プロローグ これは誰かの話
私は暗闇を走る。
前や後ろはもちろん、上も下も見えない暗闇を、真っ直ぐに、何かを信じて私は走る。
ああ、私は貴方に会いたい。
会って、多くの事を話したい。
そんな思いを胸に、走り始めてからずっと、絶望の光だけが照らしている、目の前の暗闇へ向かう。
今まで多くの光に辿り着いた。しかし、全て暗闇に飲み込まれるのを、この目で見ている。もうこの暗闇からは光を見つけられないかもしれない。それ以前に、この暗闇を抜け出せないかもしれない。
弾んだ息、上がらない足、腕を振っても振っても、前に進まないという思い込み、そして徐々に重みが増す身体。それらが合わさって、苦しさに目元からは涙が溢れ、後方へと流される。
貴方は彼に会えても、絶対に救えないよと誰かに言われたっけ。
それでも救うと答えたのは、何度も何度も繰り返すなかでも、彼だけは私を見つけ、救い出してくれたから。
今度は私の番である。
もし、貴方が救えなかったら……
はっと嫌な思考をしていたと気づき、頭を空にする為に頭を振った。その時、とうとう私の限界だった足がもつれ、前のめりに転ぶ。
小さな声を上げてしまった。
素早く上半身を起こしても、下半身に力が入らない。小刻みに痙攣して動かない。悔しさをぶつける様に震える足を叩いて、私は叫んだ。
何度やっても、無駄だと言うなら。
私の命と引き換えに、彼の命だけは救ってみせる。
壁や山はないはずなのに、その叫びはこだました。跳ね返るだけで、当たり前ではあるが、誰からの返事や反応はない。
私は自分の、おそらく下であろう暗闇に目線を落とす。肩で息をしながら、拳を握りしめ、後ろへと流れていた涙が遂に頬を伝った。
悔しい、悔しい……
私は目を瞑る。もうこれ以上は駄目だ、無理だ。
きっと、自分も助かろうと思うからいけないのだ。神は、欲張りを求めない。
自分の掌を絡ませ、天を仰いだ。
貴方が救えれば良い、幸せになってくれれば良い。
貴方に会えなくても良いから。
突如として、閉じた瞼からも分かるような光が輝き始めた。来た、と緊張で胸が高鳴る。
次は彼を救おう、私はどうなっても良い。
目を開け、その光の中を見た途端、驚きで息を飲んだ。その光には、望み続けている自分と彼の姿、そして見た事のない世界が映っている。
暫く見つめて、私はやっと理解した。
――ああ、そういう事か。
神様は、本当に残酷だね。
よろけつつ立ち上がり、精一杯手を伸ばした。身体が光に包まれ、目の前もその光で覆われる。
きっと、彼はこの努力には気付かないし、知る由もない。存在を感じる事もないに決まっている。
だって、私は、たった一人しかいないのだから。
だから、届かないと分かっていても、今の私から溢れる想いを届けたい。
願わくば、彼に幸せを。
――何も知らない彼らに、幸せを。