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ユーリ視点の後、王様視点になります。

 馬車はやがて速度を落とした。


 馬車が揺れる度にカーテンも揺れ、少し開いた端からちらちらと立ち並ぶ建物が見える。どこかの街の中にはいったようだ。


 私はさらわれてきたまんまのシーツに包まれた状態で、相変わらず覆面男の膝の上にのったままだ。

 会話はないが、私の髪を指に巻きつけたり、撫でたり、いたりしている。

 もう人形扱いだ。

 いつまでこの状況が続くのかと居心地悪くしていると、馬車が止まった。外からノックの音が聞こえると、シーツを頭の部分にも被せられた。


「姫、着いたぞ。」


 覆面男は、私を抱き上げるとそのまま馬車をおりた。


 磯の香りと風を感じる。


王様に教えてもらった国の地図では、東側が海に面していたはず。

眠らされていたからよく分からないけど、かなり遠くまで連れてこられたみたい。

日もかなり高く上っているし、もう昼も二、三時間は過ぎているかも知れない。


 布の隙間からは白い大きな屋敷の玄関が見えた。

 そのまま玄関を入り、屋敷内をスタスタと移動して階段を上がり、ある部屋に入るとそこのソファにやっと下された。


「手荒なことをしてすまなかったな。」


 そう言って、私の頭をおおっていたシーツを取ると、覆面男は自分も顔に巻いていた布をクルクルと取りはじめた。


 出てきたのは、見事な赤い髪をした美青年。

 覆面で乱れていた肩ほどまでの赤い髪を手櫛でワシャワシャと後ろにながし、無造作に整える姿にすら色気を感じるほどの男前ぶり。

 ボーッと、見ているとサファイアブルーの瞳と目が合って、男はニヤッと口角を上げた。慌てて視線を逸らしたが、かなりわざとらしかったはずだ。


 燃えるような赤い髪にサファイアブルーの瞳の派手な配色。身長も高く、体格もいい。そして体格にあったたくましい精悍な顔。

 なんかもうすごいとしか言いようがない存在感だ。


「そのままの姿ではまだ寒いだろう。着替えるがよい。」


 男はそう言うと侍女風の女性を二人呼び、私を着替えさせるように言うと、私が何かを聞く間もなく自分は部屋から出て行ってしまった。

 自分は誘拐されたのだと我に返った私は二人の女性たちに抵抗してやろうかと思ったが、女性たちが「『瑞兆』様、お、お召し替えを……」と、あまりにおどおどして言うものだからかわいそうになり、結局大人しく着替えてあげることにした。

 忘れていたが、この世界で私の容姿を初めて見る人にとってはかなり衝撃的なものなのだ。


 着替えたドレスは至極まともなものだった。

 胸の下で切り替えがあるエンパイアドレスのようなデザインで、袖もあって無駄な露出もない。あつらえたようにサイズがぴったりだった。


 そして、そのまま案内されたのはダイニングルーム。


 そこにはすでに先ほどの誘拐犯、ゴージャスイケメンがいた。

 こちも服を、私を攫ってきた時の軍服のような活動的な服から胸元をゆったりと寛げた着物のような長衣に着替え、鍛え上げられた胸板を惜しげもなく晒して豪華な胸飾りで飾っていた。


「おお!よく似合っている。」


 私が入室すると素早く席を立ち、感激気味にそう言いながら私の前まで来た。そして、さっと手を取り、手の甲に軽くキスをする。一連の流れが洗練されていてとてもスマートだ。

 精悍な顔が間近に迫り、またドキリと心臓が跳ねる。


「貴女を見たときにきっと似合うと思っていろいろ作らせておいたのだ。想像通りだ!貴女には淡い色が似合うな。」


 私の手を取りながらそう熱っぽく語ってくるのを見ていると、だんだん恥ずかしくなって顔に熱が集まってくる。


このドレス、サイズぴったりなんですけど!?

この人、見ただけでサイズ測ったの!?

ひょっとして、すっごい女性慣れしてる!?


 私の顔から、首からもう全部が真っ赤になっていることは相手に当然わかってしまっているだろう。ゴージャスイケメンはさらに距離を詰めるように、耳の横に垂れる黒髪を一房取るとそこに口付けた。


「『瑞兆』の姫、私は、ここより東の対岸にある国、アベク国の王太子、キャセルバード・ソロ・アベクと申します。姫のお名前を伺っても?」


う、どうしよう。

この人、やっぱり只者ただものじゃなかった。王太子かぁ。

でも、誘拐犯だし!

