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魔王ヤマダの学級譚  作者: 丁巳写月(ひのとみ しゃげつ)
5/5

あの封筒を追え(下)


「動くな! 証拠は挙がってる! 大人しく嘲笑われろ!!」


 後ろ暗い事をするには丁度良い体育館(ダンジョン)の裏に集まっているオークとリザードマンの混成グループへ、副長が高らかに宣言しながら飛び込んでいった。

 オーク達一同は、威勢の良い闖入者にあっけにとられた様子で固まってしまっていた。


「さぁさぁ、タダノから奪い取った封筒を返してもらおうか? あぁん?」


 白磁の笑顔で凄む副長がゆっくり近づくと、ようやく金縛りが解けたのかリザードマンの一体が抗議した。


「何ノ事ダヨ! 訳ワカンネェヨ!!」

「ソウダソウダ! 何言ッテルンダヨ!!」

「封筒とか何の事だゾ?」

「あいつアレだゾ。B組のアマノだゾ」

「アノ極道天使カ!?」

「暴力と暴力と暴力の権化! 嗤う不条理のあいつだゾ!」


 最初の一体を先頭に、次々と言い立てるオークやリザードマン達だが、内容が副長への悪口へと次第にシフトしていった。

 あ、ヤバいなこれ。


「じゃぁかましぃいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」


 鼓膜が痺れ、心折れそうな副長の怒声にその場が凍り付いた。

 一体あの容姿のどこからこんな凶悪な一喝が出てくるのだろう。


「さあ、その封筒を渡してもらう」


 ゆらりと彼らに近づく彼女の顔は般若のよう。


「う、あう、だから……これは……僕の私物だゾ」


 この期に及んでまだ言い繕うオークの胆力は大したものだと思いつつ、オレはとある事に気がついた。


「あれ? あのオーク。オレを圧し潰したヤツじゃない?」

「ん? あー、そうだな。匂いが同じだ」


 オレの疑問にイヌカイ君が答えてくれた。

 それを聞いた副長が白々しく問い質す。


「ほう? たまたまタダノとぶつかった際に、タダノが職員室に届けようとした封筒がオマエの私物だったのが分り、それをそこに居るリザードマン族の誰かがあの場から掻っ払って、この場にこんな大勢で集まって渡していたと?」

