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魔王ヤマダの学級譚  作者: 丁巳写月(ひのとみ しゃげつ)
3/5

翻弄の転校生(下)


「許さねぇ、許さねぇぞっ! 殺してやらぁ!」

 

 転校初日。

 まだ昼休みだというのに、これから不良達にフルボッコにされるのが決定して最悪だ。

 先ほど頭突きで一泡吹かせてやったことで、弄んでいたネズミに噛まれて恥をかかされたとでも思ったか、オレを取り巻く不良達の気配が一変していた。

 本気になった不良達の怒気に当てられ、先ほどまでの一矢報いてやろうとした反骨精神が揺らぐ。

 それでも鼬の最後っ屁をカマしてやって、そのあとはもう煮て焼かれて食われるだけだ。

 骨折もだが歯が折られると最低だなと思いつつ、不良達に向けてヘラヘラ笑ってやった。


 その時。


 巨人でも突っ込んだのかと思う大轟音と共にオレのすぐ横をドアがぶっ飛んでいき、グールの1人にぶち当たった。

 グールはドアの下敷きになったまま、ピクリとも動かない。

 死んだか? いや元から死体だけれども。

 そんな事より、ドアが飛んできた方へ振り返ったオレは驚愕に目を見開く。

 そこには屋上のドアを蹴破った格好の副学級長と、真っ白なハンカチを口に銜えて仁王立ちする学級長の姿があった。

 まさか、オレを助けにきてくれたのか?


ゆふへ。まはへは(許せ。待たせた)!」

「締まらねぇなぁ、おぃ」


 ハンカチを銜えたま喋った学級長を冷ややかに睨み、副学級長は続ける。


「全くよぅ、ウチの組のモンに手ぇ出すとは良い度胸じゃねぇか。この落とし前は高くつくぜぇ?」


 ああ、副学級長がチンピラから極道にクラスアップしてる。


「てめぇ等は2年B組の!」

「応ともよ! 2年B組副学級長、アマノ・キヨコたぁアタシの事だ。テメェ等、覚悟は良いな?」


 副学級長の名乗りに動揺が走る不良ども。

 任侠映画みたい。

 

「タダノォ」

「ひっ? ハイっ!」


 オレの心中を察したか、静かに名を呼ぶ副学級長に間抜けな返事をしてしまった。

 ついでとばかりにオレを殴るつもりか?


「よくもまぁ人間族のお前が、雑魚とはいえ不死者相手に気張ったもんだ。根性あるじゃねぇか。見直したぜ」

(あね)さん……」

「まだ余裕あるなお前。殴るぞ?」

「ごめんなさいすみませんついなんとなくくちからでましたすみません」

「まあ良いや。あとのケツはアタシ達が持ってやるから、そこで休んでな」

「あ……ありが……とう……」


 不意にボロボロと涙がこぼれた。

 何だよちくしょう。

 死ぬほど恥ずかしくて悔しくて涙が止まらねえよ。


「ごちゃごちゃ茶番をしくさりやがって、返り討ちにしてやらぁっ!」

「やれるもんならやって見やがれ腐れ野郎ども!」


 不良達の怒声に副学級長が応え、一気に緊張の糸がねじ切れた。


「一番槍もらったぁっ!」


 嬉々として不良どもにカチ込んでいったのは、やはり副学級長だった。

 そして、一歩、二歩、三歩と凄まじい早さで不良どもの間に踏み込む彼女の背中から、白銀の翼が音も無く広がった。

 二対四枚の銀翼が背中で舞い踊り、腰まである銀髪が光の尾を引いて乱れる。

 


「まさか……天使族?」


 オレはあまりの事にぼんやりと呟いていた。


「アレで彼女は天使族なんだから、世の中は不条理だよな?」


 絢爛華麗な副学級長に見とれていたオレに、覚えのある声が聞こえた。


「すまん、遅くなって悪かった。だいぶやられたな」

「イヌカイ君……君が学級長達を?」


 後ろから支えるように手を貸してくれたのは、やはりイヌカイ君だった。


「ああ、何も言わず逃げ出した格好で悪かった。名札には"それぞれの種族がもつ尖った個性"を抑えて学校生活に支障が出ないようにする処置が施されててな、例えばゾンビなら腐敗する体臭を抑えるという具合なんだ」