機嫌よく自己紹介してるどころか、「私をどうするつもり!」って暴れてもいい状況だよね。

でも…この色気と眼力が半端ない~!

私の心臓よ!静まれぇ~!


「ユ、ユーリ、です……」


はい、あっさり、負けました。


「ユーリ、よい名だ。」


 王太子は黒髪を取っていた手で、今度は頬のラインをスッと撫ぜると極上の微笑みを向けてきた。




***


 ユーリが攫われた。


 微睡まどろむユーリのひたいにキスをしたのはつい二時間ほどの前のことだ。


 生死の境を彷徨さまよい私のもとに帰ってきたのが、まだ一週間前のこと。完全に病がいえていないユーリが攫われた。


 指先が冷たくなっていく。


「陛下!申し訳ございません!賊の陽動作戦にまんまと引っかかり、申しひらきの言葉もございません!ユーリ様を奪還だっかん致しまして後、存分にご処分下さい!」


 別邸護衛を任せている護衛隊の隊長が、膝を折り深々と頭をさげる。

 護衛隊長らは今、みずからがやらねばならぬ事をわきまえている。最優先は彼らを叱責しっせきするこではなく、ユーリの奪還。

 私は状況の説明を続けさせた。


 冷たくなった指先を、手のひらに食い込むほど握りしめる。


 ユーリを攫った賊たちは、護衛隊を引き付ける目的で別の場所からおとりを侵入させ、騒ぎを起こしたようだ。

 その隙に、本隊の賊が侵入した。ユーリを攫った後、高い壁を越える必要があったが、賊は壁を一部破壊していた。そう易々と壊れる壁ではないが、どうやら長い期間をかけて少しずつ穿うがっては巧妙に隠しつつ今回の侵入で一気に破壊したと思われる。


「護衛隊の半数が囮の賊と交戦。数名を生け捕りにしましたが、こちらは雇われた者たちでした。本隊の賊は十名おりましたが、四名を斬り伏せ、一名を取り押さえましたが自害いたしました。残りのユーリ様を抱えた男一名と数名が馬にて東へ逃走、護衛四名が現在後を追っている状況です。」


「相手の国籍はわかったか?」


「本隊の死亡した五名を調べましたが、国籍の分かる物は何も所持しておりませんでした。持っていた剣も特徴のないものでした。」


 ユーリ誘拐の一報を聞き、すぐに国境の閉鎖と爵位持ちに不審な動きがないか探るよう、各家に潜入させている者たちに命令を出した。

 ユーリを攫ったということは殺す気はない。まず営利目的の単なる賊ではないだろう。各国の王侯貴族に売り歩くには『瑞兆ユーリ』は価値が重すぎる。

 どこかの国が直接狙ったのなら出国するために国内の貴族の協力が必要だ。国内の貴族の仕業ならどんなにユーリを隠そうが、私の目から逃れることは出来ない。いずれにせよ国内の貴族が必ず動くはずだ。


必ず見つけ出す!

私の腕の中からまんまとユーリを攫った者よ。

絶対に許さぬぞ!


「陛下!ユーリ様を追った護衛が一名戻って参りました!」


「通せ!」


 倒れむ勢いで戻ってきた護衛の報告によると、ユーリを攫った賊を郊外のさびれた家畜小屋まで追い、入ったところを急襲しようとした。しかし、三両の簡素な馬車が同時に飛び出し、三方向に分かれて逃走したというのだ。護衛たちはそれぞれに再び馬車を追い、一名が報告に戻ったという内容だった。


 馬車が向かった方向は、森、海、河。

 以前から後宮の別邸に送り込まれてきていた曲者らを詳しく調べると、なかでも執拗に狙ってきていたのは五カ国に絞られた。その五カ国が馬車が向かった方向にうまく分散している。

