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例えるのならば、人生のように。(1)

2週間ぶりの投稿です。本日中に後半が投稿されます。

「C子さん、デートしよ?」

「いやよ」


 ある日の屋上扉前の階段で、最上段に腰を掛けたC子はお弁当の包みを広げる手を休めることなく、即座に否定の言葉を述べていた。


 誰も通らない場所故に空調設備の確保されていないその場所は、案の定、蒸し暑さが占めているのだが、それでも誰も通らない利点というものには代えがたく、我慢できる範囲はこの場所で食事をしている。学食や教室という雑踏の中で落ち着いて食事などできない。


 そんな苛立つような暑さの中でも、タケルは春先と一切変わらない能天気な笑みを浮かべて、当然のようにC子の隣に座っているのであった。

 そんなタケルはC子の反応から僅かに時間を置いて、タケルは何かを納得したようで、趣深そうに頷いてみせた。


「そうだよね。今日は少し暑いから」

「違うわ。あんたと出歩きたくないのよ。察しなさい」

「そんなC子さんに朗報です!」

「いえ、聞きなさい。あと、どうして急に敬語……」


 全く話を聞かず、聞く兆しも無いため、C子は少し諦めたように耳を傾ける。

 タケルは肩に担いでいた巾着袋から、アルミホイルで巻かれた数個のおにぎりを取り出すと、底の方に沈んでいた一枚の紙きれを取り出した。


「実はね、きのう”深夜”零時頃、駅前を歩いていたらチラシを貰ったんだけど―――」

「ちょっと待ちなさい」


 気になる情報がいくつか有ったため、C子は思わず箸を止めて話を遮った。


「どうしたの、C子さん? ああ、駅前っていうのは西駅のことだよ」

「そこじゃない」


 額に昇る汗をハンカチで拭ってから、訝しそうに眉を歪めてC子はタケルに尋ねる。


「どうして深夜零時に出歩いて、チラシを貰えるのよ?」

「え、でも駅前ってよく、チラシとか、ポケットティッシュとか、得体の知れない試供品を配っているでしょ?」

「得体は知れているわよ。安心しなさい」


 まあ、得体が知れているのは試供品を配る許可を持った人達だけであるから、試供品自体が安全なのかは図りかねるのだけれど、現代日本の治安を鑑みるに、そこそこ安全と言えるのだろう。

 そんなことを考えてから、C子は深い溜息を一つ吐くと闇雲にはぐらかされてしまった文言を再び口にし

た。


「そうじゃなくて、真夜中にチラシを配るような人が居るわけがないでしょ。そう言う人に出会っても声を掛けてはいけないの」

「C子さん……」


 タケルは感動で目を潤ませて、片手を床について前のめりになりながら言った。


「心配してくれてるんだねっ!?」

「違うわ。あんた、何かあったら私に相談するでしょ?」

「うん!」


 いい返事ではあるのだが、C子はそれが不快であるようで、好物が揃った弁当の中を憂鬱そうに箸で突いていた。卵焼きを一つ口に運び、それを飲み込んでから、タケルの持っていた紙切れを奪い取る。



「それで、その得体の知れないチラシがどうしたの?」


 チラシには、白と黒で構成された手書きのマスコットらしき生物が描かれており、端の説明書きには食べ物屋らしきメニュー表が書かれていた。巾着袋に入れられていたせいか、不規則な皺が目立って読みづらいのだが、店主の切実な想いが断片的に読み取れた。


「駅前の喫茶店のオーナーが泣きながら配っていたチラシだから、そんな怪しい物じゃないはずだよ」

「十分に怪しいし、なんだか切ないわね」

「慣れれば大丈夫だよ」

「え、毎日やっているの?」


 よく見ると、黒いインクが所々滲んでいる。本当に毎日、いや、毎晩配っているのなら、きっと涙も枯れていることだろう。

 C子は何気なく、チラシを裏返してみると、そこには興味深い文字列が並んでいた。


「……餡蜜パフェ?」


 大きく太いフォントで書き出されているそれには、写真などの参考になりそうな情報は無く、抽象的に描かれたイラストだけが真ん中に鎮座している。しかし、名前だけども美味しそうな響きであるため、この辺りにはないお洒落なパフェの空想だけが脳内を侵食し始めていた。


