バトルスピナー回流
――バトルスピナー。
それは遥か昔、ただのフィンガーガジェットとして人々に親しまれていた。
遊び方はいたって簡単。センタースピンドルと呼ばれる中心部分をつまむようにして持ち、中心から羽のように伸びているフレームと呼ばれるパーツを手の力で回すことで、内蔵されたベアリングにより長時間回転を維持するソレの感触を楽しむという、暇潰しの玩具であった。
当時はバトルスピナーとは呼ばれず、ただの『スピナー』と呼ばれており、ネットで著名人が紹介したことから若者に爆発的に広まり、街を歩けば皆が手に持ち回し、学校でも授業中に皆が回しているという社会現象を巻き起こしてた。
そんなスピナーだが、誰もが他の玩具と同じように一過性の流行りですぐに廃れていくであろうと予想し、そしてその予想の通り、流行から一年も経たずに次々とその姿を消し始めていた。
誰もが流行の終わりを感じていたが、その時事件が起こる。
そう、かの有名な『スピナー連続殺人事件』である。一人の男が、自ら改造したスピナーを使い、次々と人を殺害していったのだ。更に驚くべきことにその男は、逮捕に動いた警察の拳銃の銃弾でさえ高速回転するスピナーによって弾いてみせた。
スピナーの可能性と回転は無限だ。
男が去り際に呟いたとされるその一言は、殺人犯の言葉だと言うのに世の子供たちのハートを鷲掴みにし、熱狂的な支持を受けた。また男が狙うのは法で裁けない犯罪者や欲に溺れた政治家などに限定されていたため、刺激に飢えた大衆やマスコミからも爆発的な人気を得ることとなった。
そしてそれに呼応するように、各地で改造スピナー保持者による犯罪が多発。ネットには改造方法を解説するサイトや動画が乱立し、改造を行う業者まで登場。回り始めたスピナーのようにその勢いは収まる気配を見せず、スピナーは今までにない盛り上がりを見せ、もはやただのオモチャで片付けられるツールでは無くなっていた。
事態を重く見た国は、ついに「対スピナー犯罪対策本部」を設立し、スピナー犯罪に対抗するべく国の総力を挙げて改造スピナーの開発に着手することになる。そして、四人の開発者により生み出された、四つの究極のスピナー。
天才が生んだ火のスピナー『イグナイト』
鬼才が生んだ水のスピナー『鏡月』
奇才が生んだ風のスピナー『ふわり☆ふわり』
神才の生んだ光のスピナー『∞インフィニティ』
それらを用いて行われる犯人逮捕の様子がニュースで取り上げられると、人々はまるで映画のワンシーンのようなその現実離れした映像に狂喜乱舞した。連日テレビで取り上げられるスピナーとスピナーの戦い、人々はそれに熱狂し、こう呼んだのだ。
バトルスピナー、と。
「っていうわけ。歴史の基礎だけどちゃんと覚えてる? って何で人が真剣に教えてあげてるのに寝てるのよっ! マワルは出席日数足りなくて危ないんだから、絶対に追試は許されないんだからね!?」
教室の机に座り、教科書を片手に内容を読み上げていた少女は、自分の声を子守歌代わりに机に突っ伏して眠っていた持った少年、マワルの頭を教科書でバシン! と叩く。その音に驚いた教室内の他の生徒たちが視線を向けるが「あぁ、いつものか」とまた自分たちの世界へと戻っていっていた。
「俺の大事な脳細胞が壊れていく……すぴー」
マワルは寝癖のついた髪を見せつけるように突っ伏しながらわざとらしい寝息を立てているが、その手にはスピナーが軽やかな音を立てて回っており、その感触を楽しむように左右に揺れていた。
「どうせ頭の中にもスピナーしか入ってないんでしょ!」
ビキビキと額に血管を浮かべてその整った顔を歪めたくるりは、自身の長い黒髪からピンクジン色のリボンを取り外して「ゴー……スピン!」と可愛らしい掛け声をあげ、ピンッと指で弾くと
キュウウゥゥ……ン
くるりは高速回転を始めたソレ、女子の間で圧倒的な人気を誇るスピナーメーカー「フタバ」のリボン型スピナーをマワルのスピナーに近づけると、そっとぶつけ始めた。