「そういえば先生から名札の事は聞いてた。前の学校は通ってる種族数が少なくて、名札にそこまでの処置はしてなかったけど」

「アイツ等それを分った上で、あえて名札を付けないから質が悪い。特に俺の鼻には劇薬も良いところでな。あれ以上あの場にいて気を失うよりはと、即座に応援を呼びに行かせてもらったんだ。悪かったな」

「……札付きの不良なのに名札付けないんだ。それはともかく、謝らないで。だって助けを呼んで戻ってきてくれたし。本当にありがとう」

「どういたしましてだ」


 狼面に合う防臭マスクをしているために表情は良く分からないが、イヌカイ君の目には後悔と照れを隠す色が浮かんでいる気がした。

 気にしなくて良いのに。


「まぁず、ひとぉつ!」


 多勢に無勢をものともしない、拳と脚を振り回しての大立ち回りを続ける彼女が喝采を上げた。

 見れば彼女の足下に、一体のスケルトンが倒れていた。

 残りは五体。

 それにしても、副学級長の喧嘩っぷりは空恐ろしい有様だ。

 右手で鎖を振り回し、左手の薄いカバンで不良の拳を防いでいなす。

 ゴーストの身体に鎖が巻き付いてダメージ与えてるみたいだけれど、あの鎖は聖別された銀で出来ているのだろうか?


「おるぁああ!!」


 オレの疑問はともかく、副学級長はカバンからもう一本の鎖を取り出すと素早く右拳に巻き付けて、ゴーストをタコ殴りし始めた。


「おらっ! おらっ! どうしたっ! ちったぁ骨のあるところを見せやがれっ!!」


 ゴースト相手に無茶を言う。

 別の不良から殴られたり蹴られたりするのをものともせず、彼女は獰猛に笑いながら拳を振るい続けた。


「ふたぁつ!」


 はいゴースト撃沈。

 副学級長は鼻血を垂らして目に青たんをこさえ、白銀の髪もグチャグチャなのもお構いなしに喧嘩を続ける。

 オレ、その姿にちょっと洒落にならないレべルでドン引きした。

 何が絢爛華麗な閃光の天使だよ。一瞬でもそんな事を思ったオレはバカだった。

 あれはもう狂天使(ベルセルク)じゃねえか。


「骨ぇ食いしばれぇっ!」


 副学級長の左手のカバンが唸りをあげ、別のスケルトンのこめかみにめり込んで吹っ飛ばした。


「みぃっつ!」


 あの薄いカバン、絶対に5ミリ厚のオリハルコン内張りしてるわ。

 あとはゾンビが1体とスケルトンが2体しか残ってないぞ。

 何だか不良達が可哀想になってきた。

 もう十分じゃなかろうか?