 味気ない文字だけを食い入るように見つめるC子に、タケルは得意でに言う。


「そう! C子さんは甘い物好きだから、一緒に行こうかなって!」

「ありがとう。一人で行くことにするわ」

「そういう薄情なところも、わりと好きだよ。C子さん」


 薄情、と言われるのは頻度が多いために慣れているのだが、この場合の情というのは、つまるところ恩義であるため、肯定するのに迷いが生じる。他人に借りを作るということを心から嫌悪しているC子は、箸を持ち上げ、真っ直ぐタケルの顔を指す。


「平日の午後だと夕飯が食べられないだろうから、行くとしたら土曜日の昼ね。財布を持って準備しておきなさい」

「え、行っていいの?」

「当然よ」


 嬉しそうなタケルから目を逸らしながらC子は呟く。弁当の中へと向けられた箸の先は、プチトマトを選んで空中を彷徨っていた。

 どこか負けたような気がしたのか、C子はタケルを見ずにさらに一言付け加える。


「不味かったら全額おごりなさい」

「C子さんは甘くないね」


 たとえ不味くても、同じように笑うのだろう。この男は。

 箸に掴まれた赤い球体は、丸みの帯びた摩擦係数の少ない側面によって滑り落ち、白米の下に落下していった。赤く、染まっているのは、暑さだけのせいではないのだろう。




 駅前の喫茶店、というのは数がある。チェーン展開している有名店もあれば、その土地に根付いた古き良き外見の店も見かける。しかし、今回訪れた喫茶店というのは、しばらく見ない内に新装された、アーケード商店街に作られた新店であった。


 これからの時代を生き残るために、それぞれが異なる味わいの店に仕上げているのは、外装からもよく分かるのだが、流行りというのは分からないもので、時として理解しがたい造形を善しとしている部分がある。


「はぁあっぁあっぁぁあっぁぁっぁっぁぁあぁああ、よかったぁっぁあぁああ!」


 外から見て嫌な予感がしていた。新装開店のはずなのに、何故かボロボロの木材がふんだんに使われていて、屋根の装飾には蜘蛛の巣まで張られていた。それでも、メニューは普通だったから大丈夫だと思って、勇気を出して入店してみたのだ。


「おきゃ、お客さんが来て下さったぁーー」


 歓喜している女性店主の腹からは、腸のようなものが飛び出していて、時折、思い出したように動きだす。顔を見上げてみると、頭蓋からは脳がはみ出していて、底を中心とした血糊が体全体を覆っている。


「ねえ、タケル?」

「なんだいC子さん」

 壁際席なのに何故か隣に座ったタケルは、まったく動じた様子も無く、落ち着いた様子で受け応えていた。これが見えているのは、実は自分だけなのではないかと、錯乱状態間近の思考でC子はなんとか疑問文を絞り出す。


「ここは何て種類の喫茶店なの?」

「ゾンビだよ」


 質問するとほぼ同時に返される言葉を、C子は数秒間反復する。そして、それでも理解できずに横を向く。


「聞き違いかしら、今『ゾンビ』って聞こえたわ」

「うん、確かに言ったよ。ここはゾンビ喫茶だもん」

「ふざけてるわねっ!」


 不気味な店主との近すぎる距離に耐え切れず、C子は再び木製のテーブルへと焦点を戻す。視界の端に、不気味な内蔵が映らぬように、頭を抱えるようにして目元を塞いだ。


「どういう事かしら? 私は甘いものを奢らせに来たのよ」

「C子さん、ちゃんと味も楽しんで。まだ不味いと決まってないから」


 タケルによる至って常識的な発言も、冷静を欠いた今のC子の耳には入らないようで、普段なら行わないような、両手をテーブルに叩きつける動作を店内に響かせた。


「それなのに、こんな得体の知れない人を見ながら食事をしなくちゃいけないのよっ!」


 その後聞こえて来る静寂により、今頃になって自分が取り乱したことに気が付いたC子は、長いおさげを揺らしながら顔を上げた。臓物を腹から出している店主は、先程よりも離れた位置に立っていて、観葉植物に紛れて小さくして身体を震わせている。


