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二話分ほど王様視点になります。

 王はユーリに一瞥もくれることなく部屋を出ると、待機していた近衛兵を引き連れて後宮を後にする。

 雄々しい体格に長い黄金色の髪を靡かせ颯爽とした姿だが、その表情は険しい。後宮の女たちはそんな王の姿を艶かしいため息を漏らしながら見送る。


 今回の茶会には『瑞兆』が初めて加わったが、王の前で護衛を一人ねだり、王の怒りをかったことはすでに後宮中の女たちの耳に入っていた。


「ねえ、ご覧になって。陛下が茶会を終えて王宮へ引き上げていらっしゃるわ。」

「エデュアード・レア・ディエト陛下…いつ見てもお美しくて素敵な方よね。」

「本当に。あの方の腕に抱かれれば夢のような心地でしょうね。」

「お美しいだけでなく、武にも秀でて、賢王でいらっしゃるわ。」

「ねえ皆様、『瑞兆』様のことお聞きになった?陛下のあのお厳しいご様子だときっと重い罰を下されたのよ。」


 後宮の女たちは、「まあ!たいへん。」とわざとらしく驚くと、口々に軽やかな笑い声を上げた。



 エデュアード―――この大国の国王、エデュアード・レア・ディエト。

病気がちだった先王に代わって早くからまつりごとをまかされていたが、先王の崩御により、二十五歳の若さで新国王となった。先王の寵妃であった母親に似た、女性と見紛みまごうほどの美貌を持ち、文武両道にも秀で、あらゆる賛辞を欲しいままにしている。その美貌から優しげな王と誤解を受けやすいが、政治手腕に優れ、怜悧冷徹な人物でもある。

即位するまで数多くの女性と浮名を流す“遊び”をよく知る反面、安易に妃を持たない慎重さがあるため、今に至るまで一人の妃もいなかった。必然、国内外の高貴な女性たちに絶大な人気を誇ることになり、エデュアードが即位した今こそと皆色めき立った。大舞踏会に集まった姫君たちのあまりの多さに、担当官が後宮の部屋割りにたいへん頭を悩ませることとなったのはまた別の話―――


 エデュアードは茶会の後はいつもそうしているように、執務に戻る。

執務室に入るといつものように椅子に深々と腰を落とし背を預け、机に置かれた書類を手に取り、いつも通り執務にとりかかる。


 いつも通りの行動が乱れた心を冷静にしてくれるはずだった。


 だが、読んでも読んでも内容が全く頭に入ってこない。

やがて、手に持つ書類にぼんやりと視線を落としながら、脳内ではユーリとの出会いを反芻していた。


***


――――三ヶ月より少し前、私に送られてきた隣国の国王からの親書が始まりだった。



「ほう、『瑞兆』をな。それも若い娘か。これはまたうまい時期に発見されたものだな。」


 『瑞兆』とは偶然発見される黒の色を持つ生き物。

黒は安息の色。生けるものを穏やかな眠りに誘う闇の色。また、黒は孤高の色。何ものにも侵されない唯一の色。

その色を持つものは吉祥の前触れとしてたいへん縁起の良いものとされ、古来より大切にされてきた。発見される多くは動物の類だ。


 それによると、『瑞兆』は生きた若い娘だという。発見されたのは二年前。王室の猟場の森に倒れていたらしい。本人曰く、『異世界の日本という国』から来たと。さらに、日本がある『地球』には黒の色を持つ動植物や人々がたくさん住む国々があるのだと……。