「そ、それのどこに問題があるんだゾ?」


 オレと廊下でぶつかったオークが必死に抗弁する。


「問題が無いと思ってるオマエの頭が問題だ」


 副長が一蹴するとオークがたじろいだ。


「そもそもその封筒がオマエの私物だという証拠が無い」


 ですよね。


「これは本当にボクの私物だぞ。今日の4時限目の選択科目で2年B組の一番後の席を使ったときに、置き忘れたんだゾ」

「それは分かったが、それをどう証明する? その封筒がお前のもんである証拠は何だ?」

「……そ……それは……」


 副長の言葉にオークがしどろもどろになった。

 オレ達が追いついたのが余程早かったの為か、封筒はまだ開封されておらず、この場で中身を答えてから開封すれば問題解決なのにオークにはそれをする気配がない。


「どうした? その未開封の封筒の中身を言えよ。そして、この場で開封して答え合わせをしようじゃないか」

「……う……中身は……参考書……授業で使う……参考書だゾ」


 あまりに嘘くさい言い分に、副長だけでなくオレとイヌカイ君も苦笑してしまった。


「へえ! それなら中身を確認しようぜ。見事、参考書が出れば無罪潔白、いくらでも詫びてやる。さあ! 開封しろッ!!」


 副長の因縁じみた言い分に、それでもオークは開封を拒んだ。


「……これは……その……開かずの封筒で……その……封印が……強固な……開けちゃダメっていうか……」


 あ、オレ分っちゃいましたわ。

 あの封筒の中身、絶対に碌なもんじゃないですわ。

 青臭い学生が好みそうな、イカガワしいモンがはいってますわ。

 一昨日まではクラスの使用者がいない空の机を利用して、目の前の面子でイカガワしいモンのやり取りしてたんですわ。

 間違いない無いですわ、オレの勘は今日ばかりはビンビンに冴えてますわ。


「開かずの封筒っ! それは凄いなっ! ぜひとも開けてみたいっ! 開けさせろっ!」


 もちろん、勘の良過ぎる副長のアマノさんもそれに気がついた。

 彼女はご機嫌過ぎて鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気だ。

 封筒を開けさせようとしたらオーク等が酷く狼狽して面白かったので、行き当たりばったりで弄っていたら最高のカードを引き当てたようなものだ。

 清楚な乙女の満開の笑顔とは裏腹に、本当に性悪な性格だと思った。


「う……うう……うわぁああ!!」


 切羽詰まってパニクったのか、封筒の持ち主を自称するオークが副長に突進した。

 それに釣られてか、他のオーク達やリザードマン達も襲いかかってきた。


「良いぜぇ! 最高だっ!」


 副長は歓喜の声を上げ、拳を握りしめて迎え撃つ体勢をとった。

 この人、絶対に心の病院へ行った方が良いわ。


「いよっしゃぁっ!」 


 威勢のいいかけ声と共に、突進してきたオークに会心の一撃を見舞った副長は、次々と襲いかかるリザードマン達と殴り合いのド突き合いをおっ始めたのだった。

 2日連続で喧嘩に巻き込まれたオレは、右往左往しながら逃げ回る。

 人間族のオレがオークの力で殴られたら洒落にならん。


「あ、ヤベッ──」


 狭っ苦しい体育館の裏手でそうそう逃げ回れる訳もなく、オレはリザードマンの一体に殴り掛かられた。

 顔と腹を腕で庇い、痛みに備えたその時、救世主は連日で現れた。


「大事無いかタダノ君。状況は分からぬが、加勢するぞ!」


 オレの目の前にはリザードマンの腕を取り、その場で動けないように押さえ込んでいる、学級長のヤマダ君が居た。

 学級長に礼を言う暇もあらばこそ、彼はリザードマンを片手で軽々と放り投げたのだった。


「助かった……が、しかし……これは……」


 オレは目の前の惨状に呆然と佇んだ。


「うおぉおおおおおおおおっ!!」

「ウグッ! ググググググッ!!」

「天誅!」

「イデデデデッ!」


 副長はオークとロックアップを組んで互いに地面へ捩じ伏せようとしているし、学級長は昨日の力を解放するまでもないと判断したのか、リザードマンをチョップやら投げやらで沈黙させていく。

 なんだこの理不尽極まる喧嘩の場は。

 これもう、しっちゃかめっちゃかでどうにもならんぞ。


「昨日、今日と凄いな。タダノは巻き込まれ体質だな」

「目の前の、巻き込み体質の方のせいでしょ」


 感心するイヌカイ君に、オレは努めて無心で答えた。


「手応えがなさ過ぎだろうがっ!」


 副長の不満爆発な雄叫びをもって、喧嘩は一方的かつ不条理に終了した。

 人間族のオレと比べたら比較にならない身体能力を持っているとはいえ、リザードマンもオークもあの二人の前には完全に無力だった。

 死屍累々たる体育館裏を死神のごとく副長が歩く。


「さぁて、何が入っているかお楽しみはこれからだ」


 封筒を拾い上げた副長がにんまりと笑った。


「待たれいアマノ君。成り行きで加勢した故に仔細は分からぬが、開封はならぬ。それは道義に反する」

「ヤァマァダァ、何しゃしゃり出てきてんだお前。それよりも、よくここが分かったな」

「勘である」


 すげぇな学級長。それが魔王族の本質か?


「アマノ君がそそくさと教室を出て行ってから妙な胸騒ぎがしてな、追いかけてきたら先の乱闘騒ぎである。仔細は不明であったが、勘に従いアマノ君に助勢した」

 

