2:おまじないはおまじない
アリアに特大のおまじないをしてもらった翌日、カイルは王宮騎士団の詰所に向かい、緊張した様子で第四騎士団の扉をノックした。
所属するのは第四騎士団。主に王宮周辺を警らするのが役目だ。
騎士団は第一騎士団が陛下の警護、第二騎士団が大后陛下の警護、第三騎士団が殿下の警護、第四騎士団が周辺警護に当たり、各団には魔法術師も所属している。
「おはようございます。本日配属になりました。カイルと申します」
緊張でガチガチになっているカイルに筋肉質で長身の男が答える。
「おう来たな。俺は第四騎士団、団長のデビットだ。
今日は、王宮内の共有部分から説明して、顔見せもするぞ。ついて来い」
デビットは緊張気味のカイルの背を優しくポンと叩き、歩き出した。
二人は王宮内の共有部分、資料室、図書室、大広間などを歩き回った。
最後に礼拝堂に足を踏み入れると、そこには第一騎士団の魔法術師であるマリクが司祭と話し込んでいた。
マリクは長い黒髪を幅広のリボンで緩く束ねた、切れ長の瞳の物静かな風情の男性だった。
「おう!マリク丁度いいところに。
こいつはカイル、今日から第四で警らに当たる新人だ。よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
声をかけられたマリクは、緊張して固くなっているカイルに目を向け、一瞬驚いたような表情をし、鼻を凝視しながらものすごい勢いで向かってきた。
「……あの?」
「この光は?鼻に何をしたんだ?これは魔力の残滓?」
「どうしたマリク?」
興奮した様子のマリクに、その場にいた皆が目を丸くする。
「君たちには見えないのか。彼の鼻に微量だが、聖魔法の残滓がある」
「聖魔法?!」
「これはどこで術をかけて貰った?誰にかけて貰った?第四には聖魔法の使い手がいるのか?そしてなぜ鼻にかける」
興奮して矢継ぎ早に問いかけるマリクは、瞳孔が開き少し怖かった。
あまりの勢いに司祭まで側にきて「おおこれは!神聖なる聖魔法の残滓!」と騒ぎ出す。
困りきったカイルは助けを求めてデビットを見つめるしかなかった。
「落ち着いてくれマリク。新人がビビっちまう」
「んん。失礼。少し興奮した。カイル殿の鼻に聖魔法の残滓があったものでつい」
その内容はさっきから何度も言っていたので分かっているが、カイル自身は聖魔法に心当たりはなく、ただ鼻といえば、アリアにおまじないをして貰ったことを思い出した。
「あの、聖魔法は分からないんですが、鼻は、幼馴染におまじないをして貰って……」
「おまじない?」
マリクは心底意味が分からないという表情で、呟いた。
「はい。小さい頃からの習慣で、まあ気休めみたいなものなんですが……鼻に、ちょんと指で……」
「その幼馴染はどこにいる」
「中央神殿の近くの食堂の娘です」
中央神殿と聞いたマリクは、一瞬息を詰めた。
「中央か。その娘は中央神殿で祈りを捧げる金髪の少女か?」
「金髪ですが、祈りについては分からないので、食堂へ案内しましょうか?」
「頼む」
少しだけ悩んだ後、マリクは食堂への案内を望んだ。
カイルは幼馴染を見世物にするようで少し心は傷んだが、アリアのおまじないは食堂を利用する皆も喜んでいることなので、この魔法術師マリクも珍しがっているだけだろうと案内をした。
一行が到着したのは丁度ランチタイムが終わりかけている頃だった。
「おーいこんにちは」
「いらっしゃい。あら? カイル、もう食べにきたの?」
ひょっこりと入り口から顔を覗かせた馴染みの顔に、アリアは笑った。
「いや実は、紹介したい人がいて」
「あら!彼女?」
もじもじしているカイルを、アリアは明るく揶揄う。
「いやそうじゃなくて」
もごもごと言いづらそうにアリアから目線を逸らしているカイルは、扉の後ろのマリクを何とか紹介しようとした。
しかしその前にマリク自らが行動した。
「失礼。お嬢さん。
私は第一騎士団所属、魔法術師マリクと申します。
結婚を前提にお付き合いしてください」
「「「「ええええええ」」」」
マリクのいきなりな求婚に、厨房にいた父母や店内にいたお客さんまで一斉に叫んだ。
しかしアリアは、伊達に看板娘を5年もやっていない。彼女は、驚いて目を見開いているが、さらりと流した。
「自己紹介が求婚って。ふふ、おかしな人ね」
アリアは、ほんの少し頬を染めながら、どこか嬉しそうに返事をした。
「私は本気だ。君が中央神殿で祈っている姿を何度も見かけたんだ。一目惚れなんだ」
マリクの本気の告白に、流石にアリアも恥ずかしくなり、顔が真っ赤になった。
誰もが呆気にとられていると、マリクは跪きアリアの手を握った。
「本気なんだ」
真剣な青い瞳がアリアを射抜く。
あまりにも真っ直ぐでアリアは居たたまれなくなった。
びっくりした周りのお客さんも、いまは成り行きをニヤニヤ見守っている。
「ああもう!ちょっと外に出ましょう!」
どうして良いのか分からなくなったアリアは、思わず握り返した手を引き、神殿まで走ったのだった。