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例えるのならば、人生のように。(2)

後半戦! 果たして、C子は甘味を味わえるのかっ!?

 パフェの注文を終えると、店主は注文票を持って店の奥へと下がって行く。しばらくして、サービスだと言って、カップに入った珈琲を二つ持って来たが、それ以降は静かな店内に戻ってしまう。


 誰もいない店内であるため、C子は気兼ねなく周囲を見回していた。慣れ親しんでみれば、薄暗く、古びたインテリアが並んでいるだけで、実際はただの廃墟のようにしか見えない。だから、嫌のだけれど。


 休日の勉強時間を削ってまで訪れるほどの価値があったのか、そんな疑問で胸が敷き詰められる。C子は鞄に手を入れて、分厚い紙切れを取り出した。単語を暗記するためのものなのだが名前は何だったろうか。そんなことを思いながら紙をめくる。


 憶えるべき単語が一周したとき、隣で珍しく静かに座っていた男が口を開いた。


「それにしても、意外だったなぁ。C子さんがお化け苦手だなんて」


 何処か喜ばしそうにそう言うタケルに、C子は目を向けずに応える。


「誰にだって苦手なものくらいあるでしょ」

「そう? いつものC子さんなら『そんな非科学的なものなんて信じるわけないでしょ』とか言いそうだけど」


 声高に誰かの真似をしてみせるタケルだが、残念ながらまったく似ていない。似ていてたまるものか。C子は眉間に皺を寄せ、繰り返し単語を頭に入れた。


 そのとき出た単語が、『exactly(その通り)』だったのは、なんとも皮肉なことである。


「別に、信じてなんかいないわよ。フィクションでも嫌なものは嫌なの。幼稚園児だった頃、父と遊園地に行ってから、トラウマになっているだけ」


 適当に時間を潰すために話した過去の何が気になったのか、タケルはやたら熱心に、他の誰一人として座っていない横長の広い椅子の端っこで、無駄に距離を無詰めてくる。


「もしかして、そこのお化け屋敷が凄く怖かったとか?」

「いいえ。ただ父に置き去りにされて、半日ほど中を彷徨い歩いたことは恐怖だったわね」


 僅かに空いた二人の間に、C子は持って来た自分の好みに合わない派手な色彩のポーチを壁として挟み込んだ。近すぎるのである。


「その中で聞いた会話が、誰が恋をして誰が刺されたとか、借金をしながらパチンコをしているとか、地球温暖化とか……。お化けよりも、肉体のある役者の方が怖くなったわ」

「C子さんの怖がり方は独特だね」


 果たしてこの男は、何をしたら怖がるのだろうか。この余裕然とした憎たらしい顔を恐怖で歪めてみたい気もするが、しかし、どうだろう。それが何の役に立つのか、少し考えてはみたものの、どうしようもなく答えは出ない。不愉快だ。


 考えごとをしながら、暇な片手を動かして苦い飲み物を甘くしていく。そんなC子の様子を見て、タケルは恐怖に似た表情を浮かべていた。


「あー、C子さん?」

「何かしら?」

「砂糖入れ過ぎじゃない?」


 タケルに言われてカップを覗くと、珈琲がホットミルクになっていた。何かの冗談でも無ければ、考え込んでいたせいで砂糖とミルクを入れ過ぎたのだろう。


「気のせいよ」

「角砂糖5個に、ミルクは甘いよ」

「たまには自分に甘くなりたいのよ」

「胃もたれしそうな甘え方だね。僕ならいつでも甘えて良いんだよ?」


 おどけて、そう言うタケルはブラックで飲む。こんなことで大人だとは思わないが、何故か負けた気分になるから不思議だ。そもそも、今日に限っては常に乗せられ続けている。


 たぶん、きっと、今日がいつもより暑かったせいだろう。普段どおりに行かない。


 C子はカップを持ち上げ、白く染まった砂糖まみれの珈琲を飲み干した。ミルクで冷めたその液体は、苦も無く白い陶器の器から消え去った。


 一息ついて、もう一度、店内でも見回そうとC子は首を動かした。


「お、おぉぉお待たせぇーーー」


 少々刺激が強すぎる血糊の笑顔が目の前にあり、C子は気を失いかけた。


「あ……えーと、C子さん?」

「黙りなさい」


 タケルが気にしているから、C子もその方向に視線を落とす。機能性の無いふりふりのスカートの近くにあったのは、ポーチではなく人の手で、好きでもない異性の手で、それはタケルの手であった。


 咄嗟に手を離し、声だけは冷静にタケルに言う。


「黙りなさい」

「C子さん、僕もう黙ってる」


 口答えをするとは何事か。恥ずかしさのせいか、顔が無闇に熱くなるのが分かる。ここまで恥を欠いたのは、いつ以来だろう。ともかく、乱れた心拍数を整えるように、深い呼吸を数回、静かに行う。


 そして、目の前に運び込まれた逆円錐形のガラス容器に目を向ける。


「見た目は大丈夫そうね。……噛み付いて来たりしないかしら」

「何処の世界のパフェかな?」

「冥土のパフェよ」


 クリームの上には黒蜜が掛かっており、怪しげな光沢を見せていて、中層にある餡子とコーンフレークの色合いも素晴らしい。しかし、問題は味にあるため、口に入れるまで褒めることは出来ないのである。


