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第2話 部員を見つけましょう。(2)

 明くる日の朝、誰よりも早く、C子は居心地の悪い自宅から登校する。いつも通り、落ち着いた足取りで廊下を歩き、教室の扉に白い指を掛ける。


 いつも通りの行動ではあるが、今日に限ってはいつもと違った。

 驚くべきことに、早朝のこの時間、窓際最後列にあるはずの自分の席が消えていたのである。


 嫌がらせならば、以前からたまに行われていたのだが、まだ午前7時だというのにそれを実行されたのは、C子にとって初めての経験だった。


 どれだけ暇なのか。そんなことを思いながら、C子は隣の席の中身を床に置き、横にずらした。

 自分の場所に机と椅子を置き変えると、扉が開く。


「何してるのよ!?」


 目を丸くして、驚きの声をあげるその女子生徒は昨日、自分に向かって難癖をつけてきた、須藤という人物だった。


「そういえば、須藤さんの席だったわよね。大丈夫? 誰かに盗まれているわよ?」

「いや、貴女が移動させたのでしょう!?」


 須藤は小さな身体を跳ねるように動かして、教室に響くような靴音を鳴らしている。その様子に、C子は溜め息をひとつ吐いてから、マリナに向かって、つまらない物を見るような視線で尋ねた。


「……へぇ、そんなことを知っているなんて、もしかして須藤さんが犯人なのかしら? それとも他に犯人でも知っているの?」

「い、いえ、その……ほら、女の勘よ!」


 視線を泳がせ、マリナは明らかな動揺を見せる。単純過ぎる、そんなことを思いながら、C子はゆっくりと、マリナの目の前まで詰め寄った。


「まあ、それは後で調べるとして、昨日、"声を掛けないで"って言ったのは覚えてないの?」

「それはその……」


 今にも泣き出しそうなマリナを、C子が睨んでいると、扉の影から誰かが顔を出していることに気がついた。


「あれ? C子さん、もう来てたの?」


 いつもの間抜けな笑顔で首を傾げているのは、この状況の原因であるタケルだった。脅迫の邪魔が入り、不機嫌そうにC子は顔をしかめる。


「……アンタ、もっと遅く来れないの? 放課後くらいに」

「遅刻するなとは言われたことあるけど、逆は初めてだね」


 目の前のマリナは、タケルの顔を直視出来ないのか、チラチラと、少しずつでしか目を向けられていない。顔も赤く、今は恋する乙女状態のようだった。


 C子はマリナを泣かせることを諦めて、タケルの方を見る。


「ほら、新しい部員が見つかりそうだからさ、探すのは一人で良いって伝えたくて。C子さん、アドレス教えてくれないし」

「下駄箱があるじゃない。時代は文通よ」

「C子さんが捨てなければそうするんだけどね」


 苦笑いを浮かべながら、タケルはそう呟く。そして、C子の前で固まるマリナを見た。


「それで、この子は?」


 タケルがC子に問うと、マリナは小さく肩を揺らした。それを見てC子は、面倒事を押し付けるつもりで、タケルに紹介してやろうと口を開いた。


「ああ、隣の席の――――」

「す、須藤です!」


 上擦った声が、C子の言葉を遮る。マリナは下を向いたまま、赤くなった顔を隠すようにして、やたらに元気な声を響かせた。


「ああアタシ、その、えーと……トイレ行ってきます! 付いて来ないで下さいっ!」

「う、うん?」


 意味が分からない様子で、横を通り抜けるマリナを見送ると、タケルは静かになった教室でポツリと言った。


「……C子さん、僕は女子トイレを覗いたことはないからね?」

「別に何も聞いてないわよ。興味もないし」

「少しも動揺しないのは、女子としてどうなの?」


 どうすれば良いのか? C子は不服そうに眉をひそめる。


「女の子なら、自分の身を心配してよね?」

「心配してくれて有り難う」

「困ったら、いつでも助けるし」

「そういうのは、好きな女の子に言うものでしょ……」


 怪訝な表情を浮かべるC子に、タケルは笑顔で返す。


「僕はC子さんのこと、大好きだよ?」

「そういうことじゃなくて……」


 言うのも疲れ、C子は自分の席につく。結局、勉強時間が減ってしまったことを、壁掛け時計は静かに示していた。



  ■■■



 それから二三日の間、悪戯は続いた。


 空からバケツの水が落ちてきたり、上履きが隠されていたり、体操着が盗まれたり、タケルが話し掛けて来たり、様々な形で、C子を害するようなことが起こった。


 しかし、その度、近くに居る人達に擦り付けているため、クラスの全員が疲弊する事態となっていた。


 そろそろ、回避するのも面倒だ。C子はそう思い、放課後の誰もいない教室でマリナを呼び止めた。


「須藤さん、もう諦めてくれないかしら?」

「い、嫌よ、諦めるなんて、出来るわけがないわ」

「は?」


 何を勘違いしたのか、マリナは俯き、耳まで赤くなった顔を隠しながら絞り出すような声でそう言った。

 別にアレをどうしようが困りはしない。能天気な笑顔を思いだし、C子は不機嫌そうに話を続ける。


「そういう乙女みたいな反応は良いから。私、恋愛なんて猿みたいなこと、するつもり無いし」

「なんで、さらっとアタシを見下したのよ!? あと、アタシは乙女だからね! 男ではないわよ!?」


 この前の冗談をまだ根に持っているのだろう、マリナは大声で反論する。どうにも話が合わないと、C子は深く呼吸をしてから、マリナを見る。


「クラス全員が迷惑しているのよ? 無駄だって気づいたら?」


 主にC子のせいではあるが、それは言わない。苛立ちが伝わったのか、マリナは一瞬肩を大きく震わせる。


「え、何のことよ?」


 嘘を言った様子もなく、たた訳が分からないというような反応に、C子は疑念の眼差しをマリナに向けた。


「アンタじゃないの?」

「だから、何が――――……あっ」


 何を思い出したのか、目を丸くして、床を見つめる。そして、急に弱々しくなり、小さな頭をC子に下げた。


「いえ、御免なさい。アタシのせいね。……アタシが原因だわ」

「どういうこと?」


 突然の変化に、C子は驚いて尋ねるが、マリナは答えることなく、どこか空虚に呟いた。


「もう……、無いと思うから……」


 マリナはそう言って、教室を後にした。


 何か、心当たりがあったのだろう。しかし、C子は勉強するために、マリナを追うこともせずに、一人教室に残っていた。

 多少、気になりはするが、助けるつもりはない。


「まあ、別に良いか」


 そう言い聞かせて、C子は数学の教科書を開いた。ページの隅に、なんて事はない、高校で習うはずのない記述が、オマケとして載っていた。


 "悪魔の証明"。解けるはずのない計算は、どのようなことも確定できない。


「あー、もうっ!」


 C子はそっと立ち上がる。携帯電話を取り出すが、他人にメールは届かない。

 仕方なく、C子は思い切り走り出した。

C子さんは強いです。なにがって、身代わりを平然とするあたりが強いですね…。

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