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白い糸くず



小説のネタを探していた時に、ふと興味深いものを見つけたので書いて見ました。




夜中でも気温三十度を超える真夏の熱帯夜、四畳半のワンルームマンションの部屋の中で青年はベッドに横たわりうなされていた。

 

三日前から突然襲いかかってきた謎の高熱のだるさと下痢による腹痛、各関節の激痛、そしてそれらの痛みすらも忘れてしまうほどの手足や背中、顔など体中全身の痒み。

 

高校時代に野球部で体を鍛え、健康には自信を持っていた青年はそれらの症状を『夏風邪の一種』と思い込み病院で診察を受ける事を面倒くさがってしまい、そのまま放置してしまった。

 

それにより、今に至っては外出する事はおろか、足の関節の痛みでまともに歩く事すらままならなくなってしまった。食べ物も喉を通らず、無理をして押し込んでも下痢をするか口から吐き出してしまう状態。

 

青年が唯一出来る事は洗面所まで虫の様に這いずり、水を汲んで飲む事とベッドで寝る事、それと手で痒い箇所をかきむしる事ぐらいだった。

 

 

「……痒い、痒い……」

 

 

特に全身に広がった痒みは経験の無い異常なものだった。体の異変に気づいたのは一週間前、両足の太ももに赤い発疹の跡の様なものが数個現れたのが始まりだった。

 

その赤い発疹は次第に太ももから足全体に広がり、いつしか腕や胴体や背中や首、そして顔全体にも現れるようになり、最初は蚊に刺された程度だったものがいつしか皮膚の上を虫が這い回っている様な酷い痒みに変わっていった。

 

 

「……寝れない、痒い、痒い……!」



青年はその気色の悪い感覚に我慢出来ずに体中をかきむしり、それによって皮膚は真っ赤に爛れて皮が捲れ、その傷口からは水分と血が滲み出していた。最初に異変を感じた両足は水が溜まったみたいにむくんで腫れ上がり、あちらこちら真っ青になって内出血を起こしていた。

 

この様な全く身に覚えの無い異様な病状に、青年はいよいよに恐怖感を抱くようになった。しかし、体が思う様に動かず病院に行く事も出来ない。困り果てた末、青年は実家の両親に電話をかけ助けを呼び、明日一緒に診断を受けに行く約束を取り付けた。



「……痒い、痒い痒い痒い!」



あと一日我慢すれば病院に行かれる、今日はもうこのまま眠ってしまおう、そう決意して横になり目をつぶった青年の睡眠を妨害する様に全身の痒みと痛みはさらに進行していき、腫れ上がっている足の皮膚をガリガリとかきむしる。



「……ん? 何だ、これ……?」



その時、手の指に感じた妙な違和感。暗い部屋の中で僅かに窓から入ってくる月明かりを頼りに指の爪を見ると、引っ掻いた爪の間に短い白い糸の様なものが挟まっていた。


それはやっと指で摘めるほどの小さなもの。糸状とはいえ、布などの乾いた糸とは違い何やら少し弾力のあるネバネバとしたものだった。指で丸めると球体に変わり、潰すとプチッと簡単に潰れた。



「……皮膚が捲れたものかな? 一体、俺の体はどうなってしまったんだ……?」



すると、今度は背中全体に何かが這いずり回っている様な不快な感覚が青年に襲いかかってきた。その感覚に気味が悪くなり痛む体を何とか起こし、ベッドの横に置いてあるデスクライトを点けた瞬間、青年は目の前に広がる身のよだつ光景に驚き絶叫した。



「……う、うわあぁぁぁぁっ!!」



青年の異常なほどに腫れ上がった両足の上と、その下のベッドのシーツの上に大量の白い糸くずの様なものがビッシリと広がっていたのだ。驚き慌てふためいた青年は両足にへばりついている糸くずを手で払いのけると、逃げるようにベッドから床に転がり落ちた。



「……何だよ!? 一体何なんだよこれは!?」



痛みと痒みが酷かった両足はパンパンに膨れ上がり、すでに膝を曲げる事が出来なくなるほど悪化して捲れて爛れた皮膚はまるで象の皮膚の様に縮れて真っ黒く変色してしまっていた。


そして、ベッドのシーツに大量に湧き出た白い糸くずは良く目を凝らすと微妙にクネクネと動いていて、それはまるでウジ虫のものに良く似ていた。大きさ、長さは各それぞれ全てバラバラで、中には先ほど丸めたような球体になっているものもあった。



「……こんなもん、どこから湧いて来たんだよ!? 俺の周りで何が起こってるんだ!?」



興奮したせいか、今度は強烈な吐き気が青年を襲ってきた。何とか堪えて洗面所まで肘を使って這いずり、激痛の走る両足を腕で支えながら立ち上がり洗面台に嘔吐物を吐き出した。



「……ゲフッ! ゴホッ、ゴホッ……!」



苦しみから少し解放されホッとして目を開けると、衰弱仕切った青年の目に想像を遥かに超えたものが飛び込んできた。三日間何も食べれずに空のはずの胃腸、無色透明の嘔吐物の中に何やら小さな白いものがいくつかあるのが確認出来た。



「……何で、何でだよ!? 何で俺の中から……!?」



その白い物体は、あのベッドの上に広がっていたあの白い糸くずと同じものだった。それらは洗面台の中でクネクネと動き回り、意志を持っている様に洗面台に張り付いて斜面を登り外に出ようとしていた。



