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とある世界のとある大陸に、それはそれは大きな王国がありました。

その王国の王様の後宮にはとても珍しい一人の少女が納められておりました―――



 開かれたアーチ窓から広大な庭を眺める少女。

 窓からは暖かな春のそよ風がそよそよと入り込み、窓辺に両手を置いて立つ少女の長く艶やかな髪と柔らかな生地のドレスの袖を揺らす。

 窓から差し込むうららかな陽光の中、スラリと立つ少女の姿はまるで春の野に咲く可憐な花のよう……


 だが、はたからはそのように見える少女の実のところは……窓辺につく両手に体重を乗せ、足元まで隠れる長い裾のドレスをいいことに片足の爪先を毛足の長い絨毯にトントンと打ち付け、はぁ~と深いため息を吐いていた。


「ここに来てそろそろ三ヶ月か…」


食いっぱぐれてないだけましだと思うしかないかな。


「ユーリ様、午後はどの様にお過ごしになりますか?」


どの様にか。何しよっかな。


「庭に…庭で読書をするわ。」


「承知いたしました。それでは外の者に伝えてまいります。」


 私の読書のために庭の木陰に席をつくってくれるのだ。

 私付きの年配の侍女さんは一礼して部屋を出ていった。


「もうそろそろ暇つぶしに限界を感じるわ。」


 私がこの国の王様の後宮に来たのは三ヶ月ほど前。

それまでは、この国の隣国に二年ほど住んでいた。ではその前はと言うと…それまでの十五年間はこことは『別の世界』、日本に住んでいた。

 いま十七歳だから、本当なら女子高生を満喫していたはず。

 私は日本の某県でごく普通の中学生だった。

 交通事故にもあっていない、病気にもなっていない、神様にも会っていない、悪魔も呼び出していない、召喚もされていない。

 なのに、気付けばこの世界にきていた。


「いま思ってもあの時のアレはほんとにラッキーだったよね。」


 森の中で気を失って倒れていた私を見つけてくれたのは、猟犬だった。

 ちょうどその森で王家主催の狩が行われていたのだ。

 普通なら不審者で捕まるか、行き倒れの平民扱いだ。だが、私は直ぐに王家に引き取られ最高の治療と待遇を受けることが出来た。

 理由は、容姿。

 黒の髪と黒の瞳。

 日本でありふれたこの『黒い』容姿はこの世界では『瑞兆ずいちょう』らしい。一言で言えば縁起のいいモノ。日本でも古くにあったみたいだけど、白鹿さんとか白蛇さんとか。


 とにかく最初に気が付いたときは、それはそれはビックリした。お城やお城の窓から見えた街並みが、超有名魔法少年の成長を描いた映画にそっくりな雰囲気だったから。

 まさか異世界にトリップしたなんて思わないから、はじめは素人をターゲットにしたドッキリ番組だと思い込んでいたぐらいだ。

 瑞兆様、瑞兆様、と言って、私にあれこれ世話をやいてくれる女性たちを「スタッフさんでしょ?すごい完成度だね!」なんて目で見てた。

 でも、それが数日になってくると、あれ?あれれ?いつネタばらしするの?ってなってきて…

 あらためて、よくよく話を聞いたら、大混乱!!

 数日たってからの私の混乱ぶりに「今さら!?」っていう反応だったけど、とても丁寧に対応してもらった。感謝、感謝。

 それからは、王家の保護の元、この世界のこととか、国々のこととか、生活習慣のこととか、礼儀作法などいろいろ学ばせてもらってたわけ。気の良いおじいちゃんみたいな王様が治める農業国家で、国全体がのんびりとしたいいとこだった。そして、二年が経つころ、そろそろこのままって訳にいかないかなって思い始めた時、状況が急展開した。


 隣の大国の王様が新しく即位したのだ。

 王様は二十代とまだ若く、即位とともに近隣諸国はこれぞと言う姫君たちを差し出した。

 私がお世話になっていた国からは私が出されることになった。大国の王様の即位が近いのがわかっていたから、もともとそうするつもりだったのだ。


おかしいと思ったんだよね。祈れ!とか、戦え!とか、癒せ!とか言われないし、「君はね、黒ってだけで縁起モノだからいてくれるだけでいいんだよ。」なんてのほほんとした言葉を真に受けていたら、まさかの、嫁げ。

でも、文句を言うつもりはない。むしろ恩返しのつもりであっさり承諾した。


「美味しいもの食べてゆっくり暮らせればいっか。十七歳にして老後って感じだな。」


初めはね、若い王様!?って浮き足立っちゃったよ?やっぱり。私だってお年頃だし。容姿の稀有さも結構強みになったりして!なーんて。


「でもあれはないわ。思い出したらまた涙が出てきた。」


あれは、三ヶ月前の…


「ユーリ様、お庭の用意が整いました。どうぞお出ましを。」


あーはいはい。

ちなみに私はここでは、ユーリと呼ばれている。日本名が、有理ゆうりだから。


「ありがとう。」


「ユーリ様にはいつも感謝の言葉を頂いて恐縮です。」


「まあ。当たり前のことだわ。では、行きましょうか。」


 私の付きの侍女さんはこの年配の女性を入れて三人いて、夜中も含めてローテーションで勤務しているらしい。夜中は寝ずの番だそうだ。庭に出ると護衛が三人もつく。


 後宮、ここは妬み嫉みが渦巻く魔窟。

 王様の寵を争って殺るか殺られるかの世界だ。

 稀有な存在としてここにいる私は格好の獲物。相当ヤバイ立場だと思う。それはこの場所からもわかる。

 私のいるここは通常の後宮の部屋とは違い、同じ敷地内にありながら、一戸の独立した邸宅のような作りになっているからだ。


「隔離されているのにこの警戒って、どんだけ危ないんだ?私。」


 出入り出来るのは後宮とを繋ぐ一本の廊下だけ。広ーい庭の周りは高い塀に囲まれているらしい。

 さらに、生活の全てがここで完結するように、必要な設備や施設まで整っている。食事も邸宅の厨房で作ってくれているから、毒が混ぜられる心配もなく出来たて熱々を食べられるのだ。


