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テスト前線。(3)

 テストが終わってから、3日という時間が過ぎた。至るところでテストの結果が返されて、通常授業へと校内が移行した頃、学内掲示板に大きく張り出された順位表は厳しい現実を突き付ける。

【異文化言語同好会】で行われた勉強会の甲斐も虚しく終わっことを確認して、C子は深く溜め息を吐き、隣に立つ金髪の女子生徒に言う。


「須藤さん、残念ね。上位十名にも入れていないなんて」

「上位三十名に入っても、そう言うのは貴女だけよ」


 マリナは自分の順位を確かめて、背伸びでようやく隙間から覗かせていた頭を、人混みの中に沈める。不服そうに眉をひそめるマリナに、C子は最も目立つ場所に飾られた自分の名前を一瞥すると、下方にある瞳を見ながら口を開いた。


「上位三十名なんて、学校の約3.3%よ。不純物にしては多いじゃない」


 黒い縁の眼鏡は、蛍光灯の光を反射させている。単調な物言いに、マリナは深く一息、呼吸をしてから呟いた。


「貴女、教師だけにはならない方が良いわよ」


 C子もそれには同意を示し、小さく頷くと、僅かに傾いた眼鏡に中指を当てて直す。


「そうね。問題は賃金かしら」

「性格よっ! 子供泣かしてしまいそうだからっ!」


 小さな身体には似合わない、大きな声が人混みに響き、周囲の視線がマリナに注がれることになった。迷惑そうな、不思議そうな、そんな眼差しを受けて、マリナは萎縮してしまう。


「あ、えと、ごめんなさい……」


 虫の鳴き声ほど小さな謝罪は誰にも聞こえていないようだったが、興味を無くした生徒たちは、再び自分の名前を探し始める。

 C子も同じように、感情のない瞳を薄く閉じた。


「まあ、次は頑張らせるとして」

「次もあるのね……」


 マリナが肩を落とし、青い顔で俯いているが、C子は特に気になる様子もなく続ける。


「最近、タケルを見ないけど何か知らない?」

「タケル様?」


 相変わらず、本人がいないところでは"様"付けで聞き返し、質問の真意を理解していないマリナが、金色の髪を揺らしながら、仔犬のように首を傾けていた。

 C子は仕方なく、テスト明けから今までの記憶を振り替える。


「学校には来ているみたいだけど、なんだか避けられているみたいなのよね。静かで私は良いけど、部活にまで来ないと廃部になりそうで困るわ」


 毎日、一応同好会としての活動を認めさせ続けるために、担当の教員が見回りに来るのだが、その度に発足者がいないのでは示しがつかないのである。

 C子の説明に納得がいったようで、マリナは自分の頬に手を当て、何か思い出したように声をあげた。


「ああ確かに、最近は一人でご飯も食べていらっしゃるようだし、たまに別の人と喋るところも見掛けるわね。そう言われてみれば、元気がないかも……」


 そこまで言って、マリナは不穏な視線を感じた。見上げると、C子が蔑むような目を向けている。


「知ってる? 愛のある情報収集は、犯罪なのよ?」

「見掛けただけよっ!」


 不名誉な勘違いでもされたかのように、マリナが必死に大声で否定すると、周囲の視線が再び集まりだす。しかし、今度は羞恥心よりも怒りが上回ったらしく、少し小さな声でC子に述べた。


「……あーもうっ、単に怒らせただけではないの? そんなに知りたければ、自分で聞きなさいよね」


 そう言って、マリナは一人で教室へと戻って行った。

 感情的で、おそらくは脚色が入った部分もあるのだろうけれど、直接聞くというのは確かに手っ取り早い。C子は順位表の名前を確認して、職員室へと向かった。


 昼休みになり、C子は扉を開けて教室へと入る。そして、扉の近くに座って談笑していた男子生徒に向かって尋ねる。


「タケルは居ますか?」

「え、氷の女王がなんで……」


 何を驚くことがあるのか、C子は面倒くさそうに、この男子生徒が早く動くことを願う。その数秒の間にも関わらず、唾液を吐きながら食事を進める女子達が、教室の隅でこそこそと、遠くからでも分かる声量で言葉を交わしていた。


 "……タケル様が贔屓にしてる?"

 "じゃ、変な人なんだ。"

 "怖い人だって聞いたよ。"


