猛暑
季節は夏、ジリジリと照りつける太陽。風も弱くて温室にいるような暑さにイグドシア学院の訓練生達は疲れたような表情を浮かべていた。
私もモフモフの毛皮が災いして体温が異常に高くなっているのです。ハッハッハッ……!と呼吸を荒くしてグッタリしていました。また、喉が乾くために水を飲み過ぎて水っ腹になったことで危機感を覚えました。まるで妊娠したかのように膨れるお腹が情けなくて、美しさが半減どころの騒ぎではなかったのです。
「おい、ウルウ……あんまり近寄るんじゃねぇよ。暑苦しいだろうが。」
『ヴゥゥゥ……』(な、なんて男なの!?)
室内でだらけていたライトが私を鬱陶しそうに追い払おうとするので、鼻の皮に皺を寄せて唸ってしまう。散々、乙女の毛皮を触りまくっていたくせに用無しになれば切り捨てるのね!!
「ライト。いくら暑くてもウルウに八つ当たりするな。暑いならお前が部屋から出ていけ。」
「……すまない。けど、暑くて仕方ないんだよ。それに気分が悪くなってきたぜ……。」
『クゥン?』(本当だ、顔色が悪いみたい。もしかして熱中症になったのかも……)
少し顔色が白くなっているようにも見える。それに汗もあまりかいていない。出す汗が無くなってしまったのかも。
『キュウ!クォン!』(ヴォル、ライトと一緒に医務室に行こう!このままだと危ないわ。)
「その、熱中症とやらか?」
『クォン!』(そうだよ。熱中症は体にある塩分が足りなくなって、水分バランスが崩れてしまう症状なの。塩分がないと汗もかけないから体温も調節出来なくなるし、水分も吸収出来なくなるわ。)
「分かった。……ライト、医務室に行くぞ。」
意識が朦朧としているの化、ぼ~っとしているライト。しかし、鍛えているとあって体は動かすことが出来るみたい。フラフラしながらヴォルに支えられて医務室に向かった。
《医務室》
医務室に到着した私達。しかし、そこは満員で人で溢れていた。
「皆、熱中症になったのか……。」
『キュウ?』(ねぇ、さっきから全然人が減らないよ?どうやって処置してるのかしら?)
「治癒魔法で治すのが一般的だ。後は薬などで補うが……。このままだと手遅れになりそうだな。」
『クォン』(私が言った方法で何とかならないかな?)
「塩を使う方法か?」
『キュウ!』(うん。後、砂糖と水、氷とか必要。医務室だけじゃ足りないから食堂にも頼みたいわ。)
「分かった。中の治癒術士に話してみよう。ライトを見ていてくれ。」
ヴォルは混雑の中に消えていった。
私は伏せした自身の前肢の間に抱え込み、氷魔法で自分の体を冷やし、冷気を周囲に発散させた。つまり私自身を氷にしたのだ。
これで少しはマシになったと思う。本当は狐火を氷属性に変換させて、皆を暑さから守ってあげたいと思う。けれど、私に宿る魔獣の血がそれを抑制するのだ。
ヴォルにライトを見ておけと【命令】されたのだ。だから私はライトを何としても生かさなければならない。だからライトをこうして守るのだ。
『クゥ……』(ヴォル、早く戻ってきてよ……。)
次第に私の周りに集まりだした人間達に困りながらヴォルが戻るのを待つのだった。
一方、混雑した医務室の中へ進んだヴォルティスは治癒術士を探していた。
広い医務室の中にはベッドが20程備えられているが、全て満員で、更には床下にも病人が所狭しと寝かされていた。
「思ったよりも酷い状況だな……。」
教官や上級生も駆り出されて、処置に奔走していた。それでも現状は良くならない。
早く探さねばと周囲を見渡すと、奥の薬棚の方で薬湯を作っている治癒術士を見つけた。とても忙しそうで、時には指示を出しながら忙しなく動いていた。
「すみません、そのままでいいですので話を聞いていただけませんか?」
「何だね、私は今は手が離せないのだ。悪いが順番なら守ってもらわんと……」
「いえ、皆の症状に効果のある治療法を教えますので、それをやって欲しいのです。」
「……君は私を誰だと思っている?国に認められた治癒術士だ。怪我から病に至るまで精通している私に【治療法を教える】だと?馬鹿にしているのか?」
治癒術士は作業していた手を止めてヴォルティスを睨み付けた。
よく見れば彼の目には隈ができ、髭の処理もされていない。連日の猛暑で病人が絶えなかったのが原因だろう。
医療従事者は何事にも冷静でいなくてはならない。
だが、ヴォルティスの言葉に苛立ちを抑えられないほど彼は追い詰められていたのだ。
「馬鹿にしてなどいません。ですが、私の言い方にも問題があることは認めます。申し訳ありません。」(冷静さを失っている。これ以上言っても協力は望めないか。)
切り替えの早いヴォルティスは深く頭を下げて謝罪した後、ここには用はないと颯爽と退出した。
外にはウルウがライトを抱いて守っていたが、ウルウの周りにはびっしりと人間が群がっていた。
『キュウ!』(ヴォルティス!)
ウルウはとても嬉しそうに呼んだ。
「ウルウ、俺達だけで動くことにするぞ。」
『クォン?』(で、でも勝手に治癒術士の真似事なんかしたら問題にならない?)
「魔法は使わない。俺達に出来ることは元気な奴等を熱中症にしないようにすることだ。要は塩を飲ませれば良いのだろう?」
『キュウ!』(うん。でも、ただの塩だけじゃ飲み続けられないから、果物の汁だとか砂糖を混ぜてビタミンも多くとらせるの。こまめに水分補給と休憩させて、日陰に休ませてあげて。)
「分かった。食堂のコック達に掛け合おう。」




