魔獣理論で生きた標本になります。
魔獣理論とは、魔獣の生態や魔獣使いの心得を初心者に説く理論である。一年生はまず、魔獣の性質、性格、種族、生態を詳しく勉強していくらしい。
だから魔獣の本体を使った授業なんてしないはずなのに……
「魔獣には様々な種類がいるが、この白チビのように突然変異か新種が発見されることがある。」
そう、クルド教官は私を教本に使って授業をしているのだ。
思えば数時間前。私はいつも通りヴォルの机の上で大人しくお座りしていました。お行儀良く、上品に背筋を伸ばしてね。ヴォルも私の頑張りを苦笑しながら応援してくれていたし、誉めてくれたんだ。だから今日も大人しく頑張ろうとしていた矢先、あのクルド教官が私を片手でむんず!……と持ち上げたの!!
『キュキュウ~~!!』(は、離して~!!ヴォル助けてぇ~!!)
「クルド教官、私の魔獣をそのように乱暴は止めてください。」
ジタバタと暴れるが、クルド教官の大きな手にすっぽりと収まってしまった私の身体はびくともしなかった。ヴォルも抗議してくれるが、教官はジッと私を凝視するだけで離してくれそうもなかった。
「この白チビが噂の新種か。偉く別嬪な魔獣だな。尾も九本あるとはな。」
『キュウ!?』(白チビって私の事!?)
別嬪と言われて悪い気はしないけど、白チビは聞き捨てならない。私にはウルウという立派な名前があるのに!
後に思い出すんだけど、魔獣は主人か認めた人間にしか名前を呼ばせないらしい。だから私は本当に規格外なんだって。
「ちょうど良い。おい、白チビ。お前、ご主人様を手助けしたくねぇか?」
『キュ?』(手助け?)
暴れるのを止めた私を見て、更に悪い笑みを浮かべるクルド教官。ライトさんに後から聞いたんだけど、「悪漢と捕らわれた哀れな小動物にしか見えなかったぜ。」と評価を頂きました。では勇者はどうして助けてくれないのでしょう?勇者は正義の味方なのに……。まあ、冗談はこの位にするとして、クルド教官の提案というのは私を生きた標本として使わせてほしいというものだった。
本物で成体の魔獣標本は滅多になくて、博物館か王宮の資料館にしかないそうだ。
まあ、私は基本大人しいですし、他人にも寛容ですから白羽の矢が立ったらしい。これが私が標本になった理由です。
「この白チビは規格外だから参考にはならねぇが、他人が魔獣に気安く触ると悲惨な目に遭うぞ。だから決して触らないようにな。」
いやいや、教官は私の事を撫で回してますよね?
「この白チビは小さくてそうは思えないかもしれんが、最上級の魔力を持っている。ヴォルティスはいい魔獣とパートナーになれた。魔力が高いほど騎士としてはこれほど有難いものはない。」
私って最上級の魔力なんだ。ヴォルの助けになるなら良かったって感じかな。足手まといにはなりたくないもんね。
しかし、クルド教官は遠慮なしに私を好き勝手しまくりですよ!私が魔獣だからまだセクハラになりませんが、元人間の女としてはクルド教官の印象はセクハラ親父です。
三時間もの授業が終わり、ヴォルは颯爽とクルド教官から私を救出してくれました。
『キューンキューン!』(ヴォル~!もうセクハラは嫌なの!教官に撫で回されて、私、私はもうお嫁に行けないわ!)
「心配するな。俺はどいつにもお前を嫁に出すつもりはない。俺が一生養ってやるから問題ない。」
真顔で魔獣相手に言い切ったヴォルティス。流石のクルド教官やライト、クリストは呆れていた。
「ヴォル。お前な、魔獣相手と何しようとしてんだ。まさか、お前は一生結婚するつもりはねぇのか?」
ライトさんはある種の危機を感じたようで、ヴォルに結婚する気はないのかを聞いた。
「ウルウがいれば嫁などいらんだろう。」
「うわ~……ヴォルティス君はウルウちゃん一筋なんですね。種族を超えた愛を実現するんですか?」
クリスト君。何で何にも思わないのかな?魔獣と人間が結ばれることなんてあり得ないんだよ?同じ人間としてヴォルがおかしいと思わないのかしら?