「……あ、あぁ、あぁぁぁぁ!!」



青年を恐怖に陥れたのはそれだけではなかった。洗面所の鏡に写る自分の顔、酷いニキビの様に発疹が吹き出している皮膚の下に、何かが蠢き移動しているのがわかった。それは顔だけではなく、かきむしり爛れた腕や足、体中の皮膚に現れていた。



「……気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い! 痒い痒い痒い痒い!!」



洗面台から手を離して倒れ込んでしまった青年は、錯乱してその何かが蠢いている皮膚を思いっ切りかきむしった。すると、その腫れ上がっていた皮膚が捲れた下からは水分と共にあの白い糸くず状の謎の生き物が大量に噴き出してきた。


そう、ベッドに湧き出した白い糸くず状のものは全て青年の体の中から湧き出してきたもの、寝ていて背中を這いずり回っていると感じた感覚は、皮膚の下で蠢いていたものだったのだ。



「……助けて、誰か助けてくれぇ!!」



ついには、白い糸くず状の生き物は足や腕の肉と皮膚を食い破り頭を出して、青年の体中を這いずり回り始めた。とてつもない激痛と悪夢の様な光景に青年は気を失い、その場に倒れ動けなくなってしまった。


翌日、マンションを訪れた母親により、青年は息絶えた姿で発見された。健康そのものだった体は骨が浮き上がるくらいにやせ細り、皮膚はズタズタに爛れて黒く変色し壊死していた。そして、青年の体中には大量の白い糸くず状のものが這いずり回っていたという。

 

警察により回収され解剖を行った結果、青年を死に至らしめた原因と、謎の白い糸くずの正体が解明された。死因は、『寄生虫の感染における全器官の食害による衰弱と壊死』、病名は『芽殖孤虫症』と発表された。





『芽殖孤虫』(がしょくこちゅう)、読者の皆様はこの名前を聞いた事があるでしょうか? それは生物の体内に巣くい成長していく寄生虫の一種。れっきとした生き物の一つです。


普通、寄生虫とは生物が卵のついた物を摂取、または接触により皮膚から口などに移り体内に侵入して卵から幼虫になります。そして、その生物の中で栄養を取り成長して、糞やその生物を摂取した別の生物に移り渡って最終的に辿り着く生物の中で成虫となります。

有名なサナダムシなどほとんどの寄生虫は幼虫時代を過ごす『中間宿主』と成虫として完全する『最終宿主』のルートが解明されていて、成虫となったものは宿主との共存の為にプラスに働くものもいるそうです。

しかし、『寄生虫』と言う名の悪いイメージの様に、中には潜伏する生物に対し悪影響を与える危険な虫も存在していて、人体に巣くう有名な虫にはアニサキスやエキノコックスなどがあります。


その中でも、最も恐ろしい寄生虫として記録されているのが『芽殖孤虫』です。


先ほどにも挙げた通り、ほとんどの寄生虫は感染ルートが判明している為、未然に防ぐ事が可能です。しかし、この芽殖孤虫は現代の医学や知識でも謎の部分が多く、確実な感染ルートや感染しやすい生物の種類、地域などがはっきりとしていません。

しかも、最終宿主となる生物もまだ確認されてなく、孤虫(幼虫)の名の通り成虫に進化した姿を発見されていないのです。人間の体も、彼らにとっては幼虫時代を過ごす中間宿主でしかありません。

大きさは一センチに満たないものや約十センチほどの白い糸くず状、あるいはアメーバ状や球体状などと正式な姿すらも未だにわかっていない気色の悪い謎の寄生虫。

この芽殖孤虫が一度人体の中に侵入すると、彼らは自らの成長の為に幼虫移行症を引き起こし各部首の軟部や皮膚下、臓器や骨などを食害し、とてつもないスピードで分裂を始め数を増やしていきます。

そして、いつしか体内全体に侵食し人体に頭痛、発熱、下痢、炎症、血管破裂、臓器不全、言語障害といった様々な悪影響を引き起こし、最後は宿主の命までもを脅かすようになるのです。

現在、この寄生虫を駆除出来る薬剤や治療法はありません。唯一の手段として手術による摘出がありますが、分裂による進行スピードが早い為全てを摘出する事はまず不可能なのです。

現在の感染例は世界中で十四件と非常に少ないものですが、その内の六件は日本で発見されています。感染した原因は全て不明、感染者の共通点も全てまばらで年齢も二十代から七十代まで差があります。

そして、その全ての感染者の中で救命された例は一つもありません。つまりは感染したら最後、寄生した人間を確実に死に至らしめる恐怖の寄生虫なのです。

この寄生虫が初めて発見されて約百年間、医学界で様々な学者によって研究解明が進められていますが、まだそれと良く似た生態系の寄生虫を見つけ、そこから治療の打開策を練る段階までしか至っていないのです。

我々人間の唯一の救いは、この芽殖孤虫による感染者の例が極めて少なく、めったに感染しない希な病気だという事だけです。しかし、もしかしたら私もあなたもいつかこの寄生虫に侵される可能性がゼロという訳ではないのです。



「……痒い……」



あなたは、原因不明の体中の皮膚の痒みに感じていませんか? そして、原因不明の高熱や下痢などの体調不良に襲われていませんか?


そして何より、あなたの周りに謎の蠢く白い糸くずを見た事がありませんか……?



ー完ー


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