 ユーリを連れ去ったのは、そのいずれかの国の可能性が高い。だが、一国ずつ調べている時間はない。


「陛下!女官長様が気づかれました!ユーリ様を攫った犯人について申し上げたいことがあるとのことでございます!」



 女官長はユーリを起こし、部屋のカーテンを開けようとして襲われた。

 ガラスを割った賊の腕は、そのまま女官長の鳩尾みぞおちを捉えたのだ。刃物で刺されていれば、女官長を失っていたかも知れないと思うと不幸中の幸いだった。それでも、かなり深くこぶしが入ったようで、気がついても腹部の痛みでベッドに横になったままだ。


「陛下、ユーリ様のこと誠に申し訳ございません。それにわざわざご足労いただきまして……」


「そなたが無事でよかった。それで?ユーリを攫った者のことだが」


「はい、陛下。あの者は『赤の王太子』です。間違いありません。」


「赤の王太子……」


「はい。あの時、覆面をし逆光でしたが、目をはっきりと見ました。サファイアブルーの瞳に赤毛の睫毛まつげ。ユーリ様を攫ったのは間違いなく、『赤の王太子』です。」


 赤の王太子。我が国の東部から海を隔てた沿岸部にある国。例の五カ国の一国。

 わが祖父と赤の王太子の祖父である先王との間ではかつて戦いがあったが、現在は我が国の国力の前におとなしくしている。

 確か、大舞踏会には赤の王太子が参加していた。妹の姫君を後宮に入れるべく伴って……


やつの妹は確か……」


「陛下が、髪が美しいとおめになった姫君でございます。」


 女官長の言葉にけんがある。


「髪を?」


 女官長が睨んできた。


「ユーリ様のお部屋の前で……」


 声が一段と低い。


「っ!『こんな扱い我が国の王が黙ってはおりません!』と言ってきた女か!護衛隊長!東部沿岸部に別荘をもつ貴族、特に、自前のマリーナまたはプライベートビーチを持つ者の動向を調べさせろ!私も今から沿岸部へ向かう。」


船を使ってユーリを連れ出すなら夜だ。

それまでは、協力者の貴族の別荘で待機するはず。

馬を飛ばせば夜までにはっ!


 女官長が腹部を庇いながら慌てて起き上がり、私の袖に取りすがってきた。


「陛下、くれぐれもお気をつけ下さい!ユーリ様はまだ病が癒えたばかり…お体が心配です。それに、赤の王太子は陛下と人気を二分するほどのたいへんな美丈夫……ユーリ様のお心が未だ定まって、」「行ってくる!女官長は養生しておれ!」


 女官長の言わんとすることを遮り、さっさと部屋を出た。


言いたいことは、分かっている。


ユーリは、私を――――愛してはいない。


私が側にいる事を嫌ってはいないが、それは愛ではない。

むしろ、私がユーリに向ける愛情に応えられなくて、そのことに苦しんでさえいる。

ユーリが申し訳なさそうに遠慮がちに微笑む姿に、いつもため息が出る思いだ。

それでも離すつもりはない。

ただ側にいてくれるだけでいい。

そして、いつか……


だが、ユーリを攫った、赤の王太子。

二つ名の由来にもなった印象的な赤い髪に、サファイアブルーの瞳の男。

奴は私とはまさに正反対の容貌をしている。

世間では精悍と言われているらしいが、女好きする男臭い顔だ。

奴は女の扱いに慣れ、女を落とすまではとにかく優しい。まだ正妃はいないが、奴の触手にかかった女たちを次々と妃にしては喧嘩をせぬよう器用に相手をし、また外で新しい女を物色するという具合ぐあいだ。それでも飽きてしまった妃は、上手く説得し修道院へ送っているという。


ユーリは異世界からきた『瑞兆』とはいえ、特別な力があるわけでない、普通の若い娘だ。

簡単になびくこの世界の女たちのようにはならないと願いたいが、女を落とす手管てくだけた赤の王太子に落ちないとは言い切れない。

ましてや、ここまで周到に準備して攫っているのだ。赤の王太子も本気でユーリを落としにかかるだろう。

ユーリが、赤の王太子の『タダの女』にされてしまったとしても取り返せばいいだけのこと。だが、『ユーリの心』が赤の王太子のものになってしまえば……

そうなってしまうことが何よりも恐ろしい。

それに弱っている体も心配だ。


とにかく、ユーリを一刻も早く取り戻さねば。

取り返しのつかぬことにならぬうちにっ!



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