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何も知らない世界の君へ  作者: 瓜戸たつ
第一章 最後の日常
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第六話 緊張







「あの、マナシィさん。アメジストリーですが、お話があって」





 コンコンコン、と三度扉を叩く音とユニの小さな声が静かな宿屋の廊下を突き抜けた。宿屋の息子としてはお休みしている客の部屋を訪れるという行為はあまり良くないと思うが、個人的に話を聞きたい期待と天秤にかけたところ、期待が勝ってしまったので仕方ない、とユニは半ば開き直った気持ちでいた。それでいて、勢いでここまで来てしまった。

 身なりを整えて、相手からの返事を待つ。



「……何かしら?」



 しばしの沈黙の後、相手からの返事があった。いっそ単刀直入に言おうと大きく息を吸う。



「その、マナシィさんのお話を個人的に聞きたいのですが、お時間ってよろしいでしょうか」



 再び沈黙。扉の向こうで、相手はどう思ったのだろう、今日初めて会っていきなりこんな事を言うのはどう思うのだろう。


——れ、冷静に考えるとあれだな……!


 ユニは自身をマナシィの立場に置き換えて考えてみた。初めて会う宿屋の息子、一緒に行動していた冒険者の知り合い、普通であれば話を聞くなんて出来ない関係だ。


——こういう時間、苦手だな。


 唇をきつく結び、熱を失い冷静さを取り戻した頭で呑気な事を考えてしまう程冷静に、ただマナシィの言葉を待った。

 カチャ、と軽い音を立てながら扉が開き、その間からマナシィはにっこりとした笑顔で顔を出した。



「どうぞ、入って良いわよ」


「えっ」


「話を聞きたいんでしょう?私の話はつまらないかもしれないけど、それでも良いなら。」


「あ、ありがとうございます!!」



 喜びで舞い上がりそうな気持ちを全力でお礼に乗せ、丁寧に頭を下げる。マナシィの控えめな笑い声と「良いのよ、さあどうぞ」という声を同時に浴びせられ、ユニは遠慮がちに部屋へと入った。









 案内した時と、部屋の感じはあまり変わっていない。大抵の客が布団やポールハンガーを動かすが、『あの人』達の部屋は綺麗なままだった。

 マナシィに促され、ユニは椅子に座る。そして彼女はユニの正面で足を組み座った。



「……それで、アメジストリーさん。下のお名前は?」


「あ、ユニトレイアっていいます。気軽にユニ、とでも呼んでください」


「そう、ユニ君。……あのね、堅苦しいから敬語はやめてもらっても良いかしら?」



 目を伏せ、申し訳なさそうに栗色の瞳を向けてくるマナシィに、ユニは今まで見た中で一番美しい女性だ、なんて思ってしまう。



「えっ、いや……でもお客様ですし、年上の方で」


「あら、そのお客様が頼んでるんだけど?」



 艶やかな口元から、何とも言えない美しさを含んだ声が放たれる。そこでやっと、ユニはローブを脱いだ彼女を正面から見据えた。

 茶色の髪と瞳に、小さな鼻、笑みの消えない顔は、微かに赤らんでおり健康的である事を思わせた。長いリボンのようなもので一つに結わえた髪と、白をベースに青の模様を象った服が、彼女の綺麗な容姿を一層引き立てている。

 普段であれば敬語を変えないのだが、彼女の何故か話しやすい雰囲気に押され、ユニは大きく頷いた。



「分かった。宜しく、マナシィさん」


 マナシィは満足気に微笑み、ユニと彼女の間を埋める机に頬づえをついた。



「ええ、宜しくユニ君。……それで、聞きたい話って?」



 一通り自己紹介が済んで、早速マナシィはユニに問い掛ける。



「ああ、マナシィさんが旅をして感じた事とか、経験を教えてほしいんだ」


「経験?」


「そう」


 「そうねえ。私、冒険者や旅人じゃないから」とマナシィは頬杖をついていない手で、足をトントンと一定のリズムで動かし、ユニにとっては意外な事を口にした。



「えっ、冒険者じゃねえのか?!」


「誰もそんな事言ってないわよ。利害の一致で一緒に旅しただけって、言ったじゃない」



 ユニはマナシィと『あの人』を案内する前にした会話を思い出す。『醒石』について話すと言われて、一人で喜んで、そこで彼女が旅を——



「ああ、そう言えば!」


「でしょう?じゃあ、まず私がどこで何をしているかを話しましょう!!」


 パン、と大きな音を出しつつ両手を合わせ、楽しむように続ける。



「私は『王都』ってところで見張り役みたいな事をしてるの。」


「王都って、あの?」


「ええ、王都ラガンライラ。有名でしょう?」



 ユニは息を呑んだ。王都と言えば、この大陸で一番広く発展しているところだ。『醒石』についても一番詳しい研究を行っていて、ユニはいつか行ってみたいと思っている候補第一位である。初めは小さかったラガンライラに王族が移り住んでから、急速に発展したという事をある旅人に聞いたことがある。