 つまり、稀に発見される『瑞兆』は今まで何処から来たのか謎であったが、異世界の『地球』という場所から偶然運ばれていたというのだ。

 そして、その『瑞兆』を、即位の祝いとして献上したいという内容だった。


 荒唐無稽で俄かには信じがたい話だった。さらに今回は人だ。それも、若い娘。

 そのような前例がないわけではない。ただし神話の中での話だ。

 まだ独身の私が即位したこの時期に話がうますぎる。


 隣国は農業国家で、我が国の庇護がなくては成り立たない国だ。国王も事なかれ主義の年老いた男、世継ぎは孫でまだ小さい。

 いまさら野望を持つような国ではない。

 となると、隣国をまんまと手玉に取った女が問題と言うことになる。他の姫君を出し抜き、妃ひいては私の正妃の座におさまる魂胆だろう。


「次はこの私を手玉に取るか。」


 喉の奥からくつくつと笑がこみ上げてくる。


「出来るものならやってみるがいい。大舞踏会で恐れを知らぬ大罪人の化けの皮を剥いでやる。」



 大舞踏会の当日―――


 近隣諸国の王侯貴族たちやその使者たち、彼らによって差し出される各国の姫君たちなど数百人が参加した。

 『瑞兆』は多くの姫君たちが紹介された最後に連れてくるように命じておく。直前までベールで顔を隠し、皆の期待が高まったところで披露してやれば余興の一つにでもなるだろう。


精々皆を笑わす晒し者になるがいい。


 だが、連れて来られた女は小さく、侍女の手を借り歩く姿は堂々とした雰囲気が全くない。それに、娘の纏うドレスのなんと田舎くさいこと。なんとか流行の形にはしてあるが、カーテンを縫い合わせたような重たい生地に、およそ若い娘が着るとは思えない深い緑色。片膝をつき、玉座に向かい礼の姿勢をとるが肩が小刻みに震えている。


何故だ?

己がこの世で稀有な『瑞兆』だと言うなら胸を張って誇示するのではないのか?

いや、大それたことを企む女だ、これも計算づくか。

だが…何か違和感が拭えない。


 舞踏会場の全ての者が、私同様疑いの目で神話でしか存在しなかった人としての『瑞兆』の姿を見ようと好奇な視線を注ぐ。


最高の舞台をととのえてやった。

何を企むにせよ、この私を謀ること容赦はせぬ。

どれほどの出来栄えか見てやろうではないか。


 女を嘲り、鼻先で失笑した。


 いよいよ侍女が厳かな手つきでベールをスルスルと取る。


 現れたのは……


 『この世のものとは思えぬもの』


 『瑞兆』そのもの。

 本物だと直感した。

 こんな偽物は絶対に作れない。

 この世の美しいと言われるものは見飽きるほど見てきた。人も。物も。

 息を詰め、目を見開く。

 衝撃で動けない。

 こんなモノは知らない。


 艶やかな長い黒髪。

 黒い眉に黒く長い睫毛。

 そして黒い瞳。


 小刻みに震え、怯えを露わにしながらも私を見上げてくる黒の瞳は生気に溢れ輝いている。

 見つめていると吸い込まれてしまいそうな深淵の黒。

 もっと間近でその瞳を覗き込みたくて、ふらふらと歩み寄り、知らず手を差し出していた。

 だが娘は己を隠すように身を縮こませ俯いてしまう。俯いた顔色は紙のように白く、まだあどけなさが残る柔らかそうな頬や唇にも色がない。


 不意に不可解な胸の痛みを感じる。


 胸が締め付けられるような…痺れるような…


 ―――甘美な痛み―――


 庇護欲と独占欲が、つい数瞬前まであった嘲笑にあっという間に取って代わる。


 水を打ったように静まり返った舞踏会場。


 近隣諸国の王侯貴族たちが息を飲んで見つめている。彼らの目が娘を欲しいと望んでいる。姫君たちの娘を見る目に険が含まれる。

 体を小さくして怯える少女を中心にして舞踏会場に禍々しい思惑が渦を巻く。


隣国の年老いた国王の下では満足な警護など望めなかったはずだ。だが、二年も他国に知られることなく守り通し、私に差し出してきた。

無害な老王と思っていたが、見誤ったか?

いや、違う。

娘の纏う衣装でわかる。

老王が策士なら、『瑞兆』の魅力を最大限に生かし、磨き上げ私に差し出すはずだ。私の覚えがめでたければ良いほど自国のためになるからな。こんな愚図なことはするまい。

老王にとってはコレが『瑞兆』に対する純粋な最上級の計らいなのだろう。


 つまり二年もの間、隣国で野ざらし同然であったという怖ろしさに身が震える。

 今、目の前に無事でこうしていることは奇跡としか言いようがない。


この娘はもう私のものだ。決して誰にも渡さぬ!


