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魔王ヤマダの学級譚  作者: 丁巳写月(ひのとみ しゃげつ)
2/5

翻弄の転校生(中)


「あれ?」


 転校初日。

 昼休みの始まりも最悪だった。


「うむ。どうした?」

「弁当を忘れた……」


 机の上に弁当を広げ始めた学級長から厳めしく尋問されたので、素直に答えた。

 

「ならば、タダノ君は学食か購買部を利用するが良いぞ。どれ余が直々に案内してやろう」

「……それが財布も忘れた……」


 恐る恐る自白したオレに、学級長の目がすいと細まった。

 怒ってる訳じゃないのは分る。

 驚くべき事に、彼はほぼ間違いなく善人だ。

 授業中は静かにノートをとり、教科担任に難しい質問を浴びせ、休み時間になれば興味本位でオレに群がってくるクラスメイト達を見事に捌いてくれたのだから。

 でも、初見のイメージって強い。

 やっぱ恐い。


「転校初日に惨憺たる有様で言葉も無い」


 学級長は大きくため息をつくと、懐に手を入れた。

 え? 誰にも迷惑かけてないのに刺されるのオレ?


「これを使うが良い」


 ナイフではなく財布を出した学級長は、驚くオレに数枚の硬貨を手渡してきた。

 それは、善意も悪意も全くにじみ出ず、何一つ思惑を感じさせない自然の振る舞いだった。


「え? いいの? 別に昼を抜いても大丈夫だけど」

「愚かな事を申すな。慣れぬ場で勉学に励み疲れておろう。昼餉を確と摂らねば午後の科目に身が入らぬぞ。学生の本分とは何であるかを第一に考えよ」

「は、はい」


 淡々と。

 叱責とも説教とも違う、何の怒りも交えずに諭されたのは初めての経験だった。


「で、転校生様よ。下賜金はいくら賜った?」

「ちゃんと返すよ。下賜ではなく貸与だし」

「言うじゃネェか。で、いくらよ? ん?」


 既に弁当を食べ始めていたチンピラ女がその箸で、硬貨を握ったオレの手を差した。

 色々とはしたない。

 チンピラ女のまわりには数人の異種族が机を寄せて弁当を広げ、皆一様に興味津々でオレを見ていた。

 隠す事ではないので正直に答える。


「300イェンだけど?」

「はぁ? たった300イェンぽっちぃ?」


 彼女は芝居がかった仕草で額に手をやり、仰け反って驚いた。


「パンとジュース買うには十分じゃない? それとも都界の学校は高いの?」

「そりゃあ贅沢言わなきゃ両方買えるさ。買えるとも。でもな? 買える買えないの問題じゃねぇんだよ。クラスのメンツの問題だ。良いか? 良く聞けボンクラ。この2年B組の学級長様が直々手づからくだされた下賜金が300イェンぽっちじゃ、他のクラスに舐められるだろうが!」

「だから下賜金じゃないし、別に言いふらすつもりもないから」

 

 なんとなく楽しみごとを見つけた口調のチンピラ女の言い分に、オレは反論した。


「昼飯代わりにワンパン喰うか? あぁん?」


 チンピラのロジック凄い。


「ふむ。余はいつも母上の弁当ゆえ、世事に疎くてな。クラスのメンツとやらはどうでも良いが、確かに端金を持たせたとあってはタダノ君の体面に関わるな。余の浅慮からいらぬ恥をかかせる所であった。許せ」

「おぅ、分りゃ良いんだ分りゃ」


 オレという当事者不在で学級長とチンピラ女が勝手に納得するのをぼんやり眺めながら、昼飯はいらないから昼休みが今すぐ終われば良いのにと思った。


「とは言え、いささか手元不如意ゆえ、さてさて」


 学級長はそう言いながら、1イェン、5イェン、10イェンと小銭ばかりを20数枚ほど差し出してきた。

 追加分は100イェンにも満たず、両手に乗せた中途半端な量の小銭にオレの胸は妙に重くなった。

 何だこのわき上がる意味不明の罪悪感。


「かぁ! しょうがねぇなぁ。おい、これ持ってけ転校生」


 そのやり取りを見ていたチンピラ女は、自分がメンツ云々を言い出した手前もあるのか1000イェン紙幣をオレに差し出した。

 もちろん、彼女の自腹だ。


「あるとき払いの催促なしだ。利子はまけとく」


 極道映画で見た展開だ。悪徳貸し金融の最初の手口だコレ!


「てめぇ、今ナメた事考えたろう?」

「めっそうもございません」


 あまりの鋭さに冷や汗が出た。何故分かったんだろう?