 うん、不良達は許す。

 許すから誰か彼女を止めてくれ。

 これ以上はオレの心がこの凄惨な現場に耐えられそうもない。

 味方の天使に恐怖するオレの肩を、不意に馬鹿でかい手が優しく叩いた。


「学級長?」

「うむ」


 まだハンカチを銜えたままの学級長は悪鬼羅刹の笑顔で頷くと、持っていたヘアワックスの蓋を開けた。

 彼はヘアワックスを両手に伸ばし、漆黒の髪を後ろに撫で付ける。

 それと共に額で絡み合う角がギチギチと音を立てて解きほぐれ、左右真っ直ぐ天を衝く。

 そして、オールバックと角の変形で露になった彼の額には、閉じた目があった。

 その目が、静かに、ゆっくりと、開く。

 虹彩は金。

 絶対王者の黄金色。

 そして、魔力などほとんど持たないオレにさえも感じられる圧倒的な力場と、それを完全に御する金剛の巨躯からは副学級長を押さえ込めるだけの自信が見て取れた。

 オレは呆然とその厳貌に引き込まれていた。

 そして、確信する。

 彼は副学級長の抑え役として来てくれてたんだ。

 まさに学級長ヤマダは、クラスを総べる魔王なんだ。


「遅くなって済まぬ。開眼の儀法には少々時間がかかるゆえ。しかし、よく頑張ったなタダノ君。貴殿の勇気と矜持、余が確と見届けた。天晴である!」


 学級長は銜えていたハンカチで手を拭きながら、殺意に満ちた表情と優しい声音でオレを褒めてくれた。

 ああ、ハンカチはワックスの為に銜えてたんだ。しかもよく見たら濡らしてある。

 準備が良いな学級長。もしかしてハンカチを銜えること自体が儀式の一部なのだろうか。

 彼はぎらりと光る三眼で乱闘の場を睨み据えた。


「さて下郎。容赦せぬぞ」


 え? あれ? 学級長も不良をシバク側?。

 もうダメだ。

 この喧嘩は逝くとこまで逝く。

 学級長はその場で腰だめに拳を構えると、大きく息を吸い込んで力を込めた。

 そして、左手を腰にあて、右手をピースサインにして額の眼を挟むように構える。


外道照身魔王光線ッげどうしょうしんまおうこうせん!!」


 一閃。


 ただ、それだけだった。

 学級長の第三の眼から極太の怪光線が音も無く照射された。

 空気が歪んで見える程の力の奔流。

 あれこそが魔力と言うものなのだろう。 

 オレには理解不能で圧倒的な光の洪水に、残りの不良達は飲み込まれ、吹き飛び、全滅した。

 うわ、あれで生きているのか? 不良達。


「ヤァマァダァ! アタシまで巻き込むつもりかぁっ! それにアタシの獲物を何横取りしてんだこの野郎ぉ! まだ少しは楽しめたろうがぁ!」

「アマノ君なら避けるなど雑作も無かろうに。それに、余も多少なりとも手を貸さねば、学級長の立場が無いわ」

「へっ、まぁ良いや。ちょうど身体と聖力が温まっていい具合だから少し相手しろ」

「馬鹿な事を申すな。これにて喧嘩は終い。早々に引き上げて昼餉を終えねば、午後の授業に差障る」

「良いじゃねぇかちょっとくらいよぉ。お前だって消化不良気味だろ? なぁ?」

「……う……む。まぁ確かに、いささかもの足りぬのも確かではある」


 悪魔のような笑顔で副学級長が誘いをかけると、意外な事に学級長がノってきた。


「じゃあ時間もネェし、一発勝負の恨みっこ無しでどうだ?」

「良かろう」


 え? 何だこの展開? ちょっと待って。

 イヌカイ君はいつもの事だと肩をすくめたが、ウソだろ?

 もしかして学級長は額の目が開くと好戦的になるのか?


「せぇのっ!」

「参るっ!」


 十分にとった間合いから、気合いと全力を溜めた双方の拳が交差した。

 だが、幸いな事に二人の決着はつかなかった。


「はいはい。そこまでそこまで」


 暴力を凝縮した二人の拳は、驚く事にヤクシジ先生によってビタリと止められていた。

 先生の形容し難い身体の一部がそれぞれの拳を覆い隠し、あの二人が必死な形相で拳を動かそうとしても、空中に固定されたまま微動もしない。


「少しおイタが過ぎたなあ。全くしょうが無い。忘れた頃を狙うように騒ぎを起こすよね、君達は」

「手ぇはなせ! イヌカイが呼んだのか!?」

「このような仕儀となったこと、全ては余の不徳である。先生には申し開きの余地も無い」


 二人へ向けられる先生の声音は風琴を奏でるように澄んでいて、そこに怒りは無い。

 むしろ楽しそうにも感じられた。


「言いたい事は山ほどあるけれど、今はまず彼らを保健室に運ぼうか。大事にしたくないから他の先生には手伝いを頼み辛いし」

「ちっ……しゃあねぇか」

「うむ」


 ほとんどの不良は歩けない程ではなかったが、気を失っている不良も中には居たのでソイツ等を保健室に運び込む事になった。

 先ほどまであれだけの喧嘩をしていたのに、学級長も副学級長もさばさばと不良に声をかけたり肩を貸してやったりしている。

 喧嘩慣れするとこういうものなの?


