第2話 部員を見つけましょう。(1)
正式に入部した次の日のこと、タケルは慌ただしい様子で、C子がたまに昼食を摂っている、屋上扉前の階段で靴音を響かせていた。
「C子さん、大変だよ」
息も絶え絶えに、タケルは階段を見上げてそう言うと、C子は慣れた様子でスカートを押さえ、箸を片手に首を傾げた。
「また赤点でも取ったの?」
「え、テスト前に赤点が確定すると思うの?」
適当にはぐらかして、そのまま追い返そうとしていたのだが、思惑は天然に破られる。
約束もしていないのはいつもの事で、タケルはC子の隣で当然のように座り込むと、持っていた巾着袋から、アルミホイルに包まれた歪なオニギリを2つ取り出した。
そして、困ったような笑みで、構わず食事を続けるC子に、タケルは話を始める。
「まあ聞いてよ。先生に、C子さんが正式に入ったことを伝えたんだけど、今度は部員が足りないって言い出したんだ」
「へぇ……」
予想していたC子がそう答えると、オニギリを潰す勢いで、タケルは立ち上がる。
「へぇって、酷いと思わないの? この人でなしっ!」
「いや、4人から同好会の活動が認められるって、校則に書いてあったでしょっ!?」
なんてアホなのだろうと、首を振るC子は小さく溜め息を吐く。タケルも落ち着いたのか、ゆっくりと再び元の場所で座った。
「僕はきっと、C子さんと楽しく過ごせる場所を確保すると誓ったんだよ」
「タケル……」
後ろで纏めた髪を大きく揺らして、C子は眼鏡の掛かった顔を横に向ける。
「……私、アンタが居なくなったら、結構楽しいんだけど?」
「C子さん、もう少し気遣いを覚えてくれないかな?」
当たり前のように辛辣な言葉で返され、タケルは笑顔を僅かにヒクつかせている。
その程度のことに、C子が構うはずもなく、箸を動かしながら淡々と、冷静な言葉が連ねられた。
「それにしても、本当に知らなかったのね。てっきりアンタが、その無駄にいい顔を使って集めたのかと思っていたのに」
「すぐに集めたよ。でも、急だったから……」
「そりゃそうよね」
今は5月の半ばだから、一部の生徒は部活動に所属していたり、大抵の生徒は帰宅部に全力を注いでいることだろう。卵焼きを食べながらそんなことを考えていると、タケルも小さく頷いた。
「……うん。みんな、C子さんの名前を出したら何故か、腹痛とか、風邪とか、癌になるから、部員に出来なかったんだよ」
モグモグと咀嚼をして、言葉を飲み込んでから、しばらくしてC子は尋ねる。
「どこからが、何の冗談?」
「え、ぜんぶ事実だよ?」
複雑な心境のC子には、そのことについて心当たりが無かった。
しかし、実際は四月の初めに、嫌がらせをした生徒を停学処分に追いやったことから、かなり恐れられているのだが、当人は知れる友達が居ない。
「それで、C子さんなら、心当たり無いかなって。友達って居るの?」
「居たら、アンタとご飯なんて食べないわよっ!!」
居ないのである、一人も。
タケルはをアルミホイルを剥きながら少し考え、それから口を動かす。
「じゃあ、僕の方で探してみるよ」
「まあ、仕方ないから、私も探してみるわ」
それを聞いて、タケルは少し驚いた様子でC子を見る。
「え、あまり無理しないでね……?」
「アンタは私の親か?」
黒縁眼鏡の位置を直し、C子は傍らに置いた鞄を漁りながら、タケルに言った。
「熱意を持って、説得すれば、意外と集まるものよ」
鞄から取り出したのは、いくつもの付箋が張られた黒く小さな本で、表紙はメモ帳であることを示していた。
不思議そうに、タケルは尋ねる。
「で、その手帳はなに?」
「バラされたら困るような個人情報に決まっているでしょ? 説得できそうな人は五人くらいか……」
「……説得とは一体なんだろうね」
どうして哲学に目覚めたのかと、C子は疑問に思うが、あまり興味は持続しない。
