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部活の目的は。

 ジリリリリリリ――――……。

 微睡みを打ち破る鐘の音が、部屋中に響き渡る。その音はあまりにも大きくて、布団で塞いだ耳にも、しっかりと届いていた。

 まだ虚ろな意識の中で、目を開くと、そこに朝を感じる。


「う……るさ」


 夢を見ていたような気がする。しかし、それを追及しようとは思わない。あまり幸せな夢ではないような感覚が、思い出したところで、今日という日が淀むだけだと、無駄なことだと、記憶を投げ捨てさせた。


 ボーッと、煩い音を聞き流していると、自室の扉がノックも無しに開かれる。


「ちょっ、兄さん、早く目覚まし消してよ。近所迷惑だから」

「んん……分かって……るよ」


 掠れた声に戸惑いながら、タケルは返事の言葉を口にする。

 五月を過ぎた空は、雨模様を帯びていて、居心地の悪い湿度に対応するべく点けた冷房が喉を渇かしたようだった。

 ベッドの脇に置いた棚に手を伸ばし、タケルは目覚まし時計の頭を叩く。静まり返ったことを確認すると、弟のワタルは溜め息混じりに、ベッドから出てこない兄を見る。


「兄さん、休日だからってダラけ過ぎだよ? 朝ご飯が冷めちゃから、早く降りてきてよね!」

「あー……」


 今日は土曜日だ。それなのに、ただ食事をするためだけに起きなければいけないのが、我が家のルールだ。

 団らんなんて、もう随分前から存在しないのに、無駄な規則ばかりが行動を縛って離さない。

 しかし、やることも無いから、寝間着姿の身体を、タケルはゆっくりと持ち上げた。


 手すりを頼りに、よろよろと階段を下りていく。硝子扉を開くと、朝食の並べられたテーブルの横で、学生服姿の弟が立っていた。


「兄さん、もう少し早く起きてよ。僕だって忙しいんだから」


 未だに眠たげな兄を見て、ワタルは急かす言葉を投げ掛ける。ボサボサの頭を掻きながら、タケルはいつも通り、自分の座るべき場所に着く。


 そして、力なく、投げやりに言葉を返した。


「僕は起きていても、やること無いからなぁ」

「成績下がってるから、勉強でもしたら?」


 耳が痛いが、そんなものに興味はなく、タケルは朝食と弟から、そっと顔を背ける。自分の目の前に座ったワタルは、バターナイフを片手に、語気を強くタケルに言った。


「弟として、兄さんのことが心配だよ。愛想もないし、勉強だってやらないし、高校生活は大丈夫なの?」


 タケルは質問を飲み込むように、焼いただけの、特に味もしないトーストをちぎって口に運ぶ。


「結構、モテるから」

「それは知ってるよ。顔は似たようなものでしょ?」


 カタカタと、手だけは各々自分のことだけをしながら、静かな食卓は淡々と進んでいた。それが気に入らないのか、ワタルは再度、質問の中身を説いく。


「そうじゃなくて、友達とか」


 そんな雑談を流しながら、タケルは赤いトマトの房を摘まむ。要らないものは外すべきだと思った。


「友達なんて――――……いや」


 思い出して、手が止まる。微睡みの中に残った僅かな記憶は鮮明に、事実であることを肯定していた。


「この前、出来たのか」


 不機嫌そうに口にした約束を、彼女が忘れていなければ。そんな言葉が後ろにつくような気がするが、それでも、真面目な彼女は約束を守るから、たぶん大丈夫なはずだ。

 タケルの言葉を聞いて、ワタルは奇跡的な場面でも見たような、顔全体を明るく綻ばせる。


「そう、なんだ。良かったね!」

「全然よくない」

「えぇ……」


 全然、良くない。まだ、彼女の視界にすら入れていないと、タケルは苛立ちを覚えながら、赤い果実を房から外し、食べられる部分だけを口の中で転がした。

 酸味が強く、苦みが強い。甘くない、そんな野菜を飲み込んで、タケルはようやく覚めた頭で、ワタルの姿に疑問を覚えた。


「あれ、なんで学生服なの?」

「部活だよ。昨日から言ってたでしょ?」


 言っていたかもしれないが、興味がなくて、タケルは忘れていた。つまらなそうに、タケルは視線を下に向けて食事を進める。

 その様子に、ワタルは小さく笑みを浮かべ、悪戯っぽく尋ねる。


「兄さんも、部活に入ってみたら? 運動は得意でしょ?」


 部活はこの前作った。しかし、休日で集まるような、気合いを入れるべき活動ではない。そもそも、大会などが存在するわけでもないのだから、休日を潰すようなことをしたがらないはずだった。

