3:幸せはまわる
少し息を切らしながらアリアが言う。
「ここならこの時間はあまり人がいないんですよ」
「知っている。ここで何度も君を見た」
あがる息を抑えながらアリアが言うと、マリクは真剣な表情で言った。
彼曰く、最初は神殿へ偶然立ち寄った際、見かけたのだという。
その時、アリアのあまりの美しさに一目惚れをし、何度もこの神殿へ足を運び、彼女を探した。
アリアが祈っている時や最後に、聖魔法の残滓を感じ、司祭に聖魔法の使い手について確認したが、中央神殿には使い手はいないとの回答だった。
それで王宮の礼拝堂の司祭に、聖魔法の使い手を探して欲しいと話している最中に、カイルが鼻をピカピカさせながらやって来た、という事だった。
夕刻に入る前の人気の少ない神殿で、アリアは困っていた。
目の前の男性は、第一騎士団の魔法術師さまだが、自分が聖魔法の使い手と言われても全くピンとこない。
自分が魔法を使っている自覚は全くないのだ。
「私は聖魔法では無く、子供騙しのおまじないをしているだけですから」
恥ずかしそうに俯いたままアリアは言う。
「それを私にやってみてくれないか?」
そんな彼女を愛おしそうに見つめながらマリクも言う。
「マリク様にですか?」
切れ長の青い瞳の男前に、お鼻ちょんのおまじないを希望され、アリアは俯いたまま真っ赤になった。
彼は食堂からずっとアリアを見つめている。
「あのあの。目を、その、つむって頂ければ……」
あまりにも強い眼差しに負けたアリアは、瞳を閉じた端正な顔に、再度赤面することになる。
戸惑った指先がマリクの顔の前をゆらゆらする。
一瞬、ギュッと目をつむったアリアは思い切って、指を前に出した。
「マリク様の願い事が叶いますように」
彼の高い鼻にちょんと指を当てたアリアは勇気を出して言ってみた。
彼女も神殿で、彼の姿を目で追っていたのだ。
彼は先程、アリアとの交際を望んだ。アリアは驚いたが、それ以上に嬉しかったのだ。
「アリア」
アリアの言葉が終わる瞬間、彼女は突然抱きしめられた。
「アリア、私の願いは君だ。君を望んでもいいのか?」
真剣な青い瞳は真っ直ぐにアリアを見つめている。
「マリク様……。私も、神殿でお見かけした時から、お慕いしておりました」
勇気を出してアリアが告白する。
互いに神殿で姿を探していた事がわかると、二人は傍目に見てもわかるほど赤面した。
人気の少ない時間帯といえども無人ではない。
現に、事情を知る司祭が見守るような、監視するような目で見つめていた。
アリアを抱きしめたまま、マリクが呟く。
「このままでは神殿で不埒な事をしてしまいそうだよ」
「……マリク様」
アリアを抱きしめる腕に知らず力が入るマリクに、彼女はそっと囁いた。
どこか悪戯めいた瞳でアリアは言う。
「マリク様、おまじないはキスの方が効果があるんですよ。
もう一度目をつむっていただけますか?」
思わず腕を緩めたマリクに、そう言って、彼の鼻先にちょんとキスをするアリアだった。
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三ヶ月後、人気の食堂の二人目の看板娘は、マリクの元へ嫁いだ。
やはりこっそりと肩を落とした常連客はいたが、皆、笑顔で祝福した。
アリアは変わらず、周りに幸せを振りまいている。
アリアは今日も神に祈っている。
アリアは知っている。周りが幸せだと自分も幸せになれる事を。
『君は決して大きく幸せにはなれない。でも不幸にもならない。
そして次の世界で、周りに小さな幸せを散らしながら生きて行けばいい』
その言葉を胸に抱きながら。
アリアは今日も食堂で給仕をしている。