パラパラと捲りながら、箸を動かした。
パタンと音を立てて、C子は手帳を閉じる。
放課後の廊下を歩きながら、眉間にシワを寄せて、独り何気なく呟いた。
「はぁ……。あんまり集まらないわね」
ほとんどの脅された生徒は何かしらの対策を行っていたか、あるいは自己解決してしまっていたのだ。そのため、C子に協力してはくれず、タケルの名前を出すのも嫌であるため、やむを得ず他を探すことになった。
どうしたものかと歩いていると、どこからか声が聞こえてくる。
「聞いたわよ。部活を作ったらし……――――」
「新しく仕入れないといけないから、まずは」
「無視してんじゃないわよっ!!」
話し掛けられることがないため、C子が気がつかずに通りすぎると、大声を出されてしまう。
振り返ると、そこにはC子よりも背の低い、金髪の女の子が立っていた。
「ん、誰?」
「隣の席に座っている人の顔くらい覚えなさいよ、この人でなしっ!」
ツインテールの少女は、どこかで聞いた台詞を口にしながら、ハーフらしき人形のような顔立ちを歪め、不快そうにC子を睨む。
しかし、その程度でC子が怯むはずもなく、冷たい視線で少女を見つめる。
「無駄な記憶領域は使いたくないのよ。で、男子だっけ?」
「スカートで男子なわけないでしょっ!?」
女装男子の可能性もあるだろうと、適当に、C子は面倒くさそうに記憶を探る。
「それで……えと、あー……隣の席の私語が煩い女子の内の一人が、私に何か用?」
「その覚え方、わりと傷つくから止めてちょうだい……」
少し涙目になりながら、少女は小さな体を大きく動かす。C子の方を指差しながら、大きな声で、十メートルほど遠くから少女は言う。
「アタシの名前は、須藤マリナよ。須藤グループ社長の娘だから、媚を売っておくことをお奨めするわ」
「ああ、あの浮気疑惑で降されそうになった社長の?」
「貴女、そんなのだから友達居ないのよ?」
マリナは呆れた様子で言うと、C子は苛立ち気味に、手帳を片手に言った。
「それでその、この辺りに自宅と浮気相手の家がある社長の娘が、私に何の用?」
「それはもち――――いや、何で知っているのよ? あと、その手帳はなにっ!?」
構わず、黒い手帳を見ながら、マリナについての情報を思い返すC子に、マリナは強がる笑みを浮かべる。
「ま、まあ、良くは……ないけど、言わせてもらうわ。タケル様に今後、二度と付き纏わないでちょうだいっ!」
「はぁ?」
自信を含んだ声色に、C子は眉を潜める。それにマリナは勝ち誇ったような明るい声で続ける。
「私、知っているのよ。タケル様は優しい、王子様のような方だから、貴女みたいな女でも気にかけていて、貴女はそれに漬け込んで仲良くしにゃうにゃ――――離しゃなしゃいよ!」
いつの間にか近づいたC子に頬を引っ張られ、マリナは叫んだ。しかし、C子の目を見て、すぐに大人しく縮こまる。
「言っておくけど、関わって来たのはアイツの方で、私は迷惑してるの。その恋愛のこと以外にメモリーを使っていない脳みそでも、この言葉の意味くらい、多少は理解出来るでしょ?」
「……ひ、ひゃい」
冷たく、絶対零度の罵倒に恐怖して、マリナは小さな体を、さらに小さく折り畳む。
「分かったら、二度と私に話し掛けないでくれるわよね?」
「ひゃいぃ……」
返事を聞いてから、C子は手を離すと、マリナは膝をついて座り込んでしまう。
「うぅ……ヒクッ……ヒック……」
溜めた涙を溢しながら、幼い子供のように泣き崩れる少女を置いて、C子は勉強のためにさっさと足を動かす。
「あ、あの子を部員にすれば良かった。単純そうだし」
思い出して振り返るが、すでにマリナの姿はなかった。
袖を濡らしながら走るマリナは、屈辱に怒る感情で、ギュッと小さな拳を握りしていた。
ちなみに、あの手帳にタケル君の情報はありません。有ったら喜ぶだけだから……。