キンッキンッと心地のよい音色をあげるスピナーと「あぁ、回転力が……」と突っ伏したまま悲鳴のような声を上げるマワルを見つめるくるりの顔は、先ほどまでとは違いとても穏やかで、学園一と言われるその美貌と、スピナーによる甘噛みにも似たその行為にクラス中の男子の視線と殺意がマワルへと降り注いだ。
クラス委員長で成績優秀、容姿端麗にして学年トップを争うスピナーである双葉くるりが、学年一の落ちこぼれである三ツ矢マワルに健気に勉強を教えるのは理由がある。
マワルとは幼馴染みで小さい頃からマワルの両親にも良くしてもらっていたため放っておけないのだと本人は口癖のようにこぼしているが、それでも単にそれだけではないことくらい多感な高校生にはわかってしまい、それが更にマワルへの殺意を増幅させていた。
スピナーメーカー「フタバ」と双葉くるり。
単に同じ名前と言うわけではなく、くるりは「フタバ」創業者一族の娘であり、スピナーランキング上位に位置する広告塔の役割も与えられた現役女子高生アイドルである。くるりの戦跡がフタバの業績にも影響を及ぼすとも言われ、くるりの持つスピナーはフタバの最先端の技術と新進気鋭のデザインを併せ持つ、時代の一歩先を行く物であり「流行を追いたければ双葉くるりを追え」と雑誌で特集を組まれるほどの人気ぶりであった。
「そんなヤツの相手をするくらいなら、いい加減に俺とバトルしてくれないかな、双葉さん」
くるりはその声に振り向くと、見下すような視線で自分たちに向かい歩いてくる声の主──四ッ羽大牙を心底嫌そうな顔で見つめた。
ニヤニヤと緩んだ口元に茶色に染めた長髪。ラフに着崩した制服のポケットに両手を突っ込んで歩くその姿はまさしく不良を形にしたような男だが、その整った容姿にくるりと学園トップを争うスピナーの実力と頭脳、そしてくるりと同じくスピナーメーカー「フォーウィング」の創業者一族という肩書きから女子の間でも非常に人気があり、常に女性関係の噂の絶えない男である。
そんな大牙がくるりを放っておくわけもなく、入学からずっと声をかけているのだがくるりはまるで相手にしないため、最近ではバトルで負かして言うことを聞かそうと過激な言動に出るようになっていた。
そう、この一流スピナーたちの集う高校、私立栖品学園には暗黙のルールがある。
『バトルの敗者は勝者の言うことに従わなければならない』
それは教師たちも黙認しており、授業でも「バトル」という言葉は使わずに「試合」や「模擬戦」のような言葉を使うことからも、もはや学園の伝統とも言えるルールだ。
それを破るということはスピナーとしてのプライドを捨てるのと同義だという風潮が出来ており、事実、バトルで敗れてルールを破ったものは、どのような力が働いたのかは不明だが全員学園を去っていた。
四ッ羽大牙は二人のスピナーを見ると、手で前髪を掻き上げて見下したように「ふん」と蔑むように呟き「そんな汚れたスピナーに触れているとあなたまで汚れてしまいます。そんな、犯罪者のスピナーなど」と続けると、マワルとくるりのスピナーがガガガガッと激しい音を立て始めた。スピナーを持つふわりの手が震えていたのだ。
「四ッ羽さん、ランカー同士の公式戦以外でのバトルは禁止されています。そして公式戦ではこの学園のルールなんて適用されない。バトルがしたいなら正式な手続きを踏んでいただければいつでもお相手します」
くるりは、まるでマワルに対する暴言など聞かなかったように冷静を装い返事を返すが、そのスピナーはガガッガガッと動揺を知らせるように震えていた。
「ふん、女性に庇ってもらって、貴様は何も言わないのか。この恥知らずが」
大牙はそう言うとポケットから手を出し、その手に持つ純白のスピナーを回しながら教室を去っていった。
いつの間にかマワルとくるりのスピナーは回転を止めていたが、マワルはまだ机に突っ伏したままで、くるりは俯いたまま体を震わせていた。教室には重い空気が流れ、一人また一人とクラスメイトたちは帰路に着いていき、最後にはマワルとくるりだけが残っていた。
「……ぐすっ……ひっ……ぅぅ」
そんなくるりの声にマワルが顔を上げると、必死に歯を食い縛りながら涙をこぼすくるりの顔があった。
