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魔王ヤマダの学級譚  作者: 丁巳写月(ひのとみ しゃげつ)
1/5

翻弄の転校生(上)


「タダノ・ヒデオです。イー・バラアキ県から越してきました。よろしくお願いします」

「「「$!"#%""%!#$!!」」」


 今の何!? 返事!?

 緊張の自己紹介に対し、クラスメイト達が声のような呻きみたいな超音波っぽい何とも形容し難い音を返すという状況に、オレは思い切り腰が引けてしまった。

 全く聞き取れなかったんだけど、校内は公用語じゃないの?

 ビビりながら教室を素早く見回すと、所々でひそひそと会話っぽい行動をするモノ達も居て、脇汗が凄い事になってるよオレ。

 人間族以外はコボルトやゴブリンくらいの種族しか生徒が居ない田舎の学校から出てきたオレにとって、都界(とかい)の学校は難易度が高すぎたんだ。


 だって、教室に人間族らしい姿のヤツが数人しか居ないんだもん。


 そして、他は全部が異種族。

 教室にはスライム、コカトリス、妖精、リザードマン、ケンタウロス、ケルベロス等々。

 クラスメイトは38体と先生が言っていたけれど、壮観だ。

 目の当たりにするのは初めてだが、TVや本などで知ってる種族達が半分くらい。

 残りはもちろん全く知らない種族達。

 どう見ても砂利で作った内臓みたいなアイツや、点滅するフルーツが盛りつけられた特大のパフェは何なんだろう?

 初めて見た種族達はドレもコレも奇抜過ぎて感想に困る。

 生物枠に収まった存在なのかすらも怪しい。


 そもそも担任のヤクシジ先生の姿形からして、良く分からない。

 先生とは転校の打ち合わせで事前に何度か会っているけれど、その時からの疑問だった。

 何と言えば良いのか、先生は変色し続ける光の塊みたいだが決して眩しいわけでなく、不意に靄のように薄く広がる花吹雪だったり、時にはダイヤモンドを液体状にしたようにも見える。

 意識すればするほど見えも聞こえも触れもしなくなるのに、そこに存在している事を確信出来もする。

 正直、正確に言い表す事が出来ない。

 本当に何なんだろうこの先生。

 そんなオレの疑問を知るわけもない先生は、朝のホームルームを進める。


「前々から言ってた通り、今日からこの2年B組にタダノ君が加わって勉学に励む事になった。みんな仲良くな」

「「「◎#◎∫シ〜〜!!」」」


 先生の言葉に、クラスメイト達がまた形容し難い音を出した。

 その音に満足したように先生が優しく輝いたので、みんな仲良くしてくれるということで良いんだと思う、たぶん、恐らく。


「それではキムラ君から席順に自己紹介していこう。名前と種族に簡単な自己アピールぐらいで手際よくな。質問などは後回し」


 自己紹介のトップバッターは、キムラ君という名のキマイラだった。

 

「∀┤∃┘∠┌⊥┌┌∂┴┴∇┴┴≡」


 うん分からない。

 動物園でよく耳にする動物達の鳴き声で大合唱してるようにしか聞こえない。

 オレはタイミングを見計らいキムラ君の自己紹介が終ったと思われる所で、よろしくお願いしますと返礼した。

 そして、セイレーン、アラクネー、なんだか分からない種族と次々に自己紹介が続くが、言葉が全然分からない。

 結局、教室の誰もが公用語を使わなかった。


 そうか、この教室の人間族はオレ一人で確定か。

 教室初の人間族か。


 それにしても前の学校じゃゴブリンだって公用語使ってたのに、都界の学校は違うの?

 もちろん先生の言葉は分かる。綺麗な公用語だ。

 クラスメイト達はオレの言葉が分かるが、オレはクラスメイト達の言葉が分からない。

 どうしよう? どういうこと? これマズくね?


「それじゃあ、残った時間で軽く質問タイムといくか。何か聞きたい事あるモノ〜?」


 ヤメて先生! それは早い! 早過ぎる!


「「「Å!!」」」


 クッソ。

 全員が手や足、何か分らん物体を上げてやがる。

 こちとらコミュニケーションの段階で躓いてんのに。


「はいそれじゃあ、トップバッターは順当なところでヤマダ君」


 先生が指名したのは、一番後ろの席に座る男の姿をした生徒。

 ゆったりと立ち上がった彼はデカかった。

 自己紹介の時にもデカイとは思ったが、明らかに身の丈が2シクを超えた闘士体型で、かろうじて1シク60スに届く貧弱なオレとは月とスッポンだ。

 その破格の体躯に加え、死体よりも不健康な蒼白の顔色に彫り込まれた厳めしい顔立ちは、生まれてから一度も笑った事がないのを確信させた。

 羅刹の面魂に修羅の体躯が威風堂々立つ様は、畏怖を抱いて圧倒される。

 恐怖と絶望の権化かな?

