枯れない花
「俺は学校終わったけど、星野は仕事中じゃないの」
「大丈夫、大丈夫」
「顧客の無駄な長話聞かされて社に帰るの八時、九時は当たり前だから」
私は岬を捕まえた道沿いにあったやってるのかやってないのかわからないような古い喫茶店に岬を引きずり込んだ
客は誰もいない
照明も少し薄暗い
カウンターに座っていた老夫婦はマスター夫妻だった
なんだか何もかもが哀愁を帯びているような喫茶店
その奥の席に向かい岬が先に腰掛ける
「あんた、あの時私に嘘ついたでしょ」
「ふふ、だってお前俺への執着がすごいんだもの」
「まあ俺も人のことは言えないけど」
…やっぱり岬もまだ安藤雅のことが
「ねえ、お願い、一回付き合って」
「案外私の事好きになるかもよ?」
私は古い少しベタベタしたテーブルに三指立てて頭を下げた
このチャンスになりふりかまってなんかいられない
「捨てる花は摘まない」
「摘みたくない」
「え?」
「俺は学生時代好きだったやつが忘れられない」
「多分お前と義理で付き合ってもきっとすぐ別れることになる」
すごく気まずい空気が流れた
コミカルな私の申し出に、岬はひどく真剣な顔で答えた
「…安藤雅この間できちゃった結婚したって聞いたけど」
「うん…」
「それでも」
「自分の気持が同じ場所から1ミリも動かない」
すごい執着だ、岬…
「なあ、中学の時のチョコレート、あれ手作りだったろ?」
「俺手作りダメ」
「貰った手作りのチョコは全部捨てた」
「食べたのお前のだけ」
「それで…よしとしてくれないかな」
「俺、お前を尊敬するよ」
「傷つくことを恐れずに何度もぶつかってきてくれてありがとうな」
「俺も、お前みたいに勇気を出して頑張れば良かった」
「断られるのが怖くて動けなかった」
「情けないだろ?俺」
「バカみたいだろ?俺」
「けれど…」
「自分のこの気持ちを大切にしたい」
「不誠実な気持ちで他の女と付き合えない」
「付き合わなくても充分星野の良さはわかっている」
「ゴメン」
「ゴメンな」
「ここ俺の勤務先の学区だから女といるとこ父兄に見られたくない」
「俺、帰るな」
「星野、元気で」
そう言って岬は二人分のコーヒー代をテーブルに置いて喫茶店のドアについているベルを鳴らして出ていった
捨てる花は摘まない…
摘んでくれればよかったのに
たとえすぐに捨てることになっても
人道主義者みたいなことを言わず、男っぽい外面とは裏腹の弱い臆病な面をいっぱい私に見せて、やっぱり雅じゃなきゃダメって泣き言言って、ポイって捨ててくれてよかったのに
そうしたら私の岬への気持はきちんと枯れることができた
岬が摘んでくれないから…
三度断られても私の想いの花はその美しさを増し、咲き続けている
古い喫茶店の片隅で
おわり