 自分の失態がどれほど影響を及ぼしたのかを自覚したところで、隣を覗いてみると、気まずそうなC子とは相反して、タケルがすこぶる楽しそうに笑っていた。


「もしかして、C子さんはゾンビ苦手?」

 嘲笑うかのように尋ねられ、C子は普段通りを演じる。

「そうじゃないわ。ただ臓器が飛び出して腐敗した人間が目の前に存在する環境に強い不快感を持っているだけよ」

「うん、難しく言ってはいるけど、要するに苦手なんだね」


 なんとか誤魔化そうとはしてみるが、それが叶うことはなく、鈍感で天然で、妙なところで空気の読むタケルという友人は、騙されることなくこちらを向いて笑っている。何たることかと、C子は自分を恥じて、それから少しでも印象を操作してみようと口を開いた。


「ごめ、ごめんねぇえぇぇえっ!」

「ひっ」


 C子が言い訳をしようとした、丁度そのとき、静かに観葉植物をしていたはずの店主が奇声に似た謝罪を述べる。思わず漏れ出た悲鳴の欠片は、すでに取り返すことは出来ず、口元を押さえるC子は、隣からのにやけた視線に対して反論した。


「な、何でもないわよ!」

「ううん、何も言って無いよ~」


 テーブルに頬杖をついて、怒ったC子の顔を覗き込みながら、タケルは嬉しそう言う。

 強気に怯えるC子を見かねて、臓物の飾りを取り払った店主は再び、あまり近づきすぎないように気を遣いながら、彼女たちのテーブルへと近寄った。


「か、開店するとき、メイドにするか、執事にするか、迷ったのぉぉぉ。それ、それで間を取ってゾンビに」

「何処と、何処の間よっ!?」

「うーん、冥土かな?」


 誰が上手いことを言えと? 不愉快そうなC子はもう一度タケルを睨む。しかし、情けない姿を見せたせいか、あまり効果が見られず、タケルは構わずに会話を続けた。


「でも、味は保障するって言ってたよ」

「誰が……?」

「店長に決まってるでしょ」

「大抵の料理屋はそう言うものよ、憶えておきなさい」


 しかも上手いと豪語する店でも不味い時は有り、不味いと謙遜する店は大抵それほど美味しくは無いという比例の法則で持っていることを、C子は長年の研究から心得ているのである。


 そんな会話を微笑ましそうに眺める店主は、タケルが持っていたチラシを見ながら、少しだけ緊張を帯びた声色で尋ねた。


「ふた、二人共、“冥土パフェ”で良いのかしらぁあぁぁ」


 確かに、C子達はパフェを食べに訪れたつもりではあったのだ。しかし、何度チラシを見返してもそんなメニューは存在せず、唯一にして最大の商品たるパフェは、初めに目的としていたもの以外は見られない。


 その不穏な響きに冷や汗を浮かべるC子は、不安げに佇む店主を見る。


「『餡蜜パフェ』じゃ……?」

「改名したのよぁ。似合わないから」

「それは店に? それとも料理に?」

「C子さん、それ大事?」

「注文するかどうかが決まるわ」


 もし仮に、商品が店の掲げた題材を模した外観をしていた場合、あの赤い臓物を彷彿としたものである可能性がある。そしたら、おそらく完食することはおろか、下手をすれば胃液をチップにしてしまう恐れがあるのだ。それは、女性というよりも、一人間として不味い。


 蒼い顔で俯くC子に、店主は自身の両手を摩りながら、祈るように言った。


「だい、大丈夫だと思ううぅわぁ。だって、常連さんの評判はぁあ、い、良いからぁ」

「……分かったわよ。それなら注文させてもらうわ」


 切実な店主の言葉に折れて、C子は仕方なく頷いた。

 いろいろ不味かったら、すべて隣の男のせいにしよう。

学校には意外と、誰も通らない場所があるのですよ。旧校舎一階女子トイレ手前から三番目なら誰も来ませんでした!

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