長は見込めないだろう。


 と、そんな時に、部屋のドアが開かれた。


「おい美香。お前勝手に人の部屋入んなって言ったろうが」


「あ、兄ちゃん。ジェット最新刊買ってきた?」


「買ってきた。けどお前、何で自分の胸揉んでんだ」


「大きくなんねぇかなーって」


「無理だろ、あの母親にしてお前と言う娘だぞ」


「母ちゃんに言いつけてやろー」


「テメ、オレに死ねってか!?」


「冗談だよ、そんな事したらアタシも死ぬし」


「なら良い。言っとくけど先にオレが読むからな」


「いいよ。アタシまだ先週号読んでないし」


 ベッドに腰を落とし、週刊少年ジェットの最新号を読んでいく兄の姿を見据えながら、美香も先週号を読みふける。


そして巻末の作者コメントまで読み終えた所で、兄の隣に座って、兄の表情を見据えた。


 兄は、同学年男子と比較しても、そこそこ格好良い顔立ちをしているものだと、妹ながらに誇っていた。

 クラスメイトの女子には、この兄を「カッコいいお兄ちゃん」と評価する者もいるし、それが自慢だった。


「兄ちゃんさ、好きな人ってそんなに可愛いの?」


「好きな人なんかいねーよ」


「嘘だ。昨日母ちゃんに誇らしげに言ってたじゃん」


「うっせーな。お前には関係ねぇだろ」


「関係あるし。絶対アタシの方が、その人より可愛いし」


「お前言ってて虚しくなんねぇの?」


「だって絶対事実だもん。アタシより可愛い子なんて見た事ないもん」


「お前の五倍は胸はあるぞ」


「五倍――ぃ!?」


「お前が今着てる服を着たら絶対にブラが見える。そん位デカい」


「そんな中学一年生いんの!? 中学生こえーッ!」


「ウチの女共が胸無さすぎんだよ」


「ねぇねぇ、アタシその人見てみたいなー。今度家に連れてきてよ」


「嫌だっつの」


「何でさ」


「何でも何も」


「何でも何も何も?」


「恥ずかしいだろ、馬鹿か」


 顔を赤らめ、溜息をついた後。


武はそこで、今年の頭に買ってもらっていた携帯電話が震えている事に気が付いたらしく、それを開いた。


「いいなー携帯。アタシも欲しい」


「ふふん。お前も来年買ってもらえ」


「でもいいんだー。アタシはスマホ買ってもらうし。父ちゃんに可愛い声でお願いしたらオーケー貰って録音までしたし」


「ズリィーッ! ――っと、杉崎からメールか」


「その人が好きな人なん?」


「ちげぇ。担任教師だよ」


「なんで担任の先生とメールしてんの?」


「色々あってな……ちょっと出てくる」


「何かあったの?」


「その担任教師と出かけてくる」


「はぁ? 日曜なのに先生と勉強なの? 熱心だねぇ兄ちゃん」


「勉強じゃねぇよ。荷物持ちしろって言われたんだ。次の授業で使う代物だってよ」


「兄ちゃんクラス委員とかでも無いじゃん。なんでそんなのに行くの?」


「逆らうと後が怖いからな」


 外着に着替えた兄の姿を見据えながら、美香はどこか納得いかないという表情をしながら、部屋のドアを開けながら、言い放つ。


「アタシも行く。着替えてくるから待ってて」


「は?」


「アタシも荷物持ち手伝ってあげる。だからついてく」


「何でさ」


「何でも何も」


「何でも何も何も?」


「すっげー興味あるし。兄ちゃんが逆らって怖い人。母ちゃんと同じくらい怖いって事じゃん?」


 ニッと笑みを浮かべた、その妹の姿に。


武も溜息をつきながら、仕方なしと言わんばかりに、その言葉に頷いた。


**


「相沢がロリコンだったとは思わなんだ。そうだ、今日はロリコン記念日として祝ってやろうじゃないかこのロリコン」


「お前、妹の前でロリコン連呼すんじゃねぇよこの性犯罪者予備軍」


 本日も担任教師――杉崎有果は絶好調だ。


オレ、相沢武は集合場所であったコンビニ前に居た杉崎に会釈しながらそんな会話を繰り広げ、その上でペコリと頭を下げた、妹である美香に視線を寄越しつつ、杉崎に紹介した。


「妹の美香。荷物持ちに付いてくるってさ」


「美香です、よろしく先生」


「ああ、妹君だったのか。宜しくな美香」


「アタシもちょっと驚いてるな。逆らって怖い先生って、凄く綺麗な人じゃん」


「ヘタに隙を見せるなよ。丸裸にされるぞ」


「何で!?」


「失礼な。裸にするなど、うら若き乙女にそんな事はしないさ」


「じゃあ何をすると?」


「せいぜい私の同類とすべく教育を施」


「美香逃げろぉっ!! お前まで変態になったらオレの精神が持たねぇ!!」


「なんかカッケー兄ちゃん!」


 そんなズレた会話を繰り広げつつも、杉崎と共に歩き出すオレ達三人組。


向かった場所は、学区の外れにある一つの文房具店である。コンビニよりも狭い店内にずらりと並べられた文房具の数々は、普段勉強をしないオレ達兄妹を圧巻させる程である。


「予約した杉崎だ」


「あい、お待ちしてましたよ」


 文房具店を営んでいるのであろう老人が、重たい腰を上げて店の奥へと足を運んでいく。


「一体何買うんだよ」


「全八ページの、無地の絵本だ」


「無地の絵本? へぇー、そんなのあるんだ」


「手描き絵本を作る為のものだな。今はだいぶ減ったが、昔は授業の一環として物語を作る授業があったものだ。起承転結を少ないページでまとめる構成力を養うには、これが一番丁度いい」


 ふむん、少し面白そうに思える。そして杉崎がそんなまともな授業を行おうとするなんて、どんな心境の変化があったと言うのだろう。


「保護者からもっとちゃんと授業をしろと言われれば、こうもなるさ」


「苦情来たのかよ」


「半分はお前のせいだぞ……」


「?」


 一体何を言っているか分からなかったが、少しはまともな授業をしようと言うのならば是非も無い。しっかりと授業を行って頂こうじゃないか。

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