 また勘。勘でやっつけられた方はたまったもんじゃないな。

 痛みにうめくオーク達が凄く可哀想だった。


「とりあえず、封筒をタダノに渡して職員室へ向かわないか?」

「今更お寒い事を抜かすなよイヌカイ」


 イヌカイ君の提案に、喧嘩の残り火が灯る副長の視線が彼を串刺しにした。


「さてさて、何が出てくるやら」

「待たれよ」


 開封しようとした副長の手首と封筒を、学級長が厳つい手でがっしりと掴んだ。


「やるのか?」

「やむを得まい」


 封筒は片手で掴み合ったまま、視線は切らず、残る片手がそれぞれ拳を握る。


「せーのっ!」

「ふんぬっ!」


 互いに一撃必倒の間合いから、渾身の一撃が繰り出された。

 魔力と聖力が漲ったそれぞれの拳は、互いの顔面を打ち抜きあった。


「効くなぁ! おいっ!」

「天晴な一撃であるっ!」


 言うが早いか、互いにノーガードでゴンゴンと殴り続ける。

 副長もエグイけれど、学級長も容赦しないな。


「しぶといっ!」

「これしきっ!」


 学級長の修羅の面相は壮絶に腫れてより恐ろしく、副長の流麗な顔は鼻血と青タンでより凄惨に彩られていく。


「あはははははははははははははははははっ!」

「ぬはははははははははははははははははっ!」


 ……ドン引きですわ……


「「あっ!」」


 唐突に、永遠とも思える野蛮な応酬が終わりを告げた。

 殴り合いの間も二人が掴み合っていた封筒がついに裂け、中から数冊の本がバラリと落ちたのだった。

 

「うむ? むむ!」


 落下でページが開いた本の中身を見た学級長が変な声を上げ、バネ仕掛けのように体が跳ねて本に背を向けた。


「おお? こりゃまた! うっわすげぇ!!」


 副長は本を拾い上げるとまじまじと中身に目を通し、感嘆の声を上げてじっくりとページを捲っていく。


「……うう見られてしまったゾ……」 

「……クソゥ……コレデモウ、コノアツマリモオワリカ……」

「バレたとしても、せめてその本だけは返してほしいゾ」

「ソウダ。セメテ読ンダラ返セ!」

「──おう──分ってるよ──返す──返す──すっげ」


 何とか復活したオークやリザードマンが口々に懇願するのへ、副長は手をひらひらと振り上の空で答えた。

 あの本は間違いなく成人雑誌だろうけど、副長の食いつきが異常。


「アマノ君その辺でよさないか。はしたない」

「ヤマダァ、お前も本当は興味津々だろうがよ!」

「や! 止めんか破廉恥なっ!」

「うわはははははははははっ!」


 諌める学級長へ副長が本を開いて突きつけると、大慌てで学級長が体ごと目を背ける。

 学級長の死体よりも不健康な顔色がほのかに赤く染まり、戦神の巨躯が恥ずかし気な仕草は、正直怖い。


「タダノォ! イヌカイィ! 傍観決め込んでんじゃねぇぞ! お前達も興味があるだろ!」


 悪ノリに乗りまくった副長の矛先が、オレとイヌカイ君に向く。

 イヌカイ君は興味があるのか嫌がるそぶりは見せなかった。

 オレは疲労で腹が空き過ぎて性欲より食欲の状態で、本はどうでも良かった。


「どうだこれ! すげぇだろ!」


 幼児が下ネタで騒ぐように、アホみたいな無邪気さで副長が本を開いてオレ達に見せつけた。


「お! おお〜!」


 イヌカイ君は何とも言えない感動したような声を上げた。


「──え? えぇ〜? ん〜? んん〜?」


 オレはと言えば、感想に困った。

 ひたすら困った。

 何しろ目の前の本には、オークの男性と女性らしい一組が裸で絡み合っている写真が載っていたからだ。

 次々とページを捲ってくれるが、次のページには一体のリザードマンが高級そうなソファーでゆったりと寝そべってたり、さらに次のページではリザードマンやオーク、さらにはキマイラなどの種族が入り乱れている集合写真ぽいものだったり、ともかくオークとリザードマンをメインにした意図不明の写真集にしか見えなかった。


「え? これ? これは?」


 十八禁の成人雑誌だとばかり思っていたが、オレの勘違いだったのか。

 隣のイヌカイ君を盗み見たら狼のシッポがぶんぶん振れて、表情も恥ずかしそうだがまんざらでもない様子。

 やっぱ目の前のコレは成人雑誌だよな?

 あれ? でももしかして人間族以外には理解出来る、性的興奮とは無縁の娯楽雑誌か?


