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 お前などもう要らぬ!後宮へ部屋を移せ!―――――


 手に持つベールを握りしめ首がすくむ。王様のあまりの剣幕に驚き過ぎて涙も出ない。


 王様は後ろに控える近衛兵の一人に二言三言何かを命じると、私を一瞥もすることなく部屋を出て行った。


「『瑞兆』殿、どうぞこちらへ。」


 王様の命令を受けた近衛兵が、私に立つように促す。今からすぐに後宮の部屋へ連れて行かれるのだろう。

 近衛兵の後に続いて部屋を出ると、侍女さんが私を待ってくれていた。普段は物腰が落ち着いている侍女さんが、動揺しながら王様の去った方や私に視線を彷徨わせオロオロしている。


 ずいぶん心配させてしまったようだ、申し訳なくて眉が下がる。


「侍女さん……」

「ユーリ様!?陛下がたいへんお怒りの様子でしたが、どのようなお話をっ?」

「部屋を後宮へ移せと言われたわ。私はもう要らないって……」

「まあ!何ということを……陛下にはきちんとご説明されたのですか?茶会ではもっと他に仰りようが御座いましたでしょう!?」


 いつもは優しい侍女さんが叱っている。

 この歳になって人から、しかも王様から思いっきり怒鳴られた後だから今はかなりへこんでいる。言われることが御尤ごもっともなことなので侍女さんのお叱りを項垂れて聞くしかない。


「ああ、どうしてこんなことに!?」


私に聞かれてもわかりません。

本当にどうしてでしょう。

私はただ「私のかわりに護衛さんに罰を与えないで下さい。」と言いたかっただけなのに、王様の中では、「私が護衛さんを好きになって王様の死を望んでいる。」ことになってるんだから。

『瑞兆』といっても「ただの女」かって言ってたから、他の女性とは違う何かを期待していたのだろうか。そして、そうではなかったから落胆して怒りが湧いたのだろうか。

勝手に期待して、勝手に妄想して、勝手に落胆して、勝手に怒って……そんなのでよくこんな大国の王様やってられるよね。

私に何を期待してたんだろう。

ただ黒いってだけだから何かご利益的なモノを期待されても困る。

それにしても、護衛さんの腕を取ったのを見ただけで、『死ななくてがっかりしたか?』なんて、普通あそこまで考えが行き着くもんかなぁ。

この世界って、握手したり、頬にキスしたり、他にも結構スキンシップの習慣があるのに。腕を取るぐらい……うーん……分からない。



 近衛兵に案内されたのは後宮の二階にある端の部屋だった。内装は王様の後宮に相応しい高級感があるが……


「ここは……」


侍女さんが絶句してる。

その気持ちわかります。


「……これは酷いわね。掃除…全くしてないわね。埃だらけ……。」


 恐る恐る部屋に入り見回してみる。

 案内された部屋は何年も使われていないのが明らかな荒れ様だ。リビングの大きな格子窓は薄汚れて曇り、家具類は部屋の端に乱雑に押しやられ白かったはずの布がかけられている。

 布を少しめくって見るとソファや椅子などが乱雑に積み上がっていて私の力で移動させるのは無理そうだ。


「こっちは寝室かしら……」


 部屋はリビングと寝室の二部屋のようだ。


 私の後ろから侍女さんも部屋を見回しながら着いてくる。

 ドアノブを回すと、ギギギと軋みながらドアが開いた。

 中をそっとのぞいた。


「っ!!」


バタンッ!


「ユーリ様?いかがされました?」


 閉めたドアを背に侍女さんに振り返る。


「ベッドの上に何やらべっとりとした大きなシミが……な、何かしらね?」


「あの……この部屋は長い間閉じられたままでして。先王様がまだお若い時代に事故があり、その後どなたもはいられることなく放棄されていた部屋でございます。私も今まで入ったことはございません。」


