記念日
前の『いつまでもいっしょ』から連想して書いてみた短編です。
「ねえ、今日はあなたと私の一周年の記念日よね? 愛を込めて、あなたが一番欲しがっている物をプレゼントするわ」
同じ会社の職場に勤める裕子とは、もうかれこれ六年間の不倫関係になる。彼女はいつも二人が結ばれた日に、毎年姑息なプレゼントを一言添えたメモと一緒に私のデスクの引き出しに忍ばせてくる。
五年前は当時喉から手が出るほど欲しかった最新型のiPod。並んで買う時間の余裕が無かった私にとって、このプレゼントはとても嬉しかった。
「ねえ、私はあなたに愛されている事がとても幸せだわ、いつまでもずっと私の側にいてくれるわよね? 変わらぬ愛を込めて、今年もあなたが一番欲しがっている物をプレゼントするわ」
四年前は当時興味のあったオーブンしたばかりのディズニーシーのペアチケット。もちろん、裕子と一緒に行った。年甲斐もなく、とても楽しかった。妻には罪滅ぼしのつもりで大きなミッキーのぬいぐるみを買って帰った。
「ねえ、どうして最近私との時間をあまり作ってくれなくなったの? 仕事が忙しいのはわかるけど、やっぱりあなたとあえないのは寂しいわ、私の頭の中は寝ても覚めてもあなたの事でいっぱいなのよ? その一途な愛を込めて、今年もあなたが一番欲しがっている物をプレゼントするわ」
三年前は当時流行っていたネックレス型のペアルックのシルバーリング。確かに以前私が欲しがって物だっだが、私のイニシャルが刻まれているそのリングは裕子のイニシャルが入ったリングとシルバーのチェーンで執拗に何重も巻かれていた。この頃から、私は彼女の束縛が少々怖くて不快になっていた。
「ねえ、私はもう四年間もずっと待っているのに、どうして奥さんと別れて私と一緒になってくれないの? このまま私の事を遊びにして捨てるつもりなの? そんなの嫌よ、お願い、私を一人にしないで? 私の全身全霊の愛を込めて、今年もあなたが一番欲しがっている物をプレゼントするわ」
一昨年は引き出しの中全体に一千万円の札束が敷き詰められていた。裕子がこれまで蓄えてきた貯金の全額だった。当時、私は会社の不景気に加え家や車のローンなどで金銭的に困っていたので、彼女との関係を続ける約束でその金を受け取ってしまった。
「ねえ、喜んで? 私、ついにあなたの念願の夢を叶えてあげる事が出来たのよ? あなたが奥さんとの間に今まで恵まれなかった、神様からの私達への贈り物よ? 二人分の愛を込めて、今年もあなたが一番欲しがっている物をプレゼントするわ」
そして、去年は真新しい母子手帳と共にすでに私と妻の名前が書き込まれた離婚届が入っていた。どうやら、裕子は私の知らない内に避妊具に細工をして、私の子供を妊娠してしまったらしい。私は責任を果たす為に中絶費用と共に、妻と離婚する意志が無い事、それと最後の別れの言葉を彼女に伝えた。
次の日から、裕子は私の目の前から姿を消した。会社も辞職し、いつも二人で会っていたマンションの部屋ももぬけの空。携帯電話も一切通じなくなって、彼女の行方は一切わからなくなってしまった。
「部長! 奥様、ご懐妊されたそうですね! おめでとうございます!」
あれから一年たったあの記念日の日。私は仕事の成果を買われ部長に昇格し、ギクシャクしていた夫婦の仲も改善して待望の子供を授かった。現在、妻は妊娠三ヶ月。最近は新婚当時の様に私の帰りを首を長くして家で待ってくれている。家と車のローンの目処も立ち、私の人生は最高の絶頂期を迎えていた。
しかし、突然失踪してしまった裕子の消息は今もわからずじまいだった。家族からも捜索願いが出され、警察が必死になって彼女を捜索しているみたいだが、もうすでに自ら命を絶ってしまっている可能性が高いらしい。
「……裕子、すまない、私を許してくれ……」
私は心の中で裕子に謝罪すると、職場の部室で一番大きなデスクに腰をかけて引き出しを開けた。そこには、綺麗にリボンのラッピングがされた小さな箱が一つ、メモと共に置かれていた。
「ねえ、あなたと私が永久の愛を誓ったこの記念日に、やっと二人の長年の願いが叶う時が来たのよ? 私からの永遠の愛を込めて、今年もあなたが一番欲しがっている物をプレゼントするわ」
その箱の中には、私との結婚指輪をはめたままの状態で刃物で千切られた血まみれの妻の薬指が入っていた。
ー完ー