 アイツのせいで、在らぬ噂がよく立つのは不愉快だ。そんな思考があっても、それを口にしなければ何も始まらないから、C子は低い声で彼女たちに言う。


「部活の話よ、妙な鳴き声を上げるのは止めてくれないかしら。耳障りなのよね」


 睨まれはしたが、睨み返してやると、弱々しい声を静かに鳴らし、肩を小さく食事に戻る。あとでまた、悪態をつくのだろうけれど、別に興味はないと視線を動かす。

 質問に答えられそうな人を探していると、背の高い男子生徒がこちらに歩いてくる姿が見えた。


「橘さん、タケルなら今さっき、窓から逃げましたよ」

「神山君……」


 同好会の部員であるトオルは、タケルと同じクラスだったのだと、今さらながら思いだす。

 そして、改めて言葉を噛み砕くC子は、苦々しい表情でトオルに尋ねた。


「ていうか、アイツは普通に、教室を出入りも出来ないの?」

「まぁ、たまに」


 マスク越しに、籠った声でそう言うと、トオルは視線を逃がすようにC子の左側を凝視する。

 その方向に、C子が振り返ると廊下が見えるのだが、今は誰も通っていなかった。


「野生の勘でしょうかね。何か変だったし」

「変はいつもでしょ」


 再び正面を見ると、全ての窓が閉まっている光景が映る。なにか隠しているのもしれないが、深く追及したところで、しらを切られる可能性が高かった。

 C子はトオルの黒い瞳を覗きこむ。


「……分かったわ。戻ってきたら話があると伝えてくれる?」


 顔の半分を隠しているせいか、あまり読めない表情は、C子の目を見て答える。


「構いませんよ。まあ、本人が聴くかは分かりませんけど」

「その場合は手錠を貸してあげるから」


 ポケットから取り出した金属の輪っかを、C子は平然と押し付ける。所詮は部室に落ちてた玩具でしかないのだが、意思表示として意味を込めて手渡した。


「捕まえろと……。常備しているのはどうかと思いますけど、まあ、預かっておきます」


 丁寧な対応に、僅かな感情の揺らぎを見せて、トオルはゆっくりと頷く。

 それを確認したC子は、周囲の冷ややかな、というよりは畏怖の介在した視線には目もくれず、足早に教室を出ていくのであった。


 いつものように弁当を持って、屋上出入口前の階段で、C子は一人弁当を広げていた。ほとんど食べ終わってはいるのだが、それでもすぐに立ち上がる気にはなれない。


 怒らせた、というマリナの言葉が、今更ながら響いてきた。


 もしかしたら、父親に対する褒め言葉は、彼にとっては良くないことだったのだろうか。私だって、兄が褒められたら嫌悪感しか沸かないのだから、気持ちは分からないでもない。


 だとしたら、私というものに、嫌気が差したのかも。


「タケル……」

「何かな、C子さ――――ブフッ」


 屋上の扉は開かれていて、いつの間にかタケルが背後に居た。そして、驚いたC子は思わず、顔面に向かって手早く裏拳をぶつけていたのである。


「い、いきなり私の後ろに立たないで」

「C子さん……、まずはそれ……口で、言おうか……」


 鼻を押さえ、痛みを堪えながらタケルは言った。その様子を確かめるまでもなく、待ち構えていた存在に対して、C子は首を傾げた。


「私のこと、避けていたんじゃないの?」


 そう尋ねると、タケルはまだ痛む鼻に手を当て、迷うように言葉を並べる。


「いや、それは、その……間違いではないけど。……聞いても怒らないって約束してくれたら話すよ?」

「出来ない約束はしない主義なの」

「堂々としてるね」


 しばらくぶりに見た笑顔は、その感想を覚えた時点で見慣れてしまったのかと、C子は内心、自分に呆れていた。

 タケルは能天気に緩ませた表情で尋ねる。


「僕のこと、探してたってことは、もしかして僕が居なくて寂しかったの?」

「違うわよ。私がアンタを避けるなら良いけど、逆は腹が立つのよ」

「清々しいほど身勝手だね」


 嬉しそうなタケルに苛立ちを覚え、C子は責めるような口調で、強く喉を震わせた。


「アンタだって、自分で作った部活を放っておいたんだから、十分身勝手じゃない。さっさと理由を話しなさい」


 それを聞いて、ようやく観念したようで、タケルは言い渋っていた言葉を吐いた。


「実は、赤点を一つ取っちゃったんだ……」


 膝を抱えて踞り、閉めた扉にもたれ掛かるようにしてタケルは言う。いつもより弱々しい声で、タケルは語っていた。


「部活も停止だと思うと、C子さんに会わせる顔がなくて」

「なんだ、そんなこと?」

「ん?」


 全てを予測していたC子は、あっけらかんとして言うと、タケルは顔を上げる。


「それなら先生に、さっき免除して貰ったわよ」

「え?」


 安心させるように、いつになく優しくC子が言うと、タケルは驚愕した様子で言った。


「えぇっ、なんて脅したの!?」

「私を何だと思ってるのよっ!」


 折角の心遣いに対しての反応は、日頃の行いのせいか、あまり心証が良くなかった。仕方なく、C子はため息混じり説明を始めた。


「小テストで零点を連発した劣等生を、二人も救済したのよ? それこそ、何かしらの報酬があって然るべきじゃない」

「謙遜の"け"の字もないね。ははっ……」


 タケルはわざとらしい笑い声をあげると、どこけ寂しそうに、なにかを誤魔化すことを忘れて、視線を落としてC子に問う。


「C子さんは、頭が良い僕の方が、やっぱり好きかな?」


 成績について、父親に何かを言われていたことは知っていた。だからといって、嘘を吐くことは許されない。

 それは、信頼に対する答えだ。


「当然……――――」


 C子はまっすぐ、見下すようにタケルを見て口を開いた。


「どっちでも嫌いよ。アンタみたいに煩くて図々しい奴は」

「うん、そう言うと思ってた。だから、C子さんは好きなんだよ」


 口角を上げて、満面の笑みを浮かべるタケルは、安心したようにそう告げる。どんな信頼だろうか。

 時計を確認することなく、少しずつ足音が偏りを聞かせていたから、C子は弁当箱の蓋を閉じて、鞄に収めると簡単に立ち上がった。


 そして、階段を降りながら振り返る。


「そろそろ授業が始まるわね。ほら、さっさと行くわよ」


 まだ踞っていたタケルに向かって言うと、何かを言うべきかと三度も迷って、ようやく口にした。


「……あと、その、この前は、ごめん」


 謝罪の言葉を聞いたタケルは、目を丸くしていて、頭を掻いて笑う。


「C子さん、何の話?」

「何でも無いわよ!」


 無駄に恥をかいた。C子は靴音を鳴らしながら階段を降りているく。その後ろをついて歩くタケルは思い出す。


「あ、もしかして――――」

「うるさいっ! この、バカっ!」

「うぐっ」


 理不尽な裏拳は、みぞおちに入る。

みぞおちは辛いですよね。痛いよりも、苦しいのです。たとえ、C子さんが非力でも……。

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