「俺のことなんて放っておけばいいのに、何で泣いてるのさ」
「悔しいんだよ! 私はマワルの優しさも強さも知ってる! あそこまで言われてなんで戦わないの!? マワルのオジさんたちが作ったスピナーまで馬鹿にされて! なんで!?」
マワルの言葉に爆発したようにくるりが食って掛かるが、マワルはどこか寂しそうな笑顔を浮かべるとスピナーを再び回し出した。
「コイツらはさ、本来こうやって回して遊ぶものなんだよ。競ったり争ったりするための道具じゃない」
「いつの時代の話をしてるのよ! それに、マワルのバトルの強さは私が一番よく知ってる! マワルがバトルを大好きなのも、小さい頃からずっと一緒にバトルしてた私が一番よく知ってる!」
マワルは、回転するスピナーを指で止めると、優しくそのフレームを撫でる。燃えるような赤色をしたそれは、スピナーメーカー「トライエッジ」に代表される三枚刃のスピナー。
かつてはスピナーと言えばこの形を皆が思い浮かべた、王道とも言えるスピナーだ。しかし、ある時期を境に忌避されることになった。そう、スピナー犯罪の発端となったあの事件の犯人が使ったスピナーこそ、三枚刃のスピナーだったのだ。事件を模倣するような犯罪も増え、犯罪に使われた道具として各メディアでその姿が映し出されたことで「三枚刃のスピナーは犯罪の道具」という印象が付いてしまい、スピナーメーカー「トライエッジ」は激しいバッシングを受けて、ついには事業の撤退へと追い込まれた。
そうして、トライエッジ社の代表にして開発者だった三ツ矢マワルの父親は、マワルと妻、そして、ひとつのスピナーを残して姿を消したのだった。
マワルは父親の残したスピナーをとても大事にし、幼なじみだったくるりとはいつも一緒に遊んでいた。学校ではその三枚刃が原因で軽いイジメのようなこともあったが、マワルの明るい性格や真っ直ぐなバトルへの姿勢からそれもすぐに無くなり、学校生活を楽しく過ごしていた。栖品学園への入学が決まるその日までは。
マワルが合格通知を受けた日、マワルの母親はその姿を消した。
それからだ。マワルの明るかった性格も影を潜め、バトルもしなくなったのは。入学試験ではトップの成績を叩き出しておきながら、入学したとたんにバトルをしなくなった犯罪者スピナーの落ちこぼれ。試験も何か違反行為をしたに違いない。それが周囲からの三ツ矢マワルの今の評価だった。
「母さんはさ、きっと俺がバトルするの、嫌だったんだよ。父さんを奪ったバトルスピナー。それなのに、俺は自分が楽しくて毎日毎日バトルの話ばかりで。母さんの気持ちなんて、全然考えてなかった」
「そんなことない!」
マワルの自嘲するような言葉をくるりが遮るように叫び「マワルのおばさんはマワルの話をいつも楽しそうに聞いてた!私とのバトルを見てたときの笑顔、凄く素敵で、私もこんなお母さんになりたいって思ったんだもん! いつかマワルと結婚して子供ができたら……って、わわわ私何を言ってるの!?ああああ!?」
マワルはひとりパニックに陥っているくるりにクスリと笑いかけると「ありがとな、お前は変わんないな」と頭をくしゃくしゃっと撫でた。
「マワルが変わり過ぎなんだよぉ」と目に涙を浮かべながら笑顔を浮かべるくるりは思わずドキリとしてしまうほどの可愛さで、マワルはさらにくしゃくしゃとその頭を撫でるのだった。
マワルとくるりが学校を出る頃には、他の生徒の姿はほとんど見えず、校門前にぽつりぽつりと残っている程度だった。くるりはフタバ本社でスピナーのメンテナンスを行うため、校門でマワルとは別れを済ませて、薄暗くなってきた道を一人歩いていた。
「少し遅くなっちゃったな。でもマワル、久しぶりに笑ってた」
くるりはマワルとの会話で涙を見せてしまったものの、久しぶりにしっかりと話し合うことができたことに満足していた。四ツ羽大牙の件でマワルに怒鳴ってしまったものの、もともとは自分と大牙の問題に巻き込んでしまったようなものだ。もし自分がスピナーランカーでさえ無ければこちらからバトルを申し込んで二度と近付けないようにしたいくらいだった。
