人間と魔獣
クリスト君が別の道に旅立ってから早くも1ヶ月経ちました。彼が突然学院を去った事で1学年は一時期騒いだけれど、すぐに噂は鎮火していった。皆、自分の事で精一杯だから仕方ないのかもしれない。
「あいつ、頑張ってるかな」
「クリストは中々根性があるから、きっと頑張ってると思う。」
剣の素振りをしながらヴォルとライトがクリスト君の話をしていた。皆の前ではいつも通りにしていたけれど、やはり寂しいのだ。最近では、こうやってクリスト君を心配する二人をよく見るようになった。
「そういえば、夏期休暇に魔獣の特別授業が開かれるそうだよな?まだ夏じゃねぇが、今から予定を立てておくのか?」
「……その話はクルド教官に説明された。本当は二学期位に一年生全員にパートナーを召喚して授業を受けるのが普通らしい。だが、ウルウも成体になったし、そろそろ力の制御も本格的に始めろと言われた所だ。」
そうなのだ。私は魔獣としてまだまだ赤子も同然で、魔獣としての常識も抜けている。人間だった前世の記憶が魔獣としての生き方を阻害している部分があるのだ。せめて身近に魔獣がいたら良かったけど、そんな簡単にはいかない。
「力の制御もいいけど、そろそろ人化したウルウも拝みたいぜ。ここは男だらけでむさ苦しいからな。潤いが欲しい!!」
大袈裟に天に向かって叫ぶライトに私とヴォルは白けた視線を向ける。
「悪かったな、むさ苦しい男で……」
無表情に言い放つヴォル。
「いやいやいや!お前はむさ苦しくないぞ!その顔は男と分かっても華があるからな。」
へ……
「変態」
ズバッと切り捨てたヴォル。心なしか降り下ろす剣に鋭さが増している。私も彼から離れる。
「ッ!?オレはっそっちの気はねぇよ!」
『クォン!』(でも、その発言はそう思われても仕方ないよね。)
「全くだ。」
女好きな感じのライトだけど、まさか男の人も範囲内だとしたら私のヴォルが危険だ。
「お前は不細工よりマシだろ!隣のクラスのマルダン・ムールよりは恵まれてるだろうが!」
「彼は我が校一の怪力の持ち主で、子爵子息なんだがな。」
マルダン・ムールは隣のクラスの生徒で、怪力の持ち主だ。鍛えられた筋肉は山のようで、彼が操る大剣に耐えられる者は滅多にいない。スピードと剣技で何とか勝てるヴォルとライトだけど、マルダン・ムールとの試合は苦手のようだ。
それと、ライトが言うようにマルダン・ムールは容姿が少しよろしくないのだ。何というか、目付きが鋭くて、ゴツい顔をしているからゴリラのようで……。よく言えば男らしい。悪く言えば不細工なのだ。ヴォルやライトのような美しく華のある美貌とは性質が違う。女の子の好みが左右するだろう。私は勿論、ヴォルが一番だけどね。
『キュウ?』(それで、特別授業は受けるの?)
「お前はどうしたい?俺はお前の考えを優先させる。」
『キュウ』(私、もっと強くなりたい。強くなってヴォルが自慢できるパートナーになりたいから。)
「そうか。」
実を言うと、成体になってから自分だけで修行するのも限界だったのだ。もっと技のバリエーションを増やしたいし、体力や戦闘技術も高くしたい。後、人間にもなりたい。どうも人間になるにはコツがいるらしい。いくら変化しても人間になれないのだ。
もし、人間になれたらヴォルとどこかに遊びに行きたいな。
「そこ、甘い雰囲気出してるけどお前らは魔獣と人間なんだからな。」
「……愛するのに種族は関係ない。」
「お、お前な~、『気狂い王』みたいになるつもりか?報われない恋愛は身を滅ぼすぞ?」
「そんな二の舞などするわけないだろう。」
「本当かよ?頼むぜ親友。お前まで居なくなられたらオレが気狂いになっちまうからな。」
弱気を断ち切るかのようにブォン!と剣を降り下ろしたライト。その直後、訓練が終わり直行で寮に帰った。
ヴォルが思わせ振りな発言するから誰もが勘違いしてるけどね、私達は種族を超えた恋愛なんてしていない。そんなの不毛だからね。
この世界では人間と魔獣の婚姻はタブーとされている。理由は先程ライトが言っていた『気狂い王』が原因だ。
気狂い王は魔獣と婚姻した古の王だった。彼はパートナーの魔獣を愛し、正妃とした。しかし、周囲は魔獣の王妃を認めなかった。いくら理性のある魔獣でも化け物に違いはない。王家に化け物の血を入れるのは決して許されないと。
けれど王は『愛するのに種族は関係ない。私は正妃を永久に愛する。』と宣言し、正妃を護った。
しかし、幸せは突然壊されることになる。
王妃である魔獣が何者かに殺されたのだ。歴史の研究者によれば王妃は王の子供を身籠っていて、力を使えなかったから簡単に殺されたのだと説いている。けど、もしかしたらシンクロームの能力者に殺されたのではないかと私は思う。まあ、真実はさておき、王妃は殺され、王は悲しみのあまり気狂いになった。その膨大な魔力で騎士達を操り、近隣諸国を破壊し続けた。それはこの国の初代国王に止められるまでずっと続けられていたという。
その事から異種族との婚姻は禁忌とされ、法で定められているのだ。
『キュウ』(確かにヴォルの事が好きだけど、結婚出来るなんて思ってないもの。……まあ、魔獣とも結婚する事も考えてないけど。)
変に人間の記憶があるから魔獣とは結婚出来そうにない。少なくてもヴォルとパートナーでいるうちは結婚なんて考えてないからいい。
でも、いつかは……と、そんな不確かな未来を考える。
まずは人間になれることとレベルアップすることが第一目標だ。
早く夏休みにならないかな?