「おおっ、すげェ!」


「ふふ、まあね」



 得意気に言うマナシィ。だが、王都は確か——



「でも王都って言えば、あの戦争が……。」


「……あら詳しいのね」


「一応、村の外については色々聞いているんで」



 マナシィは、真面目な顔つきで腕を組んだ。そして、小さな口から歴史を紡ぐ。



「王都ラガンライラ。最も美しく儚い都市と呼ばれるあそこは、数十年前から王族側と異民族側に分かれて戦争が起こっていたの」


「ああ、聞いたことある。まだ、終わってねえんだろ?」


「あら、貴方が話を聞いた旅人は、結構前の情報を話していたのね。もう終わったわよ、ちょうど十年前にね」



 ユニはまた驚き、えっ、と情けない声を上げる。



「復興は、恐ろしく早かったわ。もう、神か何かの力を借りているかって言うほど」


「神……。」



 心なしか、この部屋全体の空気が重くなった気がした。戦争、王族と異民族の。

 ユニは目を伏せて、そんな辛い状況に置かれていたマナシィを思う。



「悲しい事、思い出させて」


「ああ、違う違う!!別にそういうわけじゃないの!そういう事言いたかったわけじゃないからね?!」



 食い気味でマナシィは両手を振った。朝の様子を思い浮かべ、彼女は会話の途中に割り込むのが中々上手いのではないかと考える。

 「ああ、もう。私って何でこうなの」と落胆して横髪を耳にかける仕草が、とても女性らしい。



「こほん、ユニ君。王都の話は終わり。他に聞きたい事は?」



 わざとらしい咳払いをして、マナシィは小首を傾げた。



「あ、あー。じゃあ、マナシィさんって結構強い?」


「んー、私は基本的に支援に徹してるのよ。どうして?」


「どうして?いや、あの一人で有名な冒険者さんと一緒にいたからさ」



 「ふーん」と言いながらマナシィは髪を弄る。そしてふと立ち上がると、ベッド脇にあった荷物を机の上に置いた。



「私は、偉い人の命令で石を探してるの。それで、彼が詳しく知ってるって聞いて一緒に行動してたのよ」


「へえ。マナシィさんも石目当て?」


「やだ、人聞きの悪い。そこらの人と一緒にしないで」


「……はあ」


「私は別の理由があるの」



 別のって、とユニが口を開こうとしたところでマナシィが人差し指を立てた。すらりと伸びた指が、彼女の口元に添えられる。

 ユニが口を閉じると、マナシィはくすりと意味有りげな笑みを零した。



「それは内緒。でもね、良い事を教えてあげる」


「良い事?」



 マナシィは勿体ぶるようにしばらくユニを見つめて動かなかった。



























「私はね、醒者(ヘジター)よ」



 「貴方は、初めて会うんじゃない?」とマナシィは続けた。

 一瞬でユニの心臓が激しく鼓動し、足元に視線を落とした。彼女は醒者(ヘジター)、『醒石』の力を借りた人間。何度も聞いた事がある名前だが、実際には見た事がない、あの。ユニは幼い頃遊んでいた少女がフラッシュバックする。



「マナシィさんが……?」


「ええ」



 正体不明の女性の正体がやっと分かった。嬉しさと緊張が心の奥底で交わり、ユニの身体を押す。

 ユニは拳を強く握り、得体の知れない彼女を再び真っ直ぐに捉えた。



「マナシィさん」


「ん?」


「……『醒石』から力を借りる時ってどうすれば良い?」



 「何故、と理由は聞かないでほしい」とユニはマナシィから目を逸らす。

 マナシィはユニをじっと見て、髪をまた弄る。くるくると巻いてはそれを伸ばすという行為を繰り返し、そうねと囁くような声を出した。



「言えないわ」


「——」


「だって、貴方が悪用するかもしれない」



 ユニは椅子から勢いよく立ち上がった。マナシィはそれに動じず、手元の荷物を今度は自分の膝に置いた。
























「姉が」


「ん?」


「俺の姉が、昔『醒石』に命を奪われたんです」



 ユニの頭に、今の自分より小さな姉が微笑む姿が映し出された。





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