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 ガタゴト、ガタゴトと馬車の揺れを感じる。


 厚い胸板に頭をもたせ掛け、誰かの膝の上に座っている。


あれは夢だったの?

王様が迎えに来てくれたのは…夢?


 急に泣きたくなった。

 目を開けるのが怖くなった。


「お、うさま」


 小さな小さな声で呼んでみた。


「ユーリ、気が付いたか?良かった。無理をしたせいだな。いま王都に向かっている。」


 いつか見た夢のように、小さな小さな私の声を聞き逃さず応えてくれた。


よかった…王様だ。


 目を閉じたまま、両方の腕を王様の背中に回してギュッとしがみつく。グリグリと額を胸板に擦り付ける。護衛の制服のボタンが当たって痛い。

 でも、まだ仄かに王様の香りが香った。


「どうした、ユーリ?気分が悪いか?」


 心配そうな声が降ってくる。額をグリグリと押し付けたまま、首を振る。


「大丈夫。王様、心配かけてゴメンね。迎えに来てくれてありがとう。」


 クスリと笑った王様が、私を支えていた腕で包み込むように抱き締め直してくれる。


「もう、エデュアードと呼んでくれないのか?とても嬉しかったのに。」


「あれは…必死、だったから…」


「必死…か、そうか…嬉しいな。」


 本当に二人っきりの薄暗い馬車内。ランプ一つの仄かな明かりがあるだけ。

 この一日で私の心が激しく揺さぶられた。そのことを、今、ちゃんと全部話して私の気持ちを聞いてもらおう。


「あの、あのね、私の話を聞いてくれる?」


「ん?」


「嫌な思いもさせるかも知れないけれど、馬鹿馬鹿しいって思うかも知れないけれど、私の気持ちを全部話すから聞いて?」


「ああ、分かった。」


 王様はただ静かに頷いてくれた。

 私はまた王様の広い胸に凭れ直し、黒い制服に流れ落ちる黄金色の髪を見ながらポツポツと話し始めた。


「私が目を覚ましてお互いの誤解が解けてから、あなたは私を…愛していると言ってくれた。そう言ってあなたは私を大切にしてくれて優しく笑いかけてくれた。そんなあなたを私はいつも女神様のように美しい人だなって思って見てた…

それに、私もあなたの側にいるととても安心するし、一緒にいると楽しい、一緒にいれて嬉しいって思い始めていたの。

でも、私の中に芽生えたその穏やかな気持ちが、愛しているっていうことなのか分からなくて悩んでいた。

あなたの気持ちが真剣だと分かればわかる程、同じ気持ちを返せていないことが苦しかった。

気付いていたよね?」


「ああ。だが、それでも私はお前が側にいるならそれでも良かった。」


 王様があっさりそんなこを言うから、ビックリして顔を上げた。


「どうした?」


「だって、それでもいいなんて言うから。王様なのにお人好しすぎる。『選んだ』って言った、あの時も……」


「あの時?…ああ、小国の王太子か大国の王か…というやつか?」


「もしかしたらって疑わなかった?もし、私が本当にあなたを権力で選んでいるかも知れなかったら。」


フッと思わずといったふうに王様が笑った。


「ユーリはそんなことしない。それに私がお人好しになるのはユーリにだけだ。」


そうだ、この人はちゃんと『私』を分かってくれていて、こんな優しい目でさらりと否定してくれる。心が震えるほど嬉しかったあの時のことはきっと忘れない。

でも、こんなふうに私を甘やかしてばかりだから、男らしく凛々しい眼差しも見たことがなかった。


 見上げた顔の頬に手を添えた王様は、ザックリと失くなった黒髪を痛ましそうに撫ぜた。


「こんなになってしまって…女性にとって髪は特別だ。特にユーリは『瑞兆』の黒だ。」


「これは自分で切ったの。要らないから。こんなに短いと価値が半減しちゃうかな?」


「関係ない。」


 まさかと思うが、もしそうだと言われればどうしようかと思い、少し茶化ちゃかしていってみたが、即答された。


「あの王太子の処分だが、」


 そこまで言いかけた王様に首を振った。


そんなことどうでもいい。

関係ないと言ってくれた王様に早く気持ちを伝えたい。


「知らなくていい。そんなことよりも、聞いて?