「事故……。なるほど、つまりこの部屋は、いわく付きの開かずの間なのね。そ…そ、それじゃ、あまり深く考えないでおきましょうか……」


「……はい。」


 私をここへ案内した近衛兵はいつの間にかいなくなっている。


 使えない寝室は諦めて、リビングをあらためて見回す。座る椅子も横になれそうなソファもない。床は絨毯が敷き詰められているが、一見して汚れているとわかる。


「家具にかかっている布を敷くしかないわね……」


「え?」


「家具が使えないでしょ?だから部屋の片隅に、家具に掛かっている大きな布を絨毯の上に敷いてその上に座るのよ。」


 この部屋で過ごすために思いついたことを言ってみたが、侍女さんは信じられないと言う様に目を見開きながら首を左右に何度も振った。

 侍女さんは我慢できなかったようだ。

 「こんなっ、酷い…」と言ったきり、逃げるように慌てて部屋を出て行ってしまった。


仕方ないよね、あんな邸宅暮らしからいきなりコレだもの。


 私は侍女さんが出て行ったドアから視線を剥がすと、家具に掛けてあった布を絨毯の上に敷いてその上に座り、同じような布を肩に掛けて体を覆った。


「やっぱり侍女さんを名前で呼ばなくて正解だったな……」


 この国に来た時のことをふと思い出し、独り言がこぼれる。


 初めてこの国に来た時から侍女さんは私の世話をしてくれていた。大舞踏会のとき私の手を引いたのもひな壇に座っている間ずっと側にいたのも侍女さんだった。

 初めて会った時、侍女さんから「どうぞ私のことはマリアとお呼び下さい。」と言われた。侍女さんは五十代くらいのふくよかな女性で、初めから私に優しく接してくれた。

 私はこの時なんとなく直感したのだ。

 この人と親しくなって、もし、裏切られたり、嘘をつかれたり、何かあれば私はきっと心から傷ついてしまうだろうと。

 だから、一線を引くことにした。

 侍女さんには「私よりもはるかに年上の人を呼び捨てにはできません。」とよくわからない苦しい言い訳をして『侍女さん』と呼ぶことにした。かなり不満げで何回も止めてくれと言われたけど私も引かなかった。他の二人の侍女さんたちはもっと若い人たちだけど、二人だけを名前で呼ぶことも出来ないので、同じ『侍女さん』と呼んだ。

 年配の侍女さん、マリアさんは三人の中では一番偉い人のようだ。日中の多くはマリアさんが側にいてくれるから。夜は寝ずの番をしていると言っていたが、後の二人が主にやっているのだろうか。一体どんな勤務体制になっているのか不思議だ。

 もう今はそんなことどうでもいいことだ。


立ち去ったマリアさんをなじる気はない。

ここに来るまでは確かに私のことを心配して付いて来てくれたし、私のことを思って叱ってくれていた。

やっぱり心の傷はピリピリ痛いけど……


「まだ耐えられる…大丈夫。」


グぅ~キュるるるる…


今、一番の問題はコレだ。


「お腹空いたな……お昼食べれなかったし。」


コンコンコン


「『瑞兆』様。ご昼食をお持ちいたしました。」


 ノックとともにそう言ったのは知らない女性の声だった。ドアをそっと細く開けると、廊下に食事の乗ったワゴンとともに見知らぬ侍女風の女性が立っている。

 女性は「お運びいたします。」と言ってにっこりと微笑んだ。

 ワゴンの上を見ると、幾つかの皿に銀製のクロッシュが被せられ、綺麗に磨かれたカトラリーが並べられていた。

 私は嬉しくなった。


「まあ!ありがとう!嬉しいわ。でも今はお部屋が片付いてなくて入って頂けないの。後は自分でするわね。」


「承知致しました。では、お食事が終わられましたら、ワゴンごと廊下にお出し下さい。」


「ええ。そうするわ。ありがとう。」


 荒れ放題の部屋を見られるのが恥ずかしくて女性には下がってもらった。


 後から考えれば、判断力が鈍っていたとしか言いようがない。

 理不尽な理由で酷い部屋に入れられ、侍女さんには見捨てられ、お腹が空き過ぎていたのだから仕方がない。王様の怒りを買ってこんな部屋に入れられているのだからまともな食事が与えられるはずがないのに……