「またバトル……したいな」
「へへっ、代わりに俺達がバトルしてやろうか」
そう言ってくるりを取り囲む男たち。その数は五人。くるりにニヤニヤと舐め回すような視線を向け、その手にはスピナー……犯罪者スピナーと呼ばれる三枚刃のスピナーを、くるりに見せつけるように握っていた。
じりじりと迫る男たちから離れるように下がりながら、自身が路地裏へと誘導されていることを理解したくるりはリボン型のスピナーを守るように片手で押さえつけた。その怯えたような姿に男たちは更に気を良くし、スピナーを回転させていく。
「別にスピナーまで奪おうってんじゃねぇんだ。ちょっと痛い目を見てもらえれば」とくるりの正面に立つ男がそこまで言ったところで、男の持つスピナーが砕け散る。
髪留めの外れた髪をふわりとなびかせ、腕を突きだしたくるりの手には回転するスピナーが握られていた。
──スピントリック『ファストブレイク』
ディフェンスタイプと呼ばれるくるりのリボン型二枚刃スピナー。それを使いながらも圧倒的なKO率を誇る戦績を支えるくるりの得意とするトリック。居合抜きの要領で回転させたスピナーの最大回転力と初速をぶつける一撃必殺技だ。
「くそっ! だがこれでバトル成立だ!お前らやっちまえ!ゴー!スピン!」
その掛け声を合図に、男たちが一斉に襲い掛かる。合図のあとは再度スピナーを回転させることは禁止されており、合図のときにスピナーを回転させていた者以外はバトルに参加出来ないルールだ。そのため、このような複数に囲まれた状況でスピナーを回転させる行為は、持久力の面からも圧倒的に不利であり自殺行為に近いものがあったのだが
「私は怒ってるんだ」
再び男の持つスピナーが砕け散る。トリックでも何でもない、ただのスピナー同士による接触の結果だ。
「なんだこいつは!こんなに強ぇとか聞いてねぇぞ!」
「あなたたちみたいなスピナー使いがいるからトライエッジは!マワルは!」
くるりは男たちの持つスピナーを次々と砕き、最後の一人を撃退するとその場にしゃがみこみ、目に涙を浮かべながら自分のスピナーの回転を見つめる。その少し弱くなった回転が、まるで自分の心の──
「まだ終わっていませんよ、双葉さん」
その言葉にくるりは視線を向ける。
「わかってるよ、四ツ羽大牙」
「あれ? バレてました?」とふざけた口調で近付く大牙の手には、高速回転を維持したままのスピナー。先にくるりに襲いかかった男たちの合図に合わせて回したであろうソレを見せつけるように、ゆっくりと大牙はくるりのもとへと歩いていく。
「こんなことして何の意味があるの? 学園のバトルでもランカーバトルでもない、ただの犯罪行為に」
その言葉に大牙はニヤリといやらしい笑みを浮かべると「意味なんかないですよ。ただムカついただけ。それで十分でしょう?」
大牙の言葉にくるりが立ち上がり「初めて気があったね。うん、それで十分だ」
ガキイイイィィィイイィィ!!!
くるりと大牙のスピナーが火花を散らした。
「あははっ!良くもまぁそんな状態で頑張るものです!」
何度目かの接触でくるりの回転は目に見えて弱っていた。
「最初の威勢はどうしました? 双葉さん、そもそもあなたの戦い方は初撃のトリックで相手の回転力を奪い、ディフェンスタイプのスピナーで粘り勝ちする戦い方だ。俺に勝とうと思うなら、頭でも下げて仕切り直しでも懇願するべきだったんですよ!」もちろんお願いされたって続行しましたけどね、といやらしい顔で続けた大牙にくるりは黙って下唇を噛んだ。
「わかるかい?今このバトルは録画されている。そう、双葉さんが飛び掛かってきた初撃のシーンからね。双葉さんのいう、学園のバトルでもランカーバトルでもない街中で、双葉くるりが四ツ羽大牙に襲い掛かる映像だ」
負けないために出来るだけ接触のダメージを抑えるように受けてはいるが、それによって大牙のスピナーにもダメージを与えることが出来ずにいる。このままでは回転力の違いで何も出来ないまま負けてしまうだろう。いや、相手にとっては勝敗などどうでも良いのだ。全部四ツ羽大牙の策略に嵌められてしまっている。
