表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/17

11

 ユーリを助け出してから、三日がたった。


 まだ目を覚まさない。


 苦しそうにうなされている姿は見ていてつらい。

 それでも眠りが浅く、少し覚醒かくせいしたときには抱き起こして水分をとらせるが、声を掛けてもまたすぐに眠ってしまう。


 私は別邸でつきっきりでユーリのそばにいる。

 執務もここへ持ち込んだ。夜はユーリの隣に用意させたベッドで眠る。


もう、片時も目を離したくないのだ。

ユーリが目覚めた時は、その瞳に私を映して欲しい。


 後宮は、完全に閉めるつもりだ。あの日を境に姫君たちを徐々に帰国させている。

 大国といえども、さすがに近隣諸国全てに恨みを買うことは不味まずい。調整はしばらくしなければならないだろう。だが、そんなことは苦労でもなんでもない。


「ユーリ、目覚めてくれ。早くお前に謝らねば……」





 ――――夢を見た。


 綺麗な女の人が私の頭を何度も何度も撫で、優しく声を掛けてくれる。

 綺麗な黄金色の髪に、エメラルド色の瞳の人。

 その人が、握った手の指先や額に何度も何度もキスをくれる。


私はどうなってしまったんだろう。

ずっとずっと暗い場所を行ったり来たりしているような。


 体はふわふわ浮いていて、『帰らないと』と思うけど、『どこへ?綺麗な人が悲しむよ?』て思ってまた戻る。

 何故、帰ることを躊躇ためらってしまうのかわからない。

 戻ると体はとても辛い。でも、辛いときはいつも綺麗な人がそばにいて優しくしてくれる。

 そんなことを何度も何度も、繰り返していたように思う。


今は…また綺麗な人がいて……


あれ?

頬に落ちて来たのは、何?


ポタポタ、ポタポタ……


あめ……?

雨……

雨!

そういえば……


「ユーリ……」



「ユーリ、早く目を覚ましてくれ。」



「もう十日だぞ?熱も下がったのに、何故目覚めない?これ以上このままだと、お前の体がもたないと医師が言うのだ。ユーリお願いだ。いかないでくれ、ここにいてくれ。」


この雨は、あなたの涙なのね。

泣かないで。

綺麗な人。


「起きてくれっ、ユーリ、ユーリ!」


分かった、分かった、起きるから。

起きるから泣かないで。


う~っん……


「ユーリ!?」


「……ぁい。」


「ああっ!ユーリ!ユーリッ!よかった、本当によかった!」


 私の真上に覆いかぶさりながら、大きく見開かれた目からぽろぽろと涙をこぼして泣き笑い、そう言った綺麗な人は……王様だった。


 王様は両手で私の頬を包むと、自分が零した涙をぬぐい、額に強く口付けた。

 覆いかぶさった王様の胸元から、前から知っていたようなこうの香りがした。


「すぐに医師をよんでくる!」


 王様は慌てて部屋を出て行った。


夢のあの人は王様だったんだ…――――

…………。

え?王様?!

何でここに?って、ここどこ?

あれ?

邸宅の……私の寝室だよね?


 まだ重い体はそのままに、首だけを動かし周りを見る。


私……雨のせいで濡れて寝ていたからひどい風邪をひいたんだっけ。

それから、心が弱りに弱ってくじけて……

そして…お母さんを呼んだ……


ずっと夢をみてた。そっか、あれきっと幽体離脱っていうやつだ。

行ったり来たりして……

結局、帰れなかったんだ――――あっちの世界に。


「死ななかったんだ。死んだら帰れるかと思ったのに…」お母さん、ゴメン。私、帰れなかった……


「死ぬなどと言うな!言わないでくれ!」


 王様の大きな声が私の思考をさえぎった。

 開けたドアの戸口で悲壮な顔をしてそう叫んだ王様は、素早くベッドの脇に来ると、片膝をついて私の手を両手で握り、「ユーリ、すまなかった!全て私が間違っていた!」といきなり謝ってきた。


「王…様?」


王様は、さっきからなんでこんなに必死なんだろう?

そもそも、あの部屋に私を入れたのが王様で……


「陛下、ユーリ様は目覚められたばかりですし、先に診察を。」


 私の頭が?マークでいっぱいになっていると、侍女さんとその後ろにお医者さんらしき人が入ってきた。


侍女さん?あれ?戻ってきたの?


「お目覚めになられて本当によかった。一時はどうなることかと思いましたっ…」


 侍女さんは目頭を抑えて涙ぐんで言葉を詰まらせた。


「私…どうして……」


全く状況が理解出来ない。

物凄く急展開してる?


 いろいろ聞きたかったけど、侍女さんの押しに負けて事情がわからないまま診察を受け、薬を飲まされて休まされた。



 翌日、やっと話が聞けた。


 私はあの雨の日以来、十日も寝ていたらしい。

 たまに浅く起きては寝ての繰り返しだったので、十分な栄養や水分も取れず、体力的に危なかったとか。


実際、魂が出たり入ったりしてたからね。

いくら重症の風邪でも普通はあんなこと起こらないよね。やっぱり違う世界を渡ってきたからかな?


 それから驚いたのが、その間に後宮は閉められたってこと。あれだけ賑わせていた姫君たちは全員帰されたらしい。

 それに、これ大切、今回の大騒ぎの原因になった護衛の人も無事仕事に復帰し、元気にしていると教えてもらった。私との関係を厳しく問いただされ、全く身に覚えがないと必死に訴えたが、自宅謹慎にされていたらしい。本当に悪いことをしてしまった。でも、よかった、よかった。



「ユーリ、私の誤解で酷い事を言ってしまい、本当に申し訳なかった。お前の姿を見つけたときは胸の潰れる思いだった。こうして私のもとに戻ってきてくれて、どんなに嬉しいことか。」


 ベッドで体を起こす私の横に寄り添い両手で手を握って、エメラルド色の瞳を揺らしながら許しを請う王様。


「王様、誤解が解けたのなら良かったです。もう大丈夫ですから……」


私の心は壊れていなかった。

あの雨の日、あんなに痛くて痛くてたまらなかった心は、いまはまた綺麗な色を取り戻して、私の中でふわふわとちゃんと浮いているような、そんな感じ。

多分、私が暗闇でウロウロと迷っている間、王様がずっと、言葉で、キスで、涙で真心まごころを私にそそいでいてくれたからだと思う。


この人は本当に後悔しているし、私を大切に思ってくれている。

そんな人を、許せないわけがない。


 だから、私はその想いを込めて、王様に微笑んだ。

 王様は、私の『赦し』をちゃんと受け取ってくれたようだ。表情をフニャりと緩めた。


 王様は、私の両手を包んだまま、ベッドから降りかたわらに膝を着いた。


「『瑞兆』のユーリ姫。ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。私はディエト国の国王、エデュアード・レア・ディエトと申します。どうか私のことは、エデュアードとお呼び下さい。貴女のことを、ユーリとお呼びしてもよろしいでしょうか?」


 突然自己紹介を始めて、今更名前を呼ぶ許可を求める王様に、ポカンとしてしまった。

 王様は「ここからやり直したい。」と言って、そんな私の両手を催促するようにギュッと握ってくる。


「は、はい。王様……」


「エデュアードと、」


 黄金色の長い髪を揺らしながら、小さく首を振り訂正される。


「エデュ…アード…」


 花がほころぶような笑顔で、「はい、ユーリ。」と返事をされた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