 怖くてこれ以上は目を合わせられない。


「″⊿″◇″■″▲″○″▽″?」


 彼は尊大な身振り手振りで話しかけてくるが、やっぱり何言ってるかさっぱり分らない。


「え? あのー。あのですね。そのね? ね?」


 オレの頭は恐怖で真っ白になり、言葉を濁しきった引きつり笑いを返すので精一杯。

 ああ、彼の怖い顔立ちが更に顰められていく。

 目の上で切りそろえられた前髪の奥から覗くハイライトの全くない目が、ぎょろりとオレを見据えている。

 どうしよう。

 何か褒めてごまかそうか。

 あの頭の角なんかどうだろう。

 左右のこめかみから頭部を囲むように伸びた漆黒の角は、眉間の前で交差してねじり合って天を突いており、それが厳つい王冠のようにも見える。

 肩まで伸びた髪も艶が一切なく、着ている学生服も基本色が黒なので死体色の顔と手だけが浮いているようだ。

 さらによく見ると目の下に濃いクマが張り付いて、顔色とのコントラストがとても鮮明。

 白黒写真だってここまで潔くはない。


 黒くて白い。


 パンダかな?

 修羅パンダかな?

 あまりの怖さから現実逃避を始めたオレの心を読んだのか、彼はゆっくりと無表情で首を傾げた。

 これは殺される。

 土下座するか?

 

「おお。余とした事が浮かれて、魔王語で話しておった。許せ。公用語であれば問題なかろう?」

()!? 魔王語(・・・)!?」


 オレはいきなり言葉が通じた事よりも、あまりに突飛な単語のほうへ反応してしまった。


「重畳、言葉が通じたな。先生も黙っておらずに注意ぐらいしてくだされ」

「あ、ごめんごめん。先生マルチリンガルだからナチュラルに聞いちゃってたな。でも個人的には、いずれみんなにもマルチリンガルになって欲しいとは思っているんだよ」


 先生意識高い。高過ぎる。


「ふむ。ともあれ、皆も手を抜かず公用語を使うように。まずは基礎の公用語を修めずして他言語もあるまい。切磋琢磨なくして学業の成就は得られぬからな」

「「「はーい。学級長」」」

学級長(・・・)!?」


 彼が学級長? このクラスの? 修羅パンダの間違いじゃなくて?

 驚愕に硬直したオレへ、彼が鷹揚に頷いた。


「うむ。余がこのクラスの学級長を務めておるヤマダ・タイチである。ヤマダでもタイチでも好きに呼ぶ事を差し許そうぞ?」


 何となくではあるけれど、ヤマダと名乗る学級長は教室の雰囲気を和らげる為におどけている気がするが、顔が恐いしニコリともしていないので判断は保留。

 呼び捨てしたら殺されるのは確定。


「ぉおい、ヤマダァ。お前、その面構えで呼び捨てにしろは無理があんだろ。暗に呼び捨てたらブっ殺すって言ってるようなもんだぞ? あははははははははっ!」


 学級長と同じ最後列に座る女のコが、いきなり彼を呼び捨てにして大笑いし始めた。

 吸血鬼か夢魔の種族だろうか。

 銀糸を磨き抜いたような光沢を放つロングヘアーに血の気を全く感じない肌がよく似合い、鋭い目つきの整い過ぎた顔立ちは、まさに雪を欺く美少女だった。

 しかし、その外見とは裏腹に、組んだ両足を机に乗せて背もたれに寄りかかり、腕組みをしながらだらけている姿は不良学生そのものだった。

 何から何まで学級長と対照的だ。

 そして、彼女の野次を切っ掛けにしたのか、教室が少しざわめき出した。


「確かにヤマちゃんの威圧感は凄いからなぁ。転校生に呼び捨てはハードだな」

「そうだな。オレだって無理だもん」


 学級長をヤマちゃん呼ばわりした人狼に、ミノタウロスが頷いた。


「余にさような心積りは一切無いぞ? それこそイヌカイ君のように親しく振る舞ってもらう事に何の不都合があろうか?」

「だぁかぁらぁ、御身のご面相を良ぉくご覧あそばされてから、もの申されますようご注進してんだろう!」

「ふむ。余自身は見れぬほど醜悪な面構えとは思わぬのだが、人間族にとってはどうか分らぬか。それに、一足飛びに仲良くしようとするのも、ややもすれば不自然ではあるかな?」

「だから最初に言っただろうが。このアタシが直々に諫言奏上し奉ってやったんだ、有り難がって稲穂より深く頭を垂れとけ」

「ふむ。忠言耳に逆らうというものだな。余の浅慮であった、礼を言う」

「おうさ、オツムが高くて酸欠だから、たまには下げて酸素を吸っとけ。そうすりゃ多少はオツムの回りも良くなるぜ」


 学級長が大仰に頭を下げると、彼女は馬鹿笑いしながら野次を飛ばした。

 相変わらず修羅の表情をぴくりとも動かさない学級長だが、声の抑揚が少なく丁寧なのでそれが余計にオレの恐怖を煽る。

 学級長と彼女の間には空席が一つ置かれていて、互いに手が届く距離ではないのがせめてもの救いだ。

 あの空席は緩衝地帯なのだろう。

 互いが即座に手を出さない為の、最後の聖域。


「アマノの悪たれ口は目に余る時があるぞ。時と場合を弁えて少しは自重しろ」

 

 不意に、机上の点滅する特大フルーツパフェが、彼女に対し道理を説いた。

 野次を飛ばす彼女の名前はアマノらしい。

 今更だけど、もう一度、自己紹介を公用語でやり直してくれないだろうか?