「おぉい、タダノ。こっち手伝え」

「んー」


 副学級長は気安くオレの名前を呼ぶようになっていたので、こちらも砕けた感じで返事をした。

 本来なら一方的にやられたオレが不良達を介抱する謂れも無いが、今となっては特に恨みも残ってないので手伝っている。

 気を失って倒れているゾンビの両足をオレが持ち、両手を副学級長が持ってそのまま背中を引きずりながら保健室へ向かう事にした。

 しかし、今更だけど、やっぱ臭いなコイツ!

 さっきまでは鼻血と緊張で気にとまらなかったけど、改めて近くに寄ると臭い。

 鼻呼吸を止めて口から静かに空気を吸い込むが、やっぱ臭い。


「ん、これはちょっと、うぐぐ」

「へんな声上げんな。どうした?」

「臭い。シャレにならない臭さ」

「バッカお前それを言うなよ。アタシだって我慢してんだ」

「我慢て、副学級長が我慢て」

「よし、お前も保健室で寝かしてやるよ。コイツと同じベッドでな」

「くちがすべりましたすみませんゆるしてください」


 オレは副学級長とのやり取りで気を紛らわそうとするが、かなり厳しい戦いを強いられていた。

 朝から続く精神的ストレスと肉体的疲労に空腹まで加わり、心身ともにレッドゾーンへ入りかけている。


「いや……これは……マズいかも……」

「何がだ?」

「胃がね……胃が……」


 呼吸を工夫したりして堪えるオレに、止めの使者が訪れた。


「どうなった? 大丈夫かみんな?」


 パフェのカシワザキさんがフヨフヨと漂いながら屋上に現れたのだった。

 飛べるんだアマガサキさん。あ、小さな白い羽がはためいている。


「学級長からは来ないように言われていたが、それでも心配でな。怪我をしてるのか? 大丈夫か? 何か手を貸す事はあるか?」


 オレだけでなく角突き合っていたアマノさんや、果ては不良達にまで声をかけて回っている。

 アマガサキさんはとても良いパフェだった。

 しかし、今のオレにとってはありがた迷惑な存在でもある。

 想像出来るだろうか?

 腐敗臭で嘔吐寸前のところへ、美味そうな特大パフェが現れたのだ。

 

「……これは……やられ……」 


 言えたのはそこまでだった。

 次の瞬間、オレは盛大に嘔吐した。


「うっわマジかバカ野郎! 何吐いてんだよっ!」

「……んなこと……おぇっ……おぉおぇっ!」


 慌てた副学級長がゾンビの手を離したので、彼は後頭部を床にゴスリとぶつけたが、オレはそれどころじゃない。

 昼飯食べてないのに、何がこんなに出てくるんだろうってくらいゲロを吐く。

 喉が焼けて胃がひっくり返りそうに痛み、酸っぱ切なくて涙が出てきた。


「ちょ、おま、ちょ……ちょ……」


 オレに詰め寄った副学級長の言葉が尻すぼみになり、彼女が不意に口を抑えた。


「……おぅええええええええええっ……」


 副学級長も盛大に嘔吐した。

 貰いゲロだ。

 しかもゾンビの体に盛大に。

 膝をついて盛大に戻している彼女の後ろ姿からは、本当に天使族なのだろうかという疑問しか浮かばない。

 そして、傍に居たアマガサキさんも生クリームにしか見えないものを貰いゲロで吐き出し、事態に気がついて駆けつけたイヌカイ君もやはり貰いゲロをし、残っていた不良達も同様に貰いゲロのビッグウェーブに飲み込まれたのだった。


「うむ。後は余に任せて皆は口をすすいで身を清めて参れ」


 ただ一人。

 そう、学級長だけは屋上に漂うゲロの匂いに胃を屈する事無く、超然と事態の収拾に従事したのだった。

 本当に学級長は凄い魔王だと思った。


 その後、不良を含めた俺たち全員は屋上のゲロ掃除をやらされたあと、こってり絞られた。

 こうしてオレの転校初日は全く良い事なしで終わったのだった。

 



◎学級日誌◎


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 転校初日から大変な目にあったタダノ君には、しばらく気を配って接してください。

 それと、朝のホームルームでヤマダ君が言っていたけれど、学校内では公用語を使用して読み書きすること。

 担任:ヤクシジ


お読みになって頂きありがとうございました。

評価など頂ければ幸いです。

次回の更新は11月半ばから末を予定しております。

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