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あめ玉色の空。

 部活動会議を終えたC子は、下校時間が迫る校舎の昇降口で、一人佇んでいた。


 ガラス扉の向こうを見ると、朝は清々しい快晴であったはずの空模様は、今は鉛色に焦げていて、今にも雷が吹き出しそうなほど、巨大に蠢いて、大粒の雨が地面を叩いている。


 テレビの天気予報では、今日は快晴だった。最近、連続で同じ天気になると思っていたが、その時点で気づくべきだった。


「クソ兄貴っ! なんであの時間に、録画なんか観てんのよっ!」


 C子は溢れ出た怒りを拳に込めて、靴箱を殴り付ける。痛む拳を、涙目で呻きながら擦っていると、背後で誰かが声をかける。


「C子さん?」


 振り返ると、そこにはタケルが立っていて、突然の奇行を目撃して戸惑いながらC子を見ていた。


「……何よ? アンタには関係ないでしょ」

「いや、僕の靴箱を歪めておいてよく言うよね」


 ふと見ると、靴箱の扉は歪んでいて、その扉の名札には、タケルの名字がしっかりと書き込んである。

 C子は申し訳なさそうに唇を噛み、謝罪の言葉を口にした。


「あとで先生に謝らないと」

「僕に謝るという選択肢はないんだね?」

「当たり前でしょ。これは公共施設の物で、アンタの持ち物ではないんだから」


 平然と、淡々と、普段と変わらない調子で言うC子の姿に、タケルは頭を掻いて、どこか嬉しそうに、能天気な笑みで応えた。


「正論なんだけど、何故だろうね。C子さんに友達が出来ない理由が分かったような気がする」


 妙なところで自分への理解を示されると、どうにも不快で、C子は眉間に皺を寄せてタケルを見ている。出会ってから数分、帰る気配がないC子を見て、タケルは首を傾けた。


「C子さん、もしかして傘を忘れたの?」

「私が忘れたわけじゃないわ。世界が私に付いて来れなかっただけよ」

「なにそれ格好いい」


 タケルは会話の内容を深く噛み締めるように頷きながらそう言うと、暗くなり続ける空を見て、C子に尋ねた。


「でも、そろそろ帰らないといけないし、傘なら事務所で貸してもらえばいいんじゃないの?」

「それが出来たら、そうしているわよ」


 C子は恨めしそうに目を細め、事務室での会話を思いだす。


「さっき行ったら、全部貸し出されていたわ。特定して報復してやろうかしら」

「C子さん、今日はあんまり勉強できなかったんだね……」


 タケルがそう言うと、C子は何故分かったのかと、剣呑な視線を送る。しかし、何を尋ねるべきかを迷い、仕方なく、ただ肯定するのみだった。


「だから、早く帰って勉強したいんだけど、どうして雨なのか。今日は運が無いわね。おまけに、変な奴と立ち話なんかする羽目になるし」

「えっ……」


 C子の言葉を聞いたタケルは驚愕に目を見開き、発言の意味を理解してから、生唾を飲んで、信じがたい事実に目を向ける。


「C子さんが他人と立ち話をっ!? まさかっ!?」

「アンタのことよっ! あと、何でそんなに意外そうなのよ!?」


 自分のことであると告げられて、タケルは安堵の笑みを浮かべた。雨音を聞き流しながら、落ち着いた声色で答える。


「だって、C子さんは僕とだけ話してほしいから……」

「どんだけ寂しいのよっ! あと、アンタとだけ話すなんて死んでも嫌だからっ!」

「酷い……」


 それでも少し嬉しそうに、タケルは笑みを浮かべていて、C子は不愉快そうに視線を下げた。すると、彼の手にある物が目にはいる。


「そういえば、アンタ傘を持っているわよね?」

「う、うん。あ、そうだ相合傘――――」

「寄越しなさい」

「……今日のC子さんは、何だかアグレッシブだね!」


 どれだけ勉強がしたいのか、眼鏡越しに、C子は期待で瞳を輝かせている。その表情が珍しく、二度と見ることが出来ないかもしれないため、何となく、タケルは悪戯心に首を横に振った。


