ユウオウ様の贄
主人公が痛めつけられる、何得誰得私得の小説です。世界観はごちゃ混ぜです。それでも読んでやるよっていう方はどうぞ!
それは、一言で言うなれば「異様な光景だった」。
コンクリートを打ち付けただけの、灰色の四角四面の部屋には窓もドアもない。
その空間にあるのは、部屋の中央に置かれた、部屋に不釣り合いに豪奢で大きな鳥籠、のみ。
〈鳥籠に入れられた小鳥〉ならぬ少女は、か細い腕を身体に巻き付けるようにして、鳥籠の中で力無く蹲っていた。
不健康に青白い肌が、所々破れた服の箇所からも覗いている。
彼女の弱々しい呼吸は、フッと蝋燭を吹き消すような気軽さで消してしまえそうだ。
無駄としか思えない、凝った装飾の施された豪華な鳥籠に比べて、少女はあまりにもみすぼらしい。
そして誰が見ても分かる程に衰弱しきっていた。
にいさま。ねえさま。なんで?
ねえどうしてこんなことするの?いたいよ、やだ!
こわいよ、こんなところにひとりにしないで…。
…さみしい、よ……。たすけて……。
父様と母様が事故で亡くなったと聞いたその次の日、茫然としている私ににいさまとねえさまは言った。
「これでやっと邪魔者はいなくなった。」
「貴女はこれからユウオウ様の生贄となって、あの御方を蘇らせる礎となるのよ。」
いつもにいさまとねえさまが、両親と何事か言い争っていたのはこの事であったのかと思い至った。
ついでに、事を成し遂げる為には邪魔な存在であった両親を事故に装おって二人が殺してしまったことも。
気付きたくなかった。知らないでいたかった。
いつまでも何も知らず無邪気に笑っていたかったのに。
だけど、気が付いてしまったのだ。
だって二人は、実の両親の死にこんなにも冷淡で。
慈しんで育ててくれたのに、いつだって親を見るものとは思えないくらい冷たい眼差しを向けていて。
でも全部気が付かないフリをしていたのは、私。
例え見せかけの〈家族〉でも壊したくなかった臆病者は、私だった。
だからこの状況は、私が招いたこと。
逃げるタイミングはずっと前に、あったのだ。
現実として受け入れてさえいれば。
でもあの平和な日々にどうしてそんなことを受け入れることができただろう?
ユウオウ様、と二人が呼んでいる存在が何なのかは実は、よく分かっていない。
でも、生贄となる私がソレの礎になる時に酷い(むごい)方法で命を奪われる事は知っている。
二人がそう話しているのを偶々聞いてしまったから。
私の意思で私の身体を捧げなければ生贄とは見なされないから何としてでも、そう例え〈洗脳してでも〉、私が自ら生贄になりたいと思わせなければならないと。
そう話しているのも、聞こえた。
私は、拒んだ。
走って逃げ出そうとして、そして幾らも行かないうちに引き摺り戻された。
「ユウオウ様」の生贄となることを拒否して逃げ出そうとしたその時から、私に許された空間はこの冷たい灰色の牢獄の、鳥籠の中だけ。
変化のない景色と静寂、孤独と絶望で押し潰されそうだ。
この部屋の何処かに、私には見えないようにカメラでも仕込んで観察しているのだろう、私はギリギリ死なないように管理されている。
具体的には、鳥籠の上部の灰色の天井が一部分だけポッカリ開いて、干からびる前に水等最低限の生命維持に必要なものが投げ込まれる。
極限の状態の私は、それに伸ばす手を止められない…死を選ぶ勇気もないのだ。
自分の意気地なさが情けなくて、飼い殺されている事実が悔しくて。
でも打開する手立てもないままに今まだここで死ぬように生きている。
ビーーーーーッッビーーーーーッッビーーーーーッッビーーーーーーーーッッッ
……朝も夜も分からないこの部屋で鳥籠で、唯一私に時間の経過を知らせるものがある。
この音と痛みだ。
一定の時間をおいて音が鳴り、同時に鳥籠から肌を刺すナニカが発せられて私に強い痛みを齎す。
着ているものは、これによってもうボロボロなのに、肌に目に見える傷はつかない。
生贄に大きな傷がついては困るからだろうか。
傷はつかないのに、ナイフで肉を抉られているような激痛が、私を支配するためだけに今日も襲ってくる。
『う、あ″ああああ!
いたいいたいいたいやめて!!!