 しかし、オレのささやかな願いなど関係なく、事態は悪化の一途を進んでいく。


「十分に弁えた上でやってるんだよ。それよりカシワザキ、お前こそ場を弁えろ。今はまだ食後(・・)じゃねぇぞ?」

 

 アマノさんは行動原理が愉快犯。


「確かに昼にはまだ早い。それならアマノも昼までに、商店街の店々に貸しおしぼりの配達(みかじめ料の集金)にでも行ったらどうだ?」


 うっわー。

 カシワザキと呼ばれたパフェも、えぐい事をしれっと返す。

 他人事であってもオレの背筋は寒くなり、股間がキュッとする。

 教室内は騒然とし始め、今にも殺し合いが始まる予感でいっぱーい。

 それにしても、アマノさんはよろしくないおクスリを過量服薬でキメてるとしか思えない言動だ。


「アマノ、暴言もまた暴力だ。副学級長ならその辺もよく考えた言動をしろ」

副学級長(・・・・)!? 誰が!?」


 パフェのカシワザキさんが口にした、そのあり得ない単語にオレは思わず声が出てしまった。

 副学級長を自称した彼女は、長いまつげに飾られた玉虫色にきらめく虹彩でオレを睨み殺しにかかってきた。


「んぁあ? アタシだよ。アタシが副学級長様で副学級長様とはアタシの事だ。ナンか文句あっか転校生? アタシが副学級長で都合が悪いか? ぅおい? なぁ? ナンか言えよおい? なぁ? なぁ?」


 絡み方が場末のチンピラそのものじゃないか。

 しかも行儀悪い姿勢で花のような笑顔を咲かせるあたりにプロの技を感じる。


「戯れもその辺で止めておけ、アマノ君。タダノ君に悪気が無かった事ぐらい分っておろう」

「ぅおい、水を差すんじゃネェよ」

「右も左も分からぬ転校生をこれ以上からかうは、趣味が悪いにもほどがある」

「お堅い事をグチグチと。これからアタシが面白くしてやるってんだ。隅で黙って柔軟してろ」


 ここから何をどうしたら面白くなるんだよ。

 これでまだ序の口なのか? 凄いなあのチンピラ女。

 そして、助けてくれてありがとう学級長。

 考えてみればチンピラ女があれほど酷い野次を浴びせても、一切怒る気配がなかったな。

 尊大な物言いだけど君付けしているし、もしかして学級長は見た目に反して凄い良い人?


「ヤマダ君にアマノ君。その辺でお終いにしてくれ。ホームルームの時間が終わっちゃうから」


「これは至らぬ事で申し訳ない」


「はいよ」


 先生がようやく介入すると二人はあっさり引き下がり、教室内の喧騒は嘘のように収まった。

 クラスメイト達のなれた様子を見ていると、この手の騒ぎは日常茶飯事のようだ。

 暴力沙汰はなくとも、あんなのが平常運転なの?


「タダノ君への質問は休み時間にでも続けてもらう事にして、朝のホームルームはお終いにしよう」


 結局、オレは何一つとして質問に答えていない。

 転校初日のホームルームだけでお腹いっぱいになったオレへ、先生は続けた。


「君の席はあそこ。ヤマダ君とアマノ君の間の席だ。二人ともさっきの騒ぎの責任もあるが、学級長と副学級長なんだからタダノ君の面倒をしっかり見るようにな」

「うむ。確と承ろう」

「はっ。めんどくっせぇこった」


 先生が何を言ってるのか全く理解出来ない件について。


 重々しい学級長と軽薄な副学級長の返事など、遠くに聞こえるノイズ。

 学級長と副学級長の間が、オレの指定席だと?

 あの二人に挟まれた紛争の緩衝地帯にオレを座らせるだと?


 うそだろまじかよじょうだんじゃねぇぞしねというのかこのおれに!

 

「ほらタダノ君。早く着席して1限目の準備をしなさい」 


 オレはここで抗っても意味が無い事を悟り、ヤクシジ先生の言葉に力なく頷いて、収容所へノロノロと向かう。

 左右の二人に小さく頭を下げてから椅子に腰掛けるのと同時に、始業のチャイムが鳴った。

 こうして、オレの転校初日は世の理不尽を濃縮した場所から始まったのだった。


お読みになって頂きありがとうございました。

次回の更新は明日11月2日の午後5時以降を予定しております。


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