 娘を背に隠すようにして皆に声をかけ、注目を自分に向けさせる。


本来なら、すぐさま彼女を抱き上げ優しく声を掛けてやり、王宮奥へと連れ去りたい。

だが、即位の祝いのための大舞踏会だ。おおっぴらに勝手をすることも出来ないのが口惜しい。

不本意だが、予め用意していたひな壇に座らせるしかない。


 娘に付けた侍女に一言「守れ。」とだけ命じる。

 侍女は私の意を正確に汲むと、要所に人を置き舞踏会中誰も娘に近づかぬよう采配した――――




 当然と言えば当然、あの時ユーリにつけた侍女は、私の乳母だった者で現在は女官長の地位にある。


 そもそもは、隣国を手玉に取ってやって来た強かな女の相手は、並の侍女では無理だろうと思い女官長をつけた。

 だが、女官長は私が彼女を見ればどう思うか全てお見通しだったようだ。

 大舞踏会が開かれる前に、全てを見越して、正妃が後宮の女たちと謁見する場として使われていた別邸をととのえすっかり準備を終えていた。そして、怯える彼女をいきなり王宮に迎えず、まず後宮の別邸で慣れさせた方がいいと提案してきたのだ。


 彼女が入国した際、どの様な女かを聞いた時「なかなかの驚きでございます。よくよく見張っておきますのでお任せください。舞踏会でとくとご覧下さいませ。」と言ったのを私は予想通りの強かな女かと納得したが、真の意味は「(まさしく『瑞兆』に間違いなく、その素晴らしさは)なかなかの驚きでございます。(入国している他国の者に見つからぬよう)よくよく見張っておきますのでお任せください。(きっと陛下のお気に召すはずです。)舞踏会でとくとご覧下さいませ。」となるわけだ。

 さすがと言うべきだが、女官長の目論見通りで空恐ろしいものを感じる。


 女官長は、別邸で仕える侍女も自らの腹心二名と信用できる者ら数名をすでに選んでいた。私は護衛のしやすさと彼女のためになるならとそれを許し、彼女を直接護衛する者は近衛兵から特別腕の立つ者を選んだ。

 だが問題が一つあった。

 選んだ三人は皆容姿が優れていた。彼らが彼女に邪な感情を抱けば女官長が見逃すはずはない。だが彼女が誰かを……と考えが及ぶと、それだけで不快感で奥歯をぎりりと噛み締めた。知られれば大国の王がなんと小物よと笑われるだろうが、制帽を目深かに被り顔をみせないこと、名を名乗らないことを命じた。


***


 読む気も、読める気もしない書類を諦め元の場所にバサリと投げ置いて、席を立つ。

 執務室の大きな格子窓からは広大な庭園を望める。執務を完全に放置し、広大な景色を眺めながら潔くユーリに思いを馳せることにする。


「結局は一目惚れだったのだ……それにしても、ユーリは全く気付いていなかったな。」


 穏やかに別邸で過ごす彼女の姿を思い出し自然と口角が上がる。


 今から思えば馬鹿馬鹿しいことだが、最初、不可解な胸の甘い痛みや押し寄せる独占欲や庇護欲が何なのか理解できなかった。

 だから、『瑞兆』が持つ何か怪しげなモノに当てられただけかも知れぬと思い直し、あえてユーリから遠ざかってみた。


 多くの姫君たちと会い、時には一線を越えぬ程度に彼女らと戯れもした。

 我が国の国力にひれ伏す近隣諸国から、私の妃の座を狙って送り込まれてきた姫君たちは皆選び抜かれた美姫ばかりだ。

 だが女など所詮自らを美しく磨くことしか頭にない。そして、自らは労せず男の権力を我が物顔で振りかざすのだ。権力が強大になればなるほどたちの悪い女が集まってくる。

 ここへ送り込まれた姫君たちがその最たる例だ。

 私がユーリから遠ざかり、姫君たちに近づくと彼女たちは私の寵を得ようと凄まじい戦いを繰り広げ始めた。姫君たちは闘争を繰り返し次々と脱落し、敗れた者が国に帰る様は合戦の縮図のようだった。