 いそいそとワゴンを部屋に入れ、わーい!!って気分で皿にかかる銀製の蓋を持ち上げた。


「………。」


 ネズミがソースの上で横になってました。スープは、スプーンでかき回すとザラザラと砂が入っていて、サラダは、フォークで葉物をつつくと昆虫が丸のまま何匹もゴロゴロと……。ちなみにパンにはご丁寧に蛾がサンドされていました。そして、飲み水にはガラス片がたっぷり。


「あれ?これってゲテモノ料理…?……ってことは…ないよね。」


ああ!そっか!そうだよね!ここ後宮だもんね!そっか、そっか。


「コレ、嫌がらせだ。」


 最初入っているものはアレだが、見た目が整っているのでこう言うゲテモノ料理かと思った。


「早速の嫌がらせかぁー。素早い対応だこと。春だから昆虫類は手に入りやすい時期だけど、後宮ってこういう素材までいつでも調達可能なのか?むしろ感心するわ。それにしても、衣と住は我慢できるけど、『食』はどうにもならないよね。茶会のお菓子食べとくんだったなあ。はぁ~、もう泣こっかな。泣いたら王様許してくれるかな。」


 さすがに弱音がでる。


「実際泣いたところでどうにもならないだろうけど。」


 ワゴンを廊下に出して、ドアに鍵をかけた。



 やがて数時間がたち、もう日が暮れかかっている。


 あの後、再び嫌がらせは行われた。

 何度も人が尋ねてきて、「『瑞兆』様に贈り物をお持ちしました。」だの、「『瑞兆』様に是非ご覧頂きたい物がございます。」だの言われたが、同じ手にはもう引っかからない。全て無視した。

 すると次はドアの外に何かを撒かれたのか、隙間から悪臭がしたり、ダンッ!ダンッ!ダンッ!と何かを扉に叩き付ける大きな音が何度もして驚かされたり。多分ナイフか何かを突き立てたのだろう。


 今は、鍵を壊して押し入って来られるかも知れない怖さに怯えながら、薄汚れた布を頭から被ってずっと息をひそめている。


ガッシャーンッ!!

ガシャーン!!ガシャーン!!

ガシャンッ!

ガシャン!

パリーンッ!!


「っ!!!」


次は何!?

窓!?

ガラス?!


 咄嗟に被っていた布で顔まで覆った。ただジッとしている他ない。


ガシャーン!!

パリーン!

ガシャン!ガシャン!

パリーンッ!

…………


 暫くすると音が止んだ。


 そっと布から顔を出して辺りを窺う。

 薄汚れて曇っていたはずの窓から、夕暮れの空が綺麗に見えた。大きな格子窓のガラスがほとんど割れて、格子だけが残っていた。


 やがて日が沈むと部屋は真っ暗となった。


 茶会以降、飲まず食わずと精神的疲労で、布に包まって横になりただぼんやりと暗い空を見ている。

 服も茶会の時の、シフォンのような柔らかい生地のドレスのままだ。季節は春だが日中の暖かさと比べれば夜はまだ肌寒い。

 割れたガラスを避けて出来るだけ窓から離れた場所に移動した。だが、広くはない部屋だ。外にいるのと変わらない。


 寝室へ移動しようかと思ったが、明らかに何かあった部屋で過ごすのと天秤にかけてリビングにいることにした。

 ホラー的な怖さには負ける。

 体温が逃げないように体を丸めて横になり、布に包まる。


「恐るべし後宮。たった数時間でこの有様……」


やっぱりあの邸宅は特別舎だったんだ。

いろいろと護られてたんだなあ。

腐っても『瑞兆』だからこの程度で済んでいると思った方がいいんだろうか。

いやいや、王様にとって私は縁起モノどころか裏切り者同然だ。要らないってことはどうなってもいいと思ってるんだ。

この開かずの間にいることで今の私の立場も後宮中に知れ渡っているのだろう。邸宅で三ヶ月間特別扱いされていた私がここに移されたんだから、後宮の姫君たちがこの程度で満足するとは思えない。


 『命の危険』という言葉が脳裏に浮かぶ。


 明日からどうなるのかという不安で深いため息が何度も何度も出る。とても眠れそうにないと思ったが、体と心が疲労していたようだ、やがて眠ってしまった。




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