分かたれた道
理事長室から退出した私達は無言だった。私はヴォルの後ろから付いていきながら三人の背中を見ていた。とても、寂しい背中だった。
寮に戻るとクリスト君は一人で考えたいと言って自分の部屋に戻ってしまった。それを見送った後、「ドン!」と音がした。振り返るとライトが右手で壁を殴っていた。
「何だよシンクロームって!女神の反逆者って何だよ!折角、あいつが騎士を目指そうって考えた所だったのに!!」
顔を歪めて吐き出すように叫ぶ彼に何も言えなかった。私は皆の……ヴォルの悲しみが伝わって縮こまっているしかなかった。ヴォルのベッドの上で丸まって二人を見守るしか出来なかった。だって、シンクロームの凄さは私が体験したのだもの。あそこまで私の心に入ってきたのは凄いとしか言えない。理事長の話が本当なら神官クラスのシンクロームは簡単に魔獣を傀儡に出来るということになる。背筋が粟立つのを抑えられない。
けど、クリスト君自身の事を嫌いになったわけじゃない。私は彼の人柄、優しさを知っている。とてもいい少年だ。彼が理事長の言う反逆者になるとはとても思えないのだ。でも、異質な力を持つことは孤独を抱えることになる。私が母親に捨てられたように……。
「ライト。クリストは恐らく神殿に行くことを決めると思う。」
「お前はそれでいいのかよ!あんな力なんて使わせないようにすれば騎士になれるだろ。」
「そうだな。けど、クリストはずっと不安と孤独を抱えながら生きていかなければならなくなるんだ。反逆者という不名誉に怯えて、周囲に明るみにならないかと怯えなければならない。そんなことクリストが耐えられると思うか?」
「……あいつは、寂しがりだ。そして、人一倍皆と同じでいることに拘りがある。いつも人の顔色を伺って無理してオレ達に合わせようとしていたんだ。シンクロームなんか抱えていたら、自虐的になるだろうな。」
二人の雰囲気が少しずつ落ち着いてきたのを感じ取った私はソッと顔を上げた。
「俺もクリストと共に騎士になりたかった。きっとお前と三人で任務を受けて、任務明けには酒場で酒盛りするんだろう。そして、多分クリストが俺達より結婚が早いんだろう。友人の結婚式に呼ばれて仲人になって……。そんな未来を思い描いていた。」
ヴォルの未来想像を初めて聞いた。何だか貴族にあるまじき想像に笑えた。
「それはいいな。けど、クリストが結婚が早いのか?」
「俺もお前も結婚には興味がないだろう?人間の汚い部分を見てきたのだから。」
「……ああ。」
「俺は友とウルウがいるなら伴侶などいらない。だから結婚に関してはクリストに夢を見させてもらうと決めていたんだ。」
「酷い親友だな。」
悪戯っ子のように笑い合う二人に私は呆れるしかなかった。二人とも優秀な人間で、世の平凡な男達に羨ましがられる容姿を持っているのに……。だからこそ世の乙女達は二人をソッとしておかないだろう。国のお偉いさん達だって二人の優秀な血を絶やさないために四苦八苦するだろうと思う。ある意味問題児だよ。
「俺はクリストを笑って送り出そうと思う。もう一緒に騎士になることはないが、いつかきっと共に戦うことだってあるだろう。女神の反逆者がいるなら神殿と関わってくるからな。」
「……ただの神官じゃなくて神官長か教皇にでも目指して貰うか。俺達も騎士として地位を上げてやる。国の膿を絞り尽くすためにな。」
何だかとんでもない話に発展していってるけど、二人が楽しそうならいいかな。
さて、怯えて黙っているなんて私のガラじゃない。それに、友達を放っておくなんて出来ない。私にだって出来ることはある。
思い立ったら即行動!
私はクリスト君の所へ行くことにした。勿論、覚えたての転移魔法で!
シュン!
「わっ?!ウルウちゃん!?」
『クゥーン!』(こんにちは!)
転移した場所はベッドの上でした。しかもクリスト君は仰向けで寝ていたようで、私がその上に覆い被さるように出現した状態でした。
目を丸くして驚いている彼に悪戯心を刺激されて、そのまま伏せて覆い被さった。
「わあっ!?(ふ、ふかふか!モフモフだっ!)」
『キュウ』(ふふふ……モフモフの魔力に誰も敵うまい。たんとご堪能あれ。)
苦しそうにもがきながらもちゃっかり堪能しているクリスト君。ジタバタとしていたが、やがてピタリと大人しくなった。
「……僕ね、ずっと騎士に憧れていたんだ。」
『キュウ?』(どうして?)
「僕の故郷の村には悪徳領主一族が治めていたんだ。領主一族に重い重金を課せられて、税を払えない人達は奴隷にされたり、売り飛ばされたり。」
『キュウ』(なんて酷い領主なの!)
「皆、未来に絶望していたんだ。でも、一人の騎士に僕達は救われたんだ。その方はここの卒業生で優秀なお方だった。陛下に任命されて一族長姫の娘と結婚して当主となった。それから一族の膿を一掃して僕達に光を与えてくださったんだ。」
話を聞く限りじゃ、その結婚には政略があるのは間違いはない。民を苦しめた領主一族に同情の余地はないけど、その騎士とお姫様に愛はあったのかな?それで幸せなのかな?
「ウルウちゃんの心配も無理はないよ。でも、今の領主夫婦は幸せそうだよ。新しい領主様はとてもお優しい方で、我が儘で噂だった奥様を更正させたんだ。だからなのかな、僕の村の男達の憧れの存在なんだ。恐妻を手懐けた男としてね。」
『キュウ……』(それはどうかと思うけど……。でも、二人が幸せなら良かった。その騎士って凄い人なんだね。)
「うん。だから僕も同じような境遇の村があるなら力になりたいって思ったんだ。領主様のようにとはいかなくても、何か出来るはずだって。……でも、僕はシンクロームなんだよ。女神様に反逆する能力者なんだ。」
ポタポタと涙を流すクリスト君。
「僕は女神様に反逆する意志は決してない!でも、この力はシンクロームで、消しようもない事実なんだ。逃げようかと思ったけど、何かねヴォルティス君やライト君、そしてウルウちゃんの事が頭から離れられないんだ。君達から立ち向かうことを教えてもらった。逃げるのは男としてあり得ないんだって。」
嗚呼……。クリスト君は決意したんだ。
「僕は神殿に行くよ。行って、力の制御を学んで神殿で最高の神官になる!そして、騎士になった二人を助けてあげたい。救いを求める民を助けてあげたい!」
『キュウ』(うん。クリスト君なら出来るよ。絶対出来る。)
「ありがとう。」
クリスト君が決意したその日、彼は直ぐに理事長に神殿に行くことを伝え、神殿に旅立っていった。ヴォルとライトに握手を交わすだけの短い別れだった。
三人には何も言葉はなかった。けど、交わした握手に強い絆と約束をしたんだろうなって思う。だって三人ともいい顔をしていたから。
(いつか、また会おう。)
(次に会う時はお互いに成長した時だ。楽しみだぜ!またなクリスト!)
(今度会えるときは二人に並び立てるような神官になってみせるよ!それまで、お元気で。)