 私はそれらに全く関知しなかった。

 お互い潰しあって自滅していけばいい。勝手に来たのだから勝手に帰れ、と冷めた感情があるだけだった。


 中にはまともな話が出来る聡明な姫君も何人かいたが、賢い彼女たちは私が姫君たちには興味がないことを早々に見極めると、彼女たち同士で貿易や外交など幾つか話し合う後宮外交とも言えそうなことを鮮やかにこなしてさっさと国へ帰っていった。

 彼女たちには私が真に誰を望んでいるのかお見通しだったのだ。


 やがて一カ月ほどたつ頃に私もやっと気づくことになった。


 姫君たちとの茶会は、ユーリよりも心惹かれる姫君を探すため。

 姫君との戯れは、いっときでもユーリを忘れるため。


 全てが、ユーリ前提だったということに。


 何かのせいでも何でもなく、ただユーリに一目惚れしたのだと認めるしかなかった。

 あの、甘美な胸の痛みは恋情の痛みだと初めて悟ったのだ。

 そんな痛みがあるなど知らなかった。今まで経験した女たちは全て割り切った関係だったのだから、そんな感情を知るはずもない。


 それからの二ヶ月は庭で散策をしたり、読書をするユーリを見るために何度も別邸を訪れた。女官長からの報告やユーリを見つめる中で賢く気遣いのできる心優しい女性であるとこもわかり嬉しかった。

 どうしても間近で会いたくて寝顔を見に夜中に訪れたこともあった。

艶やかな長い黒髪を白いシーツに散らし、薄い夜着を纏った姿は扇情的だった。甘やかな頬と唇に何度顔を寄せたことか。起こさぬように息を殺し、だが目覚めて黒い瞳で私を捕らえて欲しいと胸が切なく疼いた。


「王の私がそんな健気なことをしていたと、ユーリが知ってくれれば少しは絆されてくれるだろうか…」


 

 後宮の姫君たちには、私が足繁くユーリのもとに通いだしたことを当然知られることとなる。


 別邸には、大舞踏会以来ユーリを奪うため、他国の間者達が毎日のようにやってきていた。そこへ、姫君たちの矛先も向くことになり、さらなる攻撃が手を変え品を変え加えられはじめた。

 贈り物と称した危険物の入った荷物や別邸へ運びこまれる食材への毒物の混入は当然のこと。高い塀を間者や暗殺者が幾度となく乗り越え、野犬が何頭も放り込まれ、火矢や毒矢が打ち込まれた。


「ああ、地下を掘って侵入する者もいたな。」


 ユーリを直接護衛する三人の他にユーリの目が触れない所で昼夜を問わぬ体制で数十人配置した。選び抜いた護衛の者たちはその力量を充分に発揮し、ことごとく防いでいる。

 今やユーリの護衛はあらゆる訓練の成果が実践される場になっている。

 完全な実力主義で護衛を選んだ結果、護衛に任命され、ユーリの護衛用に新調した黒の制服を着ることは精鋭中の精鋭と認められたことと同義であり、いまや憧れとなっているようだ。


「ユーリは何も知らなくてよいのだ。ここでつつがなく過ごし、私の隣は安心出来る場所だと思ってくれれば、それで……」


 あの日…騒ぎのあったあの日は後宮の闘争に敗北して帰国する姫君の侍女が逆恨みし、私に切りかかってきた。「どうして姫がっ!」と心底どうでもいい身勝手な理由で。

 侍女の力など羽虫を払う程度だったが、周りが騒ぎ出し、後宮の女達が亡者の如く群がり足止めされてしまった。

 これは新手の妨害で、この者たちは承知でやっているのかと疑ったほどだ。

 何故なら、あの日は女官長からそろそろユーリと対面してはどうかと言われ、喜び勇んで後宮へ行ったのだから。


「なのに、こんなことにっ!」


 再び沸き起こる憤りと切なさに目をきつく閉じ、拳を握る。


あの護衛をユーリから遠ざけ、初めて茶会に出てみたいと言った彼女の機嫌をとって、最初から全てをやり直そうと思った。


だが、彼女が望んだのは、あの護衛……。


血が引く思いという経験を初めてした。


「全く、彼女といると初めての経験をいろいろさせてもらえる。」


 そのまま、そうかと望みを聞いてやるはずもなく、静かな怒りを持って引き止めた。








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