私の値段。
虐待表現があります。ご注意ください。
私の値段。
私の値段はいくらなんだろう。いつになったら、この苦しみから逃げられるんだろう。
「あんたなんか産まなきゃよかった」
「お前、なんだその目は」
「あんた誰のおかげで生きていけると思ってるのよ」
「お前なんか、死ねばいい」
私はいつも、家にいる人にそう言われてきた。
叩かれ。殴られ。寒い中ベランダに放置され。真冬でも薄着のままで。
でも反抗したら、下の妹が同じ目に合う。
私はお姉ちゃんだから、我慢しなくちゃ。
痛いのも、寒いのも、我慢すれば大丈夫。
「あんたも大人になってきたねぇ」
「そろそろ売れるんじゃないか」
「高値で買ってくれる人が見つかったのよ」
「じゃあ売りに行くか」
私は今日、車に乗せられメロンパンを一つ与えられた。
この道はどこへ行くんだろう。私はどこへ行くんだろう。
ぼんやりと考えながら、車に揺られる。
今日はこの人たち優しいな。初めて綺麗な洋服も着せてくれた。
「あんたもやっと客の取れる見た目になったからね」
「今日はお前の好物をやるよ、大人しくしとくんだぞ」
優しく話しかけられる言葉が怖い。
私はどうなるんだろう。私に何がおきるんだろう。
車に乗せられ深夜の高速道路を行く。
車が大きく左にカーブするとき、突然前方が明るくなり大きな衝撃を感じた。
車体は時計回りに回転しながら、高架下の川に落ちていった。
痛くて冷たい。
頭から血が流れているような気がする。
ああ私、ここで死ぬのかな。
ああ私、やっと死ねるんだ。
ーーーーーー
ふと意識が戻り、ボソボソと声が聞こえた。
「ねえお願いだよ、この子をあげるから助けておくれよ」
「こいつは生娘だ、使い潰していいから俺達を助けてくれ」
「このままだとしんじまうよ」
「お願いだ元に戻してくれ」
うつ伏せに倒れて身動きできないのに、声だけが聞こえる。
でも、動いたら殴られるから、このままでいい。
痛くて冷たいけど、いつもと同じだから、このままでいい。
『本当にこの子を貰ってもいいの?』
「ああ、その代わりに俺たちを戻してくれ」
『後悔しないね?』
「ああそんな愚図でよければ!とにかく俺たちを助けてくれ」
『じゃあこの子を贄に、現世に戻してあげる』
「「ああこんなロクデナシでも最後に役に立った」」
そんなやり取りのあと、あの二人の声が聞こえなくなった。
私はやっと解放されて死ねるんだと嬉しくなった。
ーーーーーー
『君の命を貰ったよ』
(殺してください)
『どうして?』
(やっと死ねる)
『もうあの人達には会わなくてもいいんだよ?』
(会わない?)
『あの人達は現世に帰ったんだ。君は現世で川に落ちて、車の中で死んだよ』
(もう死んでる?もう叩かれない?)
『そうだよ』
(でも死にたい)
『だめだよ。君の命は僕のもの。贄だよ。貢物さ。あの二人から奉納されたからね』
(ほうのう?みつぎもの?にえ?)
『そう僕が川底の裂け目から現世を観察していたら、突然車ごと飛び込んできたんだよ』
(……)
『君の命と 引き換えに、二人は現世に帰ったよ』
(帰った。ダメ。妹が)
『ああ帰っても、生きられないよ。
現世のもうすぐ死ぬ身体に戻っただけだから。
救助が到着するまで時間がかかる。
それまで、痛みと、寒さと、恐怖に、震え続けるだけだよ』
淡々と声の主は言った。この人は神様なんだろうか。
私ももうすぐ死ぬんだろうか。
そんな事を考えていると、うつ伏せの頭に暖かい何かを感じる。
突然身体中の痛みが引き、見えなかった周りを見渡すことができるようになった。
恐る恐る顔をあげると、真っ暗な中、目の前には薄く発光した白い靄があった。
黙って見つめていると、頭の中に声が響いた。
『自分の名前が言える?』
「む、か、い、さ、ち」
『そう。君の名前は幸。
幸せに生きる人生だったのに、あの二人に搾取され続けたんだ。
もう幸せになっていいんだよ』
幸せって何。あの二人から離れられることが幸せなのかな。よく分からないけど、妹が苦しまないならそれでいい。
『君は今まで辛かった分、別の世界で幸せに生きるといい』
「幸せ」
『君は周りの人に、ほんの少しの幸せを分けてあげる力があるんだ』
「分ける」
『僕の世界においで。その裂け目から、落ちるんだ。新しく生まれ落ちるんだ』
「……はい」
左後ろから風を感じ、ゆっくりと振り向くと雲の切れ間から地上が見えた。
『君は生まれ変わるんだ』
『さあ、いってらっしゃい』