 それでも学校に来るような、そんな生真面目な人間は、そうそう居ない。そこまで考えてから、タケルは勢いよく、椅子を倒しながら立ち上がる。


「…………あっ、今日は土曜か!」


 食事をさっさと済ませ、タケルは学生服を身につける。



  ◆◇◆



「C子さん、おはよう!」


 来なければ良いのに。そんな自己中心的な願いが、神なんてものに届くはずもなく、C子の視界には、能天気な笑顔を顔全体に張り付ける、タケルが一人で立っていた。


「……なんで来たのよ。今日は土曜日だって知らなかったの?」

「うわぁ、すごく嫌そうな顔を向けるね」


 朝早くから、煩い家から脱出して、ようやく安らげると思った矢先のことで、C子は額に掌を伸ばし、自身を落ち着かせ始めている。

 その反応を見て、タケルは苦笑いを浮かべた。


「勉強しに来てるかなって、そう思っただけだよ」


 C子は顎を引き、眼鏡の位置を直しながら、レンズの隅にタケルの姿を写す。


「その勉強の邪魔をしに来たと?」

「まさかっ! 隣で、全力の応援をするつもりだよ!」

「それが邪魔だって言ってるのよっ!!」


 顔を上げ、大声で憤慨するC子。そして、次に小さく溜め息を漏らして、落ち着くように専念すると、冷静な声でタケルに言った。


「まあ、来ちゃったものは仕方ないから、今回だけは特別に許してあげるわ」

「僕、部長なのに許可が必要だったんだね……」


 タケルは、C子の座る学習机から少し離れた、牛革のソファーに腰を掛ける。綿の沈み混む音が終わる前に、C子は淡々とした口調で尋ねた。


「それで、先生に言われたんだけど、活動目標を明確にしておかないとダメみたい。何か提案はある?」

「【良い名前同好会】の?」


 軽いタケルの言葉に、C子は目を細める。


「【異文化言語同好会】。次、言い間違えたら舌を抜くわ」

「C子さんの手が汚れるけど良いの?」

「誰が、素手でやるって言ったのよっ!?」


 怒って、C子は再び参考書に向かう。その様子を楽しそうに眺めながら、タケルは呟いた。


「でも、活動目標は、僕が頑張って書いたんだけどね」


 ペンを動かす音は途絶えずに、C子は口だけを動かして返した。


「アンタが書いたにしては、上出来だったかもしれないわね。……たぶん、私が書いたって実績が欲しいだけだから、気にすることないわ。体裁を保ちたいだけなのよ、あの教師達は」


 不機嫌なせいか、少し低めな声でC子が言うと、タケルは誰にも見えないように微笑む。


「やっぱり、C子さんは優しいね。そういうところ、好きだよ」

「私はいつも優しいの。アンタ以外にはね」

「えっ、見たことないけど……?」


 そんな会話をしていると、部室の扉が開かれる。二人がその方向に顔を向けると、小さな体の少女が、片手に缶ジュースを二つ持ちながら立っていた。


 なにか納得いかないような表情のマリナは、ウェーブの掛かった金髪を揺らして、C子の顔を睨む。


「買ってきたわよっ、橘っ! ……って、タケル、君!?」


 タケルの存在を認識したマリナは、途端に不機嫌そうな顔は緩てて、赤い頬を隠すように手を動かしていた。


「うん、おはよ。えと、あー……須藤さん」


 挨拶をするタケルの足下に、マリナの腕から落ちた缶ジュースが転がってくる。一つは紅茶で、もう一つは、C子だけが好きな種類の、甘ったるい液体だった。


 そっと視線を上げ、タケルはC子の顔を見るが、すぐに目を反らされる。


「C子さん、十秒前の言葉を思い出してくれるかな?」

「嫌よ、それくらい自分でやりなさい」

「うん。凄く、そうしたい気分だね」


 頬を染めて、恥ずかしそうにC子は言い訳を口にする。


「別に、これはパシリじゃないわよ? 部員に仕事を与えたの」

「陰湿な虐めを誤魔化しているみたいに聞こえるよ」

「お金は払ったから大丈夫でしょ?」

「C子さん、そういうことじゃないと思う」


 友達付き合いがないC子は、こういった扱い方に慣れていないのだろう。タケルはそんなことを思い、マリナの方に視線を写す。


「そういえば、なんで須藤さんが居るの?」


 冷たい目付きに気がついたマリナは、興奮を隠しきれない様子で、上ずった声を鳴らした。


「タケ……じゃなくて、皆さんが居るかと思いまして」

「へぇ~」


 頬杖をつき、思考を巡らせるタケルに、C子は思い出したように尋ねる。


「あと一人の部員は、いつ来るの? 入部早々、幽霊部員だと面倒なんだけど」

「え、そうなんだ。……えと、まあ、今日はともかく、いつか、連れてくるよ」

「なんで嫌そうなのよ」


 途切れ途切れに、壊れたラジオのような鈍い言い方に、C子は疑念を含んだ目を向ける。

 思惑はどうにもずれていて、上手くはいかない。

 思考を悟られないように、タケルは笑顔を取り繕って応えた。


「いや、活動目標を考えようと思って」

「どれだけ面倒くさいのよっ!」


 叩かれた机から、参考書がドサリと落ちる。



  ◇◆◇



 烏が鳴き始めるような夕暮れを浴びながら、鞄の中を探っていると、背後で気配を感じた。

 振り向くと、自転車を転がして歩く、ワタルの姿が見える。思わぬ対面に、ワタルは驚いたような表情を浮かべた。


「あれ兄さん、今帰ったの?」

「うん」


 迷う理由もなく、鍵を取り出しながらタケルは答える。ワタルはスタンドを立てながら、不思議なものでも見るように、タケルの顔を除き込んで、それから小さく微笑んだ。


「何だか、楽しそうだね。昔の兄さんみたい」


 そんなものなのか。理解できない様子で、タケルはぼんやりと考えてから、聞こえるかも分からないほど小さな声で呟く。



「前よりも、ずっと楽しいよ」

投稿時間が一時を越えていますね。ごめんなさい……。


タケル君は色々ありました。ええ、そりゃあもう今は語れませんけど、色々と。

……まだ設定が無いわけではありません。

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