「ちっ……まぁいいや。さっさと購買部でパンか弁当でも買ってこい。それとアタシはイチゴオレな、自販機のパックのヤツ。戻ったら一緒に飯食いながら、色々とじっくり話し合おうじゃネェか、なぁ?」


 このチンピラ女、金貸しついでにパシらせる事で、オレが学食を利用する選択肢を先んじて潰しやがった。


「アマノ君。転校初日でそのような雑役を押し付けてはタダノ君に悪いぞ」

「アタシ達は無利子で十分な額を貸し付けしてやったんだ、このぐらいバチは当たらネェよ。そうだろ転校生? それよりヤマダも頼んどけ」


 強引に貸し付けておいてなんて言い草だろうかと思いつつも、これで昼飯にありつけるならパシリぐらいお安い御用だ。

 それに、ここでゴネたらチンピラ女がキレる事は間違い無い。


「お金出してもらったし、使いっ走りくらい喜び勇んで行ってくる」

「うむ。タダノ君が良いのなら、では、そうだな、抹茶オレを頼む」

「了解。イチゴオレに抹茶オレね」


 何となく仲の良さを思わせる注文を確認したオレに、クラスメイトの人狼が笑いながら近づいてきた。


「タダノ。購買部へ行くんだろ? 不慣れだろうから俺が案内してやるよ」

「イヌカイ君だね? 助かるけど、良いのかい?」


 制服の名札を確認したオレに、イヌカイ君は気安く答える。


「気にすんな。その代わりオレにもジュース奢ってくれ。良いだろ?」


 人狼のイヌカイ君は、オレではなく学級長とチンピラ女に確認した。


「気が利くと思ったらそんな魂胆かワン公。良く利く鼻をお持ちなこった。でもまぁ良いさ、なぁヤマダ」

「余が直々に案内するつもりであったが、イヌカイ君がタダノ君と親睦を深める切っ掛けと言う事で、ここは一つ頼もうか」


 学級長が鷹揚に頷いた。


「それじゃ転校生にワン公、ダッシュダッシュダッシュ! 走れ走れ下っ端ども! 昼休みは有限だ!」


 しれっと下っ端にランクダウンしやがった事に抗議する間もなく、オレとイヌカイ君は教室を追い立てられた。

 ポケットに入れた小銭がジャラジャラあばれて鬱陶しい。

 イヌカイ君が少しだけ先行しながら購買部を目指す途中、彼が獰猛な牙を見せて笑った。


「転校初日からなかなか大変な目にあってるけど、あまりヤマちゃんを怖がったり嫌うなよ? 悪いヤツじゃないのは保証する」

「怖いけど嫌ってはないさ」


 イヌカイ君による突然の学級長擁護に戸惑いながら、オレは正直に答えた。


「見た目と言葉遣いは確かに怖いけど、全然乱暴じゃないし」 

 

 そうなのだ。

 学級長は休み時間になる度に、オレの元へ押し掛けてくるクラスメイト達を上手く捌いてくれたり、授業を受けてみて困った事はないか、疲れてないか、トイレはどうか等と何かにつけて世話を焼いてくれたのだ。

 学級長の顔は怖いままだったが、彼の雰囲気から嫌々面倒を見ている気配は全く感じられなかった。 


「休み時間とか授業中の態度とか見てて思ってたんだけど、学級長ってクソ真面目で紳士の超善人でだよね?」

「その通り。ヤマちゃんは本当に良いヤツなんだ。だから仲良くしてやってくれよ? 頼む」

「もしかしてそれを言う為に付き合ってくれた?」

「半分はな」

「残りは?」

「あのアマノが自腹で出した金でジュース飲むなんて最高じゃん?」


 真面目くさって言い放つイヌカイ君と顔を見合わせ、彼とオレは吹き出してしまった。

 彼との距離が友人ちょっと手前まで近づいた気がして、オレは朝から気になっていた事を聞いてみる事にした。


「ところで学級長の事なんだけど彼の種族って──」


 オレが言えたのはそこまでだった。

 隣に並んだイヌカイ君に話しかける事に気をとられ、誰かにぶつかって尻餅をついてしまった。


「ごめんなさい。よそ見してました」

「おいコラ、ごめんで済んだら警察要らんだろ? お? 2年坊」

 

 この学校のチンピラ率高いよね?