「この映像をバラ撒かれたくなければ、学園のバトルを受けることです。当然、こちらが被害者なのだから、いくつかの条件を付けてもらいますけどね! あははははっ!」
スピナーの回転力が低下する。くるりの戦意が低下する。いつも付きまとってくる大牙が嫌いだった。マワルを馬鹿にする大牙が嫌いだった。何度馬鹿にされても何も言い返さないマワルが嫌いで、ルールを盾に逃げることしか出来ない自分が嫌いで。結局我慢出来ずにこんなことになってしまった自分が大嫌いで。
くるりの頭はぐるぐると回り、吐き気から思わず膝を付いてしまう。
「勝負ありですね」
大牙がくるりにトドメを刺そうと近付くと、空を切り裂くような音に弾かれるようにその場を飛び退いた。
地面に突き刺さる、燃えるような赤い三枚刃。
それを拾いあげた男は、くしゃくしゃっとくるりの頭を撫でる。
「よく頑張ったな」
「三ツ矢……マワル!」
「あぁ、そうだ。それがお前を倒す男の名だ」
マワルはスピナーを構えるが、大牙はニヤリと笑みを浮かべる。
「俺と双葉さんのスピナーはまだ回転中ですよ。乱入なんてルール違反にも程があります。この犯罪者め」
大牙の言葉に、マワルはクスッと笑うと「お前、くるりがお前の手下たちと戦ってたとき、まだ回してなかっただろ? 五人も使ってくるりを消耗させたのに、それでもビビってギリギリまで回転させるの粘ってただろ?」
そんなマワルの馬鹿にしたような、全て見ていたような言葉に大牙が口を開こうとすると、マワルはポケットから、壊れたカメラを取り出した。
「それは……まさか!」
「校門前に立ってた奴のなかに、お前の取り巻きがいたんでな。怪しいとは思ってたんだ。後をつけてみたら、ビンゴだったよ」
マワルは再びスピナーを構えて叫ぶ。
「さあ! 仕切り直しだ四ツ羽大牙! バトルの準備はいいか!」
「誰に物を言っている! 落ちこぼれの犯罪者が! いいだろう! 受けてやる!」大牙はそう言うとスピナーを止め、マワルに向かってスピナーを構える。
「「バトルスピナー! ゴー……スピン!」」
二人の掛け声が合わさり、高速回転を始めたスピナーの音が響き渡る!
大牙が一気に駆け寄り攻勢を仕掛ける。ガンッガンッ!と激しい音を立ててぶつかり合う互いのスピナーだが、大牙は勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「四枚刃というのは! 貴様のような犯罪者スピナーをぶっ倒すために特化したスピナーなんだよ! ディフェンスタイプの二枚刃と違って、お互い同じアタックタイプ! タイプが同じなら刃の数が多いほうが強いのは道理! 貴様は俺には勝てないんだよ!」
大牙はマワルを吹き飛ばすと大きく腕を振り上げ叫ぶ!
──スピントリック『クロスファイア』
縦横無尽に振るわれる腕と四枚刃スピナーにより圧倒的な手数の攻撃がマワルへと襲い掛かる。先程大牙が言ったように、スピナーには得意不得意があり、二人のスピナーの相性は、マワルの不利な条件であった。その言葉通り、ぶつかり合うスピナーの回転力はマワルのほうが落ちてきているのが目に見てわかり、大牙は更に攻勢を強めていく。
「マワル! もういい! こんなバトル意味ないよ!」
くるりが泣きながら叫ぶが「意味ならある!」マワルがそれを遮るように叫ぶ。
「もう嫌なんだ! 大事な人が傷付くのが! 何も出来ずに見てるだけの俺が! やっと気付いたんだ! スピナーが人を傷付けるんじゃない。スピナーを使う人間が人を傷付けるんだ!」
マワルは叫ぶが、激しくぶつかり合うスピナーはどんどんその回転力を落としていき、誰の目にも勝敗は明らかだった。だがマワルは激しい大牙の攻撃に自らスピナーをぶつけていく。
「あははっ! 気でも狂ったか! 自分から負けにくるとは……なんだ? その光はなんだ三ツ矢マワル!」
大牙の声は、マワルのスピナーのセンタースピンドルから放たれる白い輝きに気付くとどんどん焦ったものへと変わっていく。その輝きは、スピナー同士がぶつかり合うたびに、更に、更に輝きを増していく!