ライトさんはヒクヒクと表情がひきつっていました。あまりに堂々と宣言されたものだから何も言えないって感じかな?
『キュウ。キュウ?』(ヴォル。冗談は止めてあげなよ?今は結婚するつもりはないでいいんじゃない?私と一緒になるなんて公言してたら周りから浮いちゃうよ?)
ヴォルの言葉は嬉しいけど、彼を人間の世界から外したいとは思っていない。誰がそんなことを望むものか。私は人間のヴォルを好きになったのよ。今のヴォルが一番大好きなんだからね。
「冗談は言ってないつもりなんだがな……」と、ボソ……と呟いたのを聞いてしまった。「あんた本気だったのかい」と私まで呆れた。
「……嫁問題は騎士になった後からでもいいか。それより知れば知るほどウルウが規格外の魔獣か実感するな。」
「本当ですよ。歴史を見てもウルウちゃんのような優しい魔獣はいないと思います。」
『キュ……』(誉めてるのか馬鹿にしているのか分からない感想だね……。)
「二人は馬鹿になどしていない。逆に好意を持っているくらいだから気にするな。ただ、あまり他人に懐かないでくれ。もし、悪意を持った人間に拐われでもすれば大変だ。人間は二人のように良い奴とは限らないから覚えておいてほしい。」
『キュウ……』(う、うん。なるべくヴォル達以外に近づかないように気を付けるよ。)
そうだった。人間は善人ばかりじゃなかった。中には私を傷つけようとする人もいるし、殺そうとする人もいる。拐って売る人もいるだろう。更には私を人質にとってヴォルを思いのままに操ろうとする悪人もいるかもしれない。
優しい世界に浸っていたせいで全然自覚がなかった。ここは前世の世界とは違う。命が安い世界だ。
「まぁな。オレ達以外に近づかなければ今の所は問題ないから、今のまま純粋無垢に育て。」
わしゃわしゃと両手で私の両耳を撫で回すライトさん。くりくりと耳を回されると、とても気持ち良くて、ついうっとりしてしまう。
「ヴォルティスもカリカリしてるお前なんて、絶対心配しすぎて煩くなるだろうしな。無理に自分を変える必要なんてない。」
ライトさんって何だかお兄ちゃんみたい。見た目はちょっと不良っぽいけど、格好いいし、頼り甲斐がある。
「触り過ぎだ。」
パシッとライトさんの手を払ったヴォル。
「男の嫉妬ほど醜いものはないぞ。」
「……そろそろ限界だ。お前もクルド教官も俺のウルウを触り過ぎだ。彼女は女なんだ。みだりに乙女に気安く触れるなど痴漢行為に等しい。」
『キュ……』(ヴォル……)
私の気持ちを代弁してくれるのは感動したけど、そんな大袈裟に言われても恥ずかしくて困る。
「……本当、重症だぜ。」
「それほどウルウちゃんを大切にしてるんですよ。素敵なことじゃないですか。」
「それはそうだが、親バカならぬ魔獣バカに加えて変態だぜ。これがヴォルティス・シェライザーの実態だと世の乙女には見せられねぇよ。」
変態は言い過ぎだよ。でも、三人が私の事を心配してくれているのは伝わったよ。それにこれから気を付けていかなければならない事もね。
これからも私は三人に迷惑をかけていくだろうな。でも、こうやって成長していくのは悪くないなって思う。だって三人が好きだもん。あ、一番はヴォルだよ!
大切な三人が自慢に思えるような、立派な魔獣になりたい。そしていつか、三人の子供を今度は私が育てたