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ユーリ視点。

…あ……さ?

まぶ…しぃ…


 昨夜は眠れそうにないと思ったが、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。


「う…、うー…ん…」


 ガラスがほとんどない格子窓の向こうに、雲のない綺麗な空が広がっている。

 太陽はまだ低い位置にあるようで、部屋の中ほどまで光が届いている。


 部屋の外にザワザワと人の声がする。

 後宮の人達は朝が早いようだ。もう一日が動き出している。


 途切れ途切れに声が聞こえる。


「……に見放されて……、………しょう!…………………!………!………仰った………妃として……。………!引きずり出し………!」


朝っぱらから……

姫君たち…かな…

……引きずり出されるの、ヤだな……


「まあ!……陛下と二人きりで……、………。陛下の腕の中は………。………!」


なんだ、やっぱり王様…後宮で遊んでたんだ……


「そうよ!……茶会………。それに、『瑞兆』………男を強請ねだった……?………。陛下も………切って……よかったのよ。」


強請ったか……

結局、言いたいこと何も言えなかった……

切るって、やっぱり……そういうことだよね…

今日は…どんなことをされるんだろ……


とにかく…起き、なきゃ……


 体をよじって起きようと思っても体が動かない。

 ベッドの上でなく、昨夜は絨毯の上に丸まって寝たからかと思ったが、どうも違うようだ。


 足に掛かってる布が手に触れると違和感があった。手に触れる布がぐっしょりと濡れている。


 視線だけを巡らし部屋の様子を見れば、絨毯もジュクジュクと濡れているようで、み込んだ水が朝日を反射していた。


 窓の方を見ると、そうかと思った。


 昨日、酷い雨が降ったのだ。

 窓から離れた場所にいたつもりだったが、雨はガラスのない窓から部屋の中ほどにまで吹き込んでいたようだ。


 絨毯に浸み込んだ雨水を、包まっていた布が吸い着ているドレスまで濡れていた。


 寝ぼけていたのか、夢を見ていたのか、場所を移動もせず寒いと思いながら体を丸め、役に立たない濡れた布を一生懸命かき合わせてそのまま寝てしまっていた。


どおりで、体が重いはず……


 寝転びながら、手と足を動かしてなんとかして体から濡れた布を退けるのが精一杯だった。


動けない…、体が、悲鳴をあげてる。

頭が朦朧として、喉が痛くて、声が出ない…


 濡れた布のせいだけでなく、吹き込んだ冷たい風にも一晩中晒され、かなり重症な風邪をひいてしまったようだ。


とにかく、早く着替えなきゃ……


 ドレスのふわりと柔らかかった生地は水を吸ってすっかりボリュームをなくし、そでやスカートがまとわりついて冷たく、気持ちが悪い。

 からりと乾いたものなら何でもいい。とにかく早く着替えたかった。


 仰向あおむけから体勢を変えることすら億劫で、立ち上がれそうもない。

 なんとか腹ばいになり、いつくばって箪笥クローゼットを目指す。


 二の腕に力を入れ、足で絨毯を蹴るようにズルズルと進もうとするが、力が入らず、いくらも進めない。

 諦めてその場でドサリとまた仰向けになり、ハッハッハッと浅い息を吐きながら、脱力する。


 引きったので、ドレスの胸元や腹からスカートのすそまでが絨毯の汚れを吸い取っていた。

 クリーム色に近い白色だった可憐なドレスはもう見る影も無くなっている。


 たったこれだけの動作で、全力で走ったように息が上がる。

 仰向き、ハッハッハッと短く苦しい息を吐きながら、視界に入る天井の柄を見るともなしに見ていると、絨毯に浸み込んだ雨水が背中や頭をじわじわと侵し始めるのを感じた。


 不意に笑いがこみ上げた。


「フッ、――――」


着替えなんて……どこに…あるのよ……

必死に這いつくばって…バカみたい……


着替えなんて……着替えなんて……

どこにあるっていうのよっ!!


 瞬間、熱い涙がブワッとあふれ出た。


 こめかみを伝い、熱い涙が止めどなく耳の方へ流れていく。


「うっ、うう、ううう……」


 嗚咽おえつが漏れる。


 喉が痛いのに、ヒックヒックとしゃくり上げる。

 泣くから、喉の奥が熱くぎゅっうっ!と絞られたようにさらに痛む。


これは……キツイ。

今までずっと、平気なつもりだったけど…本当は平気なフリしてたみたい。

さすがに……これは、キツイ。

ダメだ。

もう、強がれない……

もう、頑張れない……


このままここで、こんな無様に死んじゃうのかな。


王様が言ってた……要らないって、こう言うことだよね。

縁起モノだけど、「風邪で死んだのなら仕方がない、手間がはぶけた」って喜ぶのかな……


死ねば……家に…家に帰れるかな。

家に……


 ひとりぼっちの異世界で、考えない様にしていた母親の姿がふと浮かんだ。

 淋しさに心が壊れそうだから、しまい込んでいた面影……


 たがが外れる。


 いっそう涙が溢れた。


「――…――、――――、――――ん!お―――んっ!!おか―――――っ!!!」

(おか…あさん、お母さん、お母さん!お母さんっ!!お母さんっ!!!)


 力の限り叫んだが、声が掠れて音にならない。


「う―――!うう――!!―――…!!」


 大声をあげて泣きじゃくりたいのに声が出ない。


 泣けば泣くほど喉の奥に感じる引き絞られるような苦しい痛みは、そのまま私の心の痛みになった。

 痛くて、痛くて、たまらない。


 やがて……意識が遠退いた―――――




次回は、また王様視点に戻ります。

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