「タダノォ、何スカした顔してんだ。素直に喜べよ。こんな凄いモン見て、心底嬉しいだろ? な?」

「え? あ〜、そのね?」

「余は感服したぞタダノ君! 淫猥な誘惑に一切動じぬ高潔なその魂!」


 勘違いしている学級長が感極まって、オレに対する評価がストップ高。


「何だお前、これを見て本当に何も感じてないのか? マジか? 不感症か? それとも木石のゴーレムか?」

「いやいや、何処にでもいる普通の人間族の男子だって」


 オレを心底憐れみながらゴーレム呼ばわりする副長に、念のために聞いてみる。


「一応聞くけど、副長的にこの雑誌はエロいんだよね?」

「……そう冷静に聞かれると……恥ずかしいだろ……」


 オレの質問は今までの狂態に氷水をぶっかけてしまったようで、副長は顔を真っ赤にしてちょっと乙女モードに入ってしまった。

 このチンピラ天使の乙女心は支離滅裂だな。

 それにしても、そうか、これがオークやリザードマンの十八禁成人雑誌なのか。


 全然、全く、欠片たりとも、興奮するかよっ!


 性差はそれなりに分かるものの、濃緑色の肌色に男性女性共に厳つい体つき、険しい顔に剣呑な牙が生えたオーク達が絡んだ写真。

 卵生で容姿から男性女性の区別や喜怒哀楽の表情が人間族には判別不可能で、歩く爬虫類そのもののリザードマンがセクシーなランジェリーでセクシュアルなポーズをキメている写真。


 ダメだ。オレにはレベルが高過ぎて理解出来ない。

 いや、人類には早過ぎたんだ。


「……これで興奮出来るのか。凄いな……」


 思わず漏れてしまった呟きに、一同が驚愕した。


「タダノ。これで不満なのか? 凄いな」

「は?」


 イヌカイ君の心底から感心した発言に、オレは首を傾げた。


「タダノォ、お前は人間族を脱し淫夢族を超えた性欲族だ。性欲王だ。ゴーレムなんて言って悪かったな、アタシの勘違いだった」

「タダノ君……君がどれほど困難な性癖を抱えていようとも、余は見限ったりはせぬ……」

「入手困難、高額取引のこの本ですら満足しないとは、オーク族も脱帽だゾ」

「オ前ハエロ神様ダ」

「いやいやいやいやいやいやいや、その勘違いは悪意を感じる」


 オレ以外の全員が仲良しグループみたいな雰囲気を放ち、オレを弄ってくる。

 空腹のせいもあるが、その取って付けたような仲良しの空気に、オレはかなりイラッとした。

 それにしても、昼を食べる時間はあるのかと腕時計を見れば、昼休みももうすぐ終わろうかという時間。

 慌てたオレが教室へ戻ろうとしたが、それは叶わぬ事だった。


「君たちは、本当に手間がかかる生徒だな。二日連続で騒ぎ起こして、昨日の反省はないのかい?」


 オレ達のすぐそばに、ヤクシジ先生が佇んでいた。

 先生はいつ見てもつかみ所のない不定形で、今はぼんやりとしたうす桃色で発光している。

 

「異種族同士で仲良き事は美しいけれど、体育館裏でエロ本を読み合って深める友情はどうだろう?」

「いや、先生、誤解が──」

「言い訳無用。全員、放課後に職員室に来る事。逃げたら反省文以上の事をやらせる。良いね?」


「「「……はい……」」」


「では急いで午後一の授業に向かう。急ぐ急ぐ急ぐ!」


 優しい風琴の音色を思わせる先生の声に急かされて、オレ達は午後の授業へと向かったのだった。


 結局、オレは二日連続で昼を食べ損ねたうえに、先生方からものすごく叱られて反省文の提出を命じられた。

 そして、翌日も早朝から登校して反省文を書くのだった。




◎学級日誌◎


 転校から二日連続でトラブル続きのタダノ君の今後が心配。休み時間に話したら、本人はかなり凹んでおりとても気の毒だった。

 クラスの半分くらいが、学級長、副学級長に双ぶ【性欲長】とタダノ君を呼ぶので、先生からも止めるように朝のホームルームで注意願います。

 日直:アマガサキ


 性欲長の件、万事了解。

 担任:ヤクシジ







お読みになって頂きありがとうございました。

次回の更新は12月中旬から下旬を予定しております。


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