…私、あの王太子が言ったように、彼を見てドキドキしてしまった……。

ちょうど王様への気持ちを悩んでたからすごく混乱した……」


 王太子に胸を高鳴らせていたと聞いた王様がどんな表情をするのか見るのが怖くて、視線を外しまた胸元に頭を寄せた。


「でも、でもね、それは、私が知らなかったから…。私、まだまだ子供で、今まで男の子を意識したこともなかったの。でもね、高校生…えっと、十五、六歳くらいになるとほとんどの女の子は異性を意識しだすんだって。私が異世界の日本から来たって知っているでしょ?日本にはそんな女の子を主人公にした、漫…物語もたくさんあったし。

女の子たちはね、顔がいいとか、運動が得意だとか、そんないろんなかっこいい男の子たちにドキドキするんだって。」


 王様にとって突拍子もない話しなのに、私を膝に抱きながら静かに聞いてくれている。着ている黒の制服に流れる黄金色の髪がたまに小さく動くので頷いているのだと分かる。


「そして、そんな男の子たちのことを女の子同士で話したり相談したり…。

これはね、私の想像なんだけど……。多分、女の子たちは、見た目だけでドキドキした男の子たちの言葉や態度で嬉しくなったり、傷ついたり、悩んだり、そんなふわふわした経験を繰り返しているうちに、だんだん上辺だけに惑わされない経験値を積んで大人になっていくんだと思う。本当に自分が好きだな、愛おしいなって、思える人はどんな人なのかって。

私、そういう経験全くなんにもないままここに来て、そういうこと相談する友達もいなくて、だから、何も知らなくて、」


 涙が溢れてきて、声が上ずりそうだから最後は大きな息を吐き出すように言った。


「あんな、顔だけ男にドキドキして混乱しちゃったの!でもね、すること話すこと違和感ばっかり出てきて。それで、気付いた。混乱したのは、なんの経験値もない私には、いきなりあの顔はただインパクトがありすぎただけなんだって!それだけなの!」


 顔を上げ、王様の胸元を握りしめ、縋った。


 王様は眉尻を下げながら、仕方ないなって顔で私の涙を親指で拭う。


「人の心のはぐくまれようは人それぞれ。だが、ユーリはそのように思うのだな。

要は、女神様のように美しい顔より、精悍な男の顔が好みで、そういう男の顔に経験値がないお子様だから胸が高鳴り、それを恋と錯覚して一瞬グラついたということか。

それにしても…、はぁ、あんなに好きだ好きだ愛していると告白していたのに、そもそも私は男どころか、美しい女神様か。あーあ。」


「それはっ!……――ごめんなさい…」


 私が一生懸命説明したことをあっけらかんと要約され、王様に強く反論しようと口を開くが、全くその通りで、王様がねてしまったのでしぼんでしまった。


「私はまだ女神様のように見えるか?」


 意地悪っぽく、片眉をくっと上げて聞いてくる王様に慌てて首を振った。


「あなたが、王太子の前に立った時、なんて男らしい眼差しなんだろうと思った。初めてあなたを男性として意識したら凛々しさに胸がぎゅっとなった。そしたらすごく嫌だと思ったの…」


「嫌?」


改めて言葉にするのが恥ずかしいけど、言葉にしないと伝わらないよね。


「あなたに他の女性が触れるのが。王太子の妹姫に触れさせたくなかった。すごく嫌な気分になった。私を好きだと言ってくれたあなたは、私のモノなのにって!あなたを誰にも渡したくないって!」


 私を抱く王様の腕に力がこもる。


「私が目覚めない間、長い夢を見ていたって教えたでしょ?あの時、私、何度も何度も、もとの世界に帰らなきゃと思ってたの……。でもね、帰るのを躊躇ためらって、帰らなかった。目覚めたとき、何故躊躇ったのか分からなかった。

でも、今なら分かる。

あの時からもう、あなたの真心に触れ続けたむき出しの私の心は、帰るのを躊躇うほどあなたから離れ難くなっていた。だから捕らわれている時、必死で引き止めるもう一人の私がいた。ひどい焦燥感に襲われた。ドキドキどころか、あなたを思うと胸が痛くて泣きそうになった。

つまらないことに惑わされて見えていなかったの。

あなたじゃないと心が満たされないの!嬉しくないの!!胸が痛くなるほど『エデュアード』が欲しいと思うの!」」


 私の両頬に、王様は両手を添えて、とても真剣な顔で尋ねた。


「私のことが、好きか?」


 その眼差しに胸が熱くなって、また涙がこぼれる。


「すき…、大好き。」


「もう迷わない?」


「はい。」


「アレに触れられたのは髪だけ?」


「うん。」


 私がしっかりとそう頷くと、王様は私の頬を大きな手でそっと包み込み、ゆっくりと優しく深い深い大人のキスを教えてくれた。



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