「でも、流石に何の利益もないのに、傘を貸してあげられないよ?」

「それもそうね……。それなら、少し恥ずかしいけど……」


 C子は頬を赤らめて、タケルの傍まで歩み寄る。落ち着かない様子で鞄を床に置き、右の手をタケルの顔まで近づけた。

 思わぬ反応に固まるタケルを他所に、ゆっくりと呼吸をしてから、C子は桃色に染まる唇を震わせる。


「ビンタくらいならしてあげるわよ?」

「ごめん、僕の趣味じゃないんだ、それ」


 あからさまに落胆するタケルは真顔でそう言うが、C子は不可解とでも言いたげに眉を潜める。


「あら、二番目の兄は好きよ? 私のビンタ」

「C子さんの家庭、思っていた以上に混沌としているね。家族みんな異常なの?」

「失礼ね。それだと、まるで私も変な人みたいじゃない」


 C子は納得がいかないのか、小さく憤慨してみせるのだが、タケルは可哀想なものでも見るように目を細める。


「……なによ?」

「いや、自己分析は重要かなって」


 そこでようやく、タケルの思考が理解できたようで、C子は不機嫌そうに口を開く。


「言っておくけど、アンタはかなり変だからね」


 抗議の言葉を向けられたタケルは肩を竦め、まるで堪えていない様子で微笑んだ。


「僕は自分で理解しているよ。その上で、こんな自分が好きなんだ!」

「信じられない! 私なら生きる自信はないわよ!?」

「……C子さん、もう少し言葉の鋭さを落とせないかな」

「バターナイフの刃を削れと?」


 あれで手加減していたのかと、タケルは目の前の、真面目に繕う女の子を見る。

 C子はそんな視線に気づかず、ひらりとスカートを揺らして、窓に張り付くような体勢でもたれ掛かると、重々しい溜め息をひとつ吐いてみせる。


「はぁ、これだけ待っても雨って止まないものね」


 タケルは左手に巻いた時計を見てから、同じ窓を見る。


「まだ五分くらいだからね」

「……アンタと会話をしていると、時間が長く感じるわね」

「嬉しくて?」

「嫌だからよ」


 遠慮のない発言を最後に、しばらく静かな空間が漂う。ほとんど人も残っていない校舎には、二人の靴音だけがはっきりと残った。

 そして、C子は靴箱を開いて、自身の革靴を取り出した。


「仕方ない。そろそろ帰るわ」

「え、でも傘は持ってないんでしょ?」

「濡れるのは嫌だけど、帰ってシャワーを浴びれば問題ないわ」


 平然と言うC子だったが、タケルは内心焦っていた。

 体が冷えるなどという問題ではなく、下にシャツを着ているのだろうけれど、雨に打たれたら、間違いなく下着が透けてしまうため、それだけは阻止したかった。


 タケルは回らない口を開き、C子を引き留める。


「いや、でも、ほら、僕は傘を持っているから、一本あれば二人とも濡れずに帰れるよね?」


 そう言われて、C子はタケルの考えを理解したらしく、少し渋りながらも、最後には頷いた。


「確かにそうね」

「うん、じゃあ一緒に……」

「コンビニの傘って、千円あれば足りるわよね?」


 一瞬だけ安堵したタケルの前に、C子はポケットから取り出した財布から、あまりにも軽く千円札を差し出した。タケルは呆然と、目の前の女の子が普通ではないことを改めて受け止めることに努める。


「ん、どうしたの?」

「いや、サービスが充実した世の中だなって、ねぇ」


 相合傘さえも許されない世の中に、タケルが絶望している。そんな男子の純情を悟れないC子は、首を傾げて観察していることしか出来ないでいる。


「変なことを言うわね。……あ、もう買わなくても良さそうね」


 タケルが顔を上げると、校門前に乗用車が停まっていて、そこから出てきた男性が、急ぎ足でこちらに向かっていた。

 男性はC子達のいる昇降口の扉を開けると、下駄箱付近に立つ二人を見て、満面の笑みを浮かべた。


「ギャーちゃん、やっぱり傘忘れてたんだね」

「アンタのせいでね」

「も~、ギャーちゃんは冗談きついなぁ! 早く帰って、ご飯食べよ……って、この子は誰?」


 どうやらC子の兄のようで、ボサボサの髪と、たるんだ衣服が特徴的な、あまり頼りにならなそうな印象を持たせている。

 男性の質問を受けて、C子は少し不服そうに、それでも確かに紹介をした。


「友達のタケルよ」

「えっ、彼氏!?」

「友達よ」


 どちらにせよ嬉しいのか、男性はタケルの手を握り、大きく上下に振りながら、長い握手をする。


「ギャーちゃんと仲良くしてくれるなんて、良い人だね。あ、どうせ車だし、一緒に送っていこうか?」

「いえ、僕の家は近所ですし……」


 突然の出会いに面を喰らうタケル。そんな態度にも関わらず、男性はさらに留まることなく会話を続けた。


「そうなんだぁ。じゃ、暇なときにでも遊びに来てね! 歓迎するよ!」

「是非っ!」

「ダメよっ!」


 C子は全力で否定した。



  ◆◇◆



「ギャーちゃんに友達かぁ、感動的だね」


 後部座席にも聞こえるように、C子の兄である聖夜せいやは言った。

 嬉しい気持ちを思い出し、何度も呟くセイヤに苛立ちを覚えたC子は、後ろから運転席を蹴りつける。


「兄さん、気持ち悪いから、口を閉じていてくれないかしら?」

「感動も打ち消す最高の罵倒を、あっーりがとぉっ!!」


 今まで抑えていたものが弾けたように、セイヤは満足そうに叫んだ。嬉々として罵倒や暴力行為を好意的に受け取る彼から目を背け、C子は背もたれに体重を預ける。


 セイヤはバックミラー越しに見える、退屈そうな表情に、優しげな声色で話しかけた。


「でも、本当に、ギャーちゃんはずっと一人なのかと思っていたから、兄としては嬉しいな」


 本当に嬉しそうに、セイヤは言った。勉強以外にまるで興味のない妹の成長に酔いしれるように、暗く沈む空の下、ハンドルを握る。


 そんな兄の想いを知り、C子は思わず口を開いた。


「いや、ド変態のニートからの気遣いなんて、本当に要らないから」

「止まらないなぁっ!」


 本当に嬉しそうに、セイヤは叫んだ。

もう1時の投稿にしました。流石に遅すぎますから……。0時投稿に戻せるように、努力します(>_<)


とうとうC子さんの悩みの種が現れました。ついでに言うと、これはマトモな方です。

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