 庭へ出ると、木陰に作られたテーブルセットの上には銀製のティースタンドと紅茶のセットが用意され、椅子も四脚用意されている。

 ティースタンドにのせられた色とりどりのケーキはもちろん邸宅の厨房での作りたてだ。


「どうぞお好きな席にお座り下さい。それから本も何冊かご用意致しました。」


「どれも興味深いわ。ありがとう。しばらくここで過ごすから一人にしてくれる?」


「畏まりました。では、御用の際はテーブルの鈴をお使い下さい。」


「ええ、そうするわ。」


 侍女さんは邸宅の中に入って行った。と、見せかけて鈴が鳴れば直ぐに対応できるように姿が見えないところで待機しているのだ。初めてのとき、「うわー鈴だー、お姫様みたーい!」って喜んでリンリン鳴らしたら直ぐに「御用は?」と来たのでたいへん恥ずかしい思いをした。


 護衛は、動きやすい軍服のような黒い制服を着ていて、警備している姿は物々しい。

 この世界には銃がないので、みんな帯剣している。

 この人たちは侍女さんのように下がってくれない。程よい距離をとっているし、制帽を目深く被っているので不躾な視線は感じないからいいけど。

 以前、三人とも制帽から見える顔下半分からかなりの美形が期待できたので、挨拶がてら目元を見てやろうと覗き込もうとしたことがあった。そしたら侍女さんに、コラ!何やってんの!あんたは王様の後宮にいるんでしょうがっ!というような主旨のことを優しーく、お上品に言われた。


いいじゃん!お年頃なんだよ!王様がアレなんだからちょっとくらい潤いちょうだいよ!と思ったものだ。

王様がアレ…そうそう、全ては三ヶ月前に……


「ユーリ様!!」


うわぉ!びっくりした!侍女さん?どしたの!?


「直ぐにお部屋にお入り下さい!たった今、後宮の大廊下にて陛下が何者かに襲われたそうです!」


「なんですって!!」


 バン!とテーブルに手をつき、立ち上がった拍子に椅子がひっくり返ったが気にしていられない。


王様、真っ昼間から後宮!?いや違う、王様に何かあったら…王様に何かあったら、私……食いっぱぐれるじゃないか!!


 二人の護衛が素早く私の左右に立ち、室内へ入れようと、私の手を取り背中をグイグイ押してくる。

 だが、私は日頃の猫っ被りをかなぐり捨てて、それを振り切り走り出した。

 私の豹変ぶりにみんなが唖然としているうちに後宮へ繋がる廊下を目指して走った。

 後ろから私を必死で呼ぶ声が聞こえる。

 後宮へ繋がる廊下を三十メートルほど走ると後宮の大廊下が見えた。


 大廊下のかなり先に人だかりがあった。

 後宮の姫君達が「陛下!陛下!」と口々に甲高い声を上げ、後宮の護衛官たちが「お下がりください!お下がりください!侍女たち!なんとかしろっ!」と声を荒げ追っ払っている。


すっごっ!大騒ぎだな。王様は?………いたっ!


 人だかりの中心ですっと立っている人物。

 三ヶ月前に会ったっきりのこの国の王様だ。

 身長がかなり高いので遠目でも姿がよく分かった。


たしか百九十センチから二メートルぐらいはあったよね。相変わらずの美しさだ。

怪我は無さそう、よかった。

顔が無事でなによりでしたね。


 王様は長身で肩幅のあるガッチリしたまさに男性といった体格をしているが、黄金色のさらさらとした長い髪が腰までとどき、顔がクールビューティーな女顔をしている。

 つるすべな白い肌、切れ長の目にはエメラルドを嵌めたような緑色の瞳。鼻は高く、唇は薄過ぎず見た目でもしっとり感が分かるピンク色。


アレは絶対お母さん似だな。あの体格であの顔って…


「合ってないわ~」


私の好みとしては顔は精悍であって欲しかった。あんなに美形なのに、ホントの本気でドキリともしない自分にびっくり。

ま、とにかく、


「無事でよかった。」


大丈夫そうだし戻ろっと。


 すでに追いつていた侍女さんと護衛三人を振り返ると、彼らは大廊下の先を見て固まっている。どうしたのかと彼らの視線をたどると…王様がこちらを睨みつけていた。それはそれは恐ろしい形相で。


怖っ!!


 見なかったことにして、慌てて侍女さんたちに視線を戻す。


「だ、大丈夫そうね。何だかお怒りのようだから、も、戻りましょうか。おほほほほ。」


 固まっている侍女さんと一人の護衛の腕を取って、四人を促しそそくさと戻った。



 部屋に戻ってからは侍女さんたちに怒られることはなかった。

 むしろ、四人ともさっきの王様の顔にショックを受けているようだったので、彼らを休ませてあげるためにも、「しばらく部屋で休むから一人にして。」と言って篭ってあげた。


「あの日以来か…凄く怖い顔してたけど、何で?ま、まさか追い出されないよね?」



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