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何も知らない世界の君へ  作者: 瓜戸たつ
第一章 最後の日常
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第二話 『あの人』



「ははっ、確かにピンポイントだよな」


 アリゼは怒っているつもりだったが、彼には伝わらないのだろうか。ユニは可笑しそうに腹を抱えた。





 本名ユニトレイア・アメジストリー。親しい人達からはユニと呼ばれている。宿屋の主人の息子で、名前にとてもよく合う紫色の目が特徴的である。


 彼らの家系だけがこの村で姓と名を持っており、貴族出身だと思われているがそこはかとなく流されるので、彼らに姓がある理由は誰にも分からない。しかし主人もユニも社交的で好感をもつ者が多いため、誰も気にしないようになった。


 それでいて村長や土地の領主と仲が良いという。そんな彼らを信頼している者は多く、(ユニの事は信頼出来ないかもしれないが)アリゼもその内の一人だ。




 ユニは机の本を拾い上げ、自分の顔の横で静止させた。


「……まあ、この本は良くないよな。だって見返す事が出来ないのに学ぶのはさ」


 アリゼは目を見開いた。


「んなっ」


「それに、どうせなら隣人編とかの方がなあ」



 持っていた本をアリゼと同じように投げ捨て、ユニは大きく伸びをする。



「誰がこれ書いたの?作者さんどういう思いで書いたんだろ」



 ユニの投げた本の表紙、やけに目立つ題名の下に小さく名前が書かれている。

 「ん?どれどれ」ユニも身を乗り出し、作者名を見た。「えーっと、著者ソフィ、監修ミラートだってよ。文字読めねえくせに見んなよ」


 確かにアリゼは字の読み書きが出来ない。なのについ本の作者やら題名やらに目を惹かれてしまう。



「覚えておいて損はないじゃない?えーっと、これがソフィでこれがミラートっと」



 アリゼが頷きながら本の表紙を見つめていると、ユニはよっこらせと椅子に座り直した。



「これ、親父のだし。よく分かんねえセンス」


 「おじさんの?」アリゼは驚いて尋ねた。


「そ。何か昨日の夜中に読んでたやつがこれだったんだ」


 嘘だと言ってほしい、まさか宿屋の主人の物なんて誰も思うまい。「……意外ね」


「誰にだって隠し事はあるだろ。今回はたまたま見ちゃっただけだし。……こんな親父の秘密は知りたくなかったけどな」


 目を伏せ、意外にもユニは落ち込んでいるように見える。意外のオンパレードだ。

 まあ当然嘘だろうと、アリゼは特に慰める事をしないで椅子を引いて立ち上がり、ずっと気になっていた客の声に耳を傾けた。


 ユニも空気を読んで、何も話さない。こういう時だけ彼は凄い。先程の談笑が嘘のように消え、部屋には盗み聞きをするのに良さげな静まりが訪れた。

 しばらくして、ロビーと思われるところから、歓声が上がる。





 二人は顔を見合わせた。「『あの人』だ!」




 喜びで急いで部屋から飛び出し、ボードが落ちた事を気にも留めないでロビーに向かう。

 何人かの客が『あの人』を囲んでいた。今回の旅はどうだったか、収穫があったかといった質問が繰り返し聞こえる。


 アリゼはその客達で姿の見えない『あの人』に向けて、本日二度目の大声を出した。


「おかえりなさい!」


 客達はいきなりの大声にぎょっとしてたじろぎ、結果として彼女の前に道をつくった。ユニが後ろから「ちょっと良いですか。」と高めの声でアリゼの前に立つ。



 アリゼには分からなかったが、彼は聞き慣れない単語を連ね、客達に話し掛けた。どうやら『あの人』から離れてもらおうと説得しているらしい。石が、と言った途端、客達は血相を変えて階段を駆け上がった。