あ″あ″あ″あああああああっっっっっ!!!!』
喉が嗄れる程叫んでものたうち回っても、激痛は続く。
コンクリートの床をいつも掻きむしって爪は割れ、血が床を赤黒く染める。
きっと「生贄になる」とただ一言言いさえすればこの拷問のような苦痛から解放されるのだろう。
実際この時間には必ず、唆すように優しい声が何処からともなく語りかけてくる。
にいさまでもねえさまの声でもない、機械音声だ。
「生贄になると決め、そう声に出しさえすれば貴女をこの痛みから解放致します。」
「このお部屋からお出しして十分な温かい食事も差し上げることができます。」
「ですから一言仰って下さいませ。」
「生贄になる、と。」
『……ぜっ、たいに、…い、わな…い…!!
に、さま、も、ね、さま、も、わたしは、
ゆるさない……!!!
わたしは、わ、たし、は、
いきてやるんだから………!!!!』
「…ほう?そうか。
なればその望み、我が叶えてやろう。」
積もりに積もった身体の衰弱と苦痛で、血を吐きながら呪いを叫んだ私に、ナニカが応えた。
霞む目で見たソレは何だか大きくて。でも激痛の中の私の意識は、そこまでだった。
……あったかい。
そんなはずないのになあ。
とりかごもおへやもつめたいもの。
「……アルエ」
目を閉じたまま、ぼんやりと意識が戻ってきたことを自覚した私の耳に、深く響く捉えどころのない不思議な声が吹き込まれる。
「アルエ、哀れな…」
憂いを帯びた声が深く、深く響く。
「…あやつらは我を蘇らせんが為に、そなたをそのような目に合わせてまで生贄に仕立て上げようとしたようだな。」
声が、にいさまとねえさまのことを言っているのが分かった。
「あやつらが何処で知り得たのかは知らぬが…。
我を呼ぶのは、正確には生贄でも、それを捧げる者でもない。
絶望の中に、真の願いを持つ者だ。」
にいさまもねえさまも間違えていた、らしい。
この声がユウオウ様であるなら、彼等はユウオウ様を呼べず、代わりに私が生きたまま呼んでしまったことになる。
私を生贄として捧げて呼んだなら、私は惨殺されている筈だから。
「アルエ。籠の鳥。籠の中しか知らぬ哀れな子よ。」
声の主を確かめたくて目を開けようとしたが、瞼が重くて持ち上がらない。
諦めて、目を閉じたまま温もりにさらにすり寄った。
「……あやつらは、我が始末した。」
流石に、あんな目に合わされてまで彼等を慕えるほど図太い神経は持ち合わせていない。
むしろ何処かホッとした。
ただ…
『……わたしは、いいの?ころさなくて。』
これだけは聞いておきたかった。
私は生贄になる筈だったのだから。
「我はそなたが気に入ったのだ。殺さぬよ。
それに、そなたが願ったのではないか。」
生きたい、と。
だって死にたくなかった。
生贄なんて真っ平だった。
「籠の外を知り、大空を飛んで、歌っておいで。
アルエット。」
温もりが離れようとする気配に、目が開かないまま縋った。
「いってしまうの?ユウオウさま。」
声の主が「ユウオウ様」であると、少女は確信していた。
彼女が行かないで、との気持ちを込めて声を上げると、フッと優しい笑いが落ちてきて、少女の頭に何かがさらりと触れた。
「我はヒトを死に導く存在だ。
そなただけが我の特別なのだよ、アルエット。
絶望の中でも輝いたそなただけが。」
「死の使者から生の祝福を。
見守っているよ、いつでも。」
気配が薄れ、やがて消えた。
新たな名と、祝福を受け取った少女は目を開いた。久方振りに瞳に映した空はちょうど、美しい朝が始まるところだった。
ユウオウ様は、漢字は「雄黄」と書きます。毒性の強い鉱物で、綺麗な黄色です。ユウオウ様、闇属性っぽい感じに書いちゃったので意外に思った方もいるかも知れませんがw
ユウオウ様は雄黄を具現化したような…?人型、かどうかは不明にしておきます。
アルエットは、フランス語でひばりの意味です。ずっと籠の鳥だったアルエちゃんには羽ばたいて欲しくて、ユウオウ様は彼女を側に置こうとしなかったようです。アルエちゃんは黒髪ロングストレートなイメージ。
読んでくださりありがとうございました‼
※2022/8/7、行間調整しました~
これで少しは読みやすさがましになる…筈…