「四ツ羽大牙、お前はやりすぎた」
マワルがセンタースピンドルを押し込むとその輝きは白から赤へと変わり、汗の吹き出るような熱風が吹き荒れた。
その熱風は、ギャギャギャギャギャ!と恐ろしい音を立てて超高速回転を始めたマワルのスピナーから放たれていた。
──ギミックスピン『イグナイト』
三ツ矢マワルのスピナーに搭載されたソレは、スピナーへの衝撃を内部に溜め込み、それを解放することで爆発的な回転力を生み出すギミックだ。その暴力的とも言える回転力は凄まじい熱量を発生させ、そして遂には──
「燃えてる……火のスピナーだと!?」
回転により発生した熱でスピナーに内蔵されたベアリング内部の潤滑油が発火温度を突破することで、マワルのスピナー『イグナイト』は、その二つ名の通り、火のスピナーと化すのだ。
「なぜ貴様がそんなものを持っている!? 貴様は犯罪者スピナーの落ちこぼれだろうが!」
大牙が狂ったように叫び襲い掛かるが、マワルはひどくゆっくりな動きでスピナーを構えて呟く。
──スピントリック『煉獄』
大牙のスピナーとぶつかるたびに、マワルのスピナーが更に、更に回転力を上げていく。先程までのように衝撃エネルギーを貯めることなく即座に回転力に返還するその技は、大牙からしたら自分のエネルギーが奪われていく、まるで地獄のような光景だった。だがそれは、大牙の攻勢が弱まると更に悲惨なものへと変わる。
マワルが攻勢に回った瞬間、大牙の顔が恐怖にひきつった。一撃目より二撃目、二撃目より三撃目。受けるたびに威力が増していき、マワルのスピナーから発する音が悲鳴のようなものへと変わり、飛び散る火の粉と熱による陽炎により『煉獄』が完成する。
「終わりだ」
マワルがスピナーを振り切った体勢でそう呟くと、急激にその回転と熱が下がっていき、涼しい風が一気に吹き込んできた。
「耐えた! 耐えたぞ! 俺の勝ちだ三ツ矢マワル!」大牙は勝ち誇ったように己のスピナーを掲げるが「なぁっ!?」大牙のスピナーがボロボロと崩れ落ちていく。
ギミックによる圧倒的回転力での破壊に加え、熱量による破壊を可能とするスピナー。それこそが天才と呼ばれた伝説のスピナー開発者、三ツ矢炎流──マワルの父親が作り上げた『イグナイト』だった。
マワルはくるりの手を取って立たせると、崩れ落ちるようにひざまずいた大牙の横を歩いていく。
「俺はいつでもバトルを受けてやる。次にくるりに手を出したら、俺の炎がお前を燃やし尽くす」
その言葉にビクリと震えた大牙は、そんな自分を恥じるように「畜生……畜生!」と地面を殴り付けていた。
拳から血が飛び散っても地面を殴り続ける大牙は、自身の血で汚れた顔を拭うと歩き去るマワルに向かって叫ぶ。
「三ツ矢マワル……次は貴様のスピナーを砕いてやる! 俺のプライドにかけて、正面から叩き潰してやる! 絶対に!」
「あぁ……またバトルしような、大ちゃん」
マワルが大牙を呼んだその呼び方は、かつて二人が小さい頃、公園で一度だけバトルで遊んで仲良くなった友達に対するものだった。大牙は当時とは違うスピナーを使っていたため、気付いているのは自分だけでマワルは気付いていないと思っていたのだ。
「……っ! 覚えて……クソっ!ふざけやがって! クソォ!」
マワルは再び歩き出す。
片手にはくるりの手を握り。
片手には燃えるような真っ赤なスピナーを握りしめ。
「マワル、格好良かった。また私ともバトルしようね」
「あぁ、勘も取り戻さないといけないしな」
マワルの運命は再び動き出す。
大牙とのバトルの間に感じていた視線。
マワルの母親が消える前日に感じたそれと同じ視線。
「きっとあいつらも動き出す……もっと強くならないと」
「……あいつら? マワル何を言ってるの?」
不安そうなくるりの頭をくしゃくしゃっと撫でる。
くすぐったそうに笑顔を浮かべる二人。
回り始めたスピナーのように。
マワルを中心に全てが変化していく。
「俺はもう手放さない。止まらない」
三ツ矢マワルは、回り続ける。
バトルスピナーは、終わらない。
──バトルスピナー回流 完──