 ぶつかった相手は着用義務がある名札を付けていなかったが、オレの事を2年坊呼ばわりしたので最上級生の3年生だろう。

 ちなみに名札はそれぞれの学年を示す色で作られており、組と名前だけが彫り込まれた簡単なものなので種族までは分からない。

 しかし、オレには眼前の怒れる3年生の種族が即座に分かった。

 ゾンビだ。

 だって顔が腐ってるし、吐きそうなほど臭いんだもの。


「テメェなんだその態度は? ナメてんのか? クソ小僧!」


 胸ぐら掴んで凄まないで! 臭い! 臭いの!

 強烈な悪臭に嘔吐寸前の態度が火に油を注いだのか、ゾンビの仲間達がわらわらと詰め寄ってきた。

 ゴーストやスケルトン。どいつもこいつも不死者の種族だ。

 オレ、まだ昼飯を食べてないのに吐きそう。

 あ、昼と言えば、イヌカイ君!


「……逃げた……」


 胸ぐらを掴まれたまま周囲を探したが、イヌカイ君どころか誰も居ない。

 そうだよね。

 臭いし、怖いし、臭いよね!


「ここじゃ何だ。ちょっと顔貸してもらおうか」


 不死者の不良達よりよっぽど顔色が悪くなっているだろうオレは、スケルトンよりガタガタ震えて彼等に従うしかなかった。




「有り金全部出せ。全部だ」

 

 陽が燦々と注ぐ屋上で、不死者の不良は宣った。

 屋上は以外と校舎裏より目につき難いし、出口を押さえれば誰も入ってこれず逃げれもしないけど、不死者のいるべき場所とはほど遠い気がする。

 ビタミンが大量に生合成される健康的な太陽の下、オレを囲む不良達はニヤニヤと薄ら寒い笑いを浮かべていた。


「早く出せ。そしたらそれに免じて、痛いの無しで終わりにしてやるからよ」


 怖くて仕方なかったけど、悔しかったので黙って下を向いていたら、後ろからケツを思い切り蹴り上げられて転がされた。

 

「いつまでも舐めてんじゃねぇぞクソ小僧ッ! こっから落としてやろうかっ! あぁっ!?」


 落とす事は無いと、言い切れない怖さがある。

 今日までほとんど接した事のない異種族相手への、得体の知れない怖さ。

 この不良達は本当にオレを屋上から落とすかもしれない。

 グルグルと思考がループし始めてしまったオレの腹に、強烈な蹴りが入り胃液を吐き出した。

 うう、昼飯食ってなくて良かったのか悪かったのか。


「おいコラ、この期に及んでシカトか? クソがッ! ああっ? クソがっ!」


 這いつくばって痛みに呻くオレへ、ガツガツと蹴りを入れてくるが頭だけは両手で抱えて守った。


「マッパにひん剥いて金ゲットして玄関に吊るす。決定」


 血も涙も無い事をスケルトンのヤツが言い出した。

 最初に土下座でもして有り金全部献上すればすぐにでも許してもらえたのに、この期に及んでもオレは金を出してなかった。

 そもそもオレは、コイツ等に金を渡す気が全く無い。

 修羅みたいに怖い外見だけど中身は優しい学級長が出してくれたなけなしのお金と、中身も外身もチンピラだけど結局は一番お金を貸してくれた副学級長の事を思えば、その金を一円たりとも渡したくない。

 自分でも何故こんなに意固地になってるのか良く分からないが、とにかく絶対にコイツ等には金を渡してなどやるもんか。


「……せぇ」


「ああ? 何だって?」


 オレの言葉が聞こえなかったのか、オレの制服をひん剥きながら笑っていたゾンビの一人が顔を寄せてきた。


「……臭せぇって……言ってんだ……腐れ野郎っ!!」


 オレは思い切り頭を振りかぶり、目の前のゾンビの顔面へ頭突きをカマしてやった。

 瞬間、激痛に目の前がブラックアウトし、鼻の奥がツンと痺れて鼻血がボタボタ落ちた。


「んっがぁっ! いっでぇぇっ!! やってくれたなっ! この×××野郎っ!!」

「どういたしましてだっ! ×××野郎っ!」


 痛がるゾンビと一瞬だけ静まる周りの連中に、オレは両手の中指をおっ立ててやった。

 オレはもう怖くて痛くて悔しくて泣きたくて臭くて何が何やら分けわかんねえけど、やってやったんだ。

 やってやったぞっ!

 この後の事は知らねえっ!

 知ってたまるか馬鹿野郎っ!

 オレはいきり立つ不良どもを睨んで、もう一回くらいはカマしてやろうと覚悟を決めたのだった。


お読みになって頂きありがとうございました。

次回の更新は明日の5時以降を予定しております。


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