「頂きます」


 C子は長細いスプーンをクリームに向ける。


「あ、C子さん!」

「……何よ?」


 あともう少しでクリームに触れようとしていたとき、タケルが口を挟み、C子は不機嫌そうに訊く。タケルは一瞬言いよどんでから、真っ直ぐとC子の目を見て言った。


「あーん……しなくていいの?」

「まさしく地獄じゃない」

「そこまで言われると流石に傷つくね」


 冗談にしてはやけに残念そうにタケルは呟く。それほどまでに驚かせたかったのならば、もっと工夫するべきだろう。どちらにせよ、驚きはないのだけれど。


 C子は周囲に構わずに、スプーンに乗せた豆乳のクリームを口に運ぶ。


 勢いに任せて、一気に食べ進める。黙々と、おやつ中は誰にも邪魔をさせるわけにはいかない。しつこくなり過ぎないように、整えられた優しい味わいに舌鼓を打っていると、中層を超えた先にある食材を見て、C子は感銘を受けた。


「……っ! 何てことかしら」


 思わず零れた言葉に、タケルは目を丸くして尋ねる。


「美味しかったの?」

「いいえ。無職の兄の方が美味しく作るわ」

「それを、本職の前で言っちゃうC子さんが何てことだろうね」


 そう言われて、店の端の方に立っている店主を見るが、さほど気にした様子はない。むしろ、C子の反応が気がかりなようで、申し訳なさそうにあたふたと、溺れた兎のように慌てている。


「も、もしかしてぇえ異物でも混入していましたかぁあ?」

「いえ、そうじゃなくて、凄く芸術的だと思っただけよ」


 C子はパフェの器を覗き込み、中に置かれたチョコレートの造形物を確認した。


「僕には、ただのパフェに見えるんだけど?」

「中身をしっかりと見なさい。クリームの下に、ビターチョコレートと果物、そして金平糖を使って、社会に呑まれた現代人の儚さを表現しているのよ」

「僕はただ無造作に混ぜただけに見えるんだけど。……ん、金平糖?」


 横から苦く笑みを浮かべるタケルはそう言ったが、店主の方は嬉しそうに、跳ねるような仕草で何度も頷いていた。


「す、すごいっ……! その、その通りですうぅ」

「しかも当たっちゃったよ」


 共鳴する芸術性を理解できないタケルは頬を掻いて困惑する。そんな反応に見向きもしないC子は、熱心にパフェを観察している。


「これほどの作品が世に出ないのは寂しいわね。どうにかして売り出せないかしら」

「絶賛だね。もう、僕には芸術が分からないよ」

「そうだ、明日、財布に相談してみましょう」

「誰の事かは分かるけど、可哀そうだから止めてあげてね?」


 それはどの部分への言葉なのか、C子は上手く読み取れなかった。それについて言及する前に、店主が身を縮めながら口を開いた。


「い、いえ、それは、結構ですぅ。とても有り難いですが、ま、まだ修行中で、大きな宣伝は早すぎますぅ……」


 見えない何かにでも怯えているのか、視線をあちらこちらへ移す店主は言う。


「それに、自分の力で、有名にしていかないと、人気は身に付かないと思いますから」


 タケルは笑みを浮かべ、不服そうにスプーンを口に咥えるC子を見る。


「だってさ、C子さん」

「そうね。確かに私の分が無くなるのは許されないわね」

「それは許してあげてよ? そのうち有名にするつもりなんだから」


 売り切れて御免で許されるわけがない。食べ物の恨みは大抵、海よりも深いのだから。




 会計を済ませ、二人は店の外へと出る。お金を払ったのは当然、店の概要を知っていたにも関わらず、何も教えなかったタケルの支払いであった。


 軽くなった財布を見て悲しむタケルを尻目に、C子はカウンターの向こうで微笑む店主に告げた。


「また来るわ」

「あり、ありがとううぅござ、ございますぅっ!」


 今にも泣いてしまいそうな声を背に受けて、C子は扉に手を掛ける。


 カランと乾いた鐘の音が響くと、コンクリートの地面に二つの靴音が並んで鳴った。C子の背後に立つタケルは珈琲だけでも満足したのか、上機嫌に尋ねる。


「どうだったC子さん?」

「悪くなかったわ」

「僕とデート出来てうれしい?」

「いいえ、全く。次は一人で来るわ」

「へぇ……」


 素っ気ない反応に、タケルは目を細目て足音を消し、いつもより低い声で吠えてみせる。


「ワッ!」

「きゅあっ!」


 条件反射で出た声は、あまりにも女の子らしく、恥ずかしさと怒りが混じった顔でC子は振り返るが、タケルは幸せそうに、自慢げに、誰かにでも誇るような声色で語る。


「今日のC子さん、すっごく可愛いいなぁ!」

「ちょっ、あんた絶対だれにも言わないでよね!」

「言わないよ~。だって、僕の宝物だもん」

「あんた……ほんと嫌いっ!」


 赤いのは、暑さだけのせいではないのだろう……。

いつか喫茶店でコーヒーを飲みながら、格好よく小説を書いてみたいですね。


「珈琲をブラックで。……あと、イチゴショートケーキっ!」


完璧です。

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