 実はここの客は皆、旅人や冒険者だ。この森の中にある人口五百人以下の小さな村へ彼らが泊まりにくるのは、ある理由があった。


 世に流通する多色な石、旅人達からは『醒石(せいせき)』と呼ばれるそれには、不思議な力が宿っている。

 最も出回っているのが多い赤色だと身体能力の強化、青や黄、緑といった石は持ち主に様々な力を与える。紫や白などの珍しい色は、特に大きな力を秘めていると、最近分かったらしい。


 高価で貴重なこの石が与える力は一般に能力と言われ、能力を扱う者は醒者(ヘジター)と呼ばれる。今の旅人や冒険者には欠かせないものだ。


 そんな石がこの小さな村の付近で採掘できるという噂がまことしやかに囁かれた為、アメジストリー家が経営する宿屋を旅人や冒険者が多く利用する。











 客達が居なくなったロビーには、アリゼとユニ、受付の主人の他に二人の冒険者が残っていた。



 一人は黒色の髪に赤色の目をした体格の良い冒険者で、並ならぬ雰囲気を醸し出している。色んな修羅場をくぐってきたという彼は、アリゼ達が『あの人』と呼ぶ人物である。

 その右横の女性には見覚えがない。茶色の髪を長い紐のようなもので結わえている女性は、ローブに身を包んで佇んでいた。言葉で表せない程の美女だ。ユニとアリゼは息を飲む。


 ユニは『あの人』に声を掛けた。


「おはよう、冒険者さん。朝からお疲れ様です。」


 ローブの美女がユニの挨拶を受けて、『あの人』の耳元で囁いた。何と言ったか聞き取れなかったが、互いに笑っているので特にこれといった事ではないのだろう。ややこしい。


「ああ、おはようユニ。それにアリゼもおはよう。今回はね、『醒石』の謎について調べてきたんだ。」


「石について?変わった事をしますね。」


「皆に言われたよ。ただ、今回は凄い!誰も知らないような事を知れたからね。」


「誰も?冒険者さん、それって一体……」


 そこで誰かのわざとらしい咳払い。ユニは音の聞こえた方へ顔を向ける。

 ローブの美女が口元に手を置いて、もう一度咳払いをした。

 『あの人』が慌てて彼女に視線を送る。


「こほん、えーっと。それは後にして、彼女の事を紹介しよう。彼女の名前は」


「私の名はマナシィ、宜しくお願いします。」


 食い気味に名を口にした。「私は彼と利害の一致でしばらく旅を共にしています。まあ、それは良いのです。疲れているから早く寝床へ案内してほしいんですが……。」



 「あっ、すみません。少々お待ちを。」



 「アルベルトっていう名前で登録宜しく。」アリゼには聞こえない程の小声で囁く。宿屋の息子としてのユニが頷き、我に返って受付へ行った。『あの人』の話は気になるが、彼らが部屋に着いてから聞けば良いだろう。



 ちらりとアリゼがマナシィを見ると、マナシィもまたアリゼを見据えた。見れば見る程美しい顔立ちだ。——だが、どこかで見た事があるような。近くで見ると分かる、彼女は誰かに似ていると。


 受付を一瞥したマナシィは、『あの人』にもしたように、アリゼの耳元へ口を近づける。誰かに似ているマナシィの言葉に、謎の期待を覚え、集中した。









「彼、貴方の彼氏?」



「はい?」


 予想外過ぎる質問に、アリゼは素っ頓狂な声を上げた。ユニと?絶対無理だ。首を横に振り、手も同時に振って否定の意を一生懸命示す。何故そんな事を聞くのだろう。


 「冗談よ」敬語を崩したマナシィは幼い少女のような笑みを浮かべた。



——ああ、何だろう。彼女は何か……。





 ユニが戻ってきて、『あの人』とマナシィを部屋へと連れて行く。「今回の旅の話は、また後で」アリゼは頷く。ただ、アリゼはその間も彼女から目を離せなかった。そして、違和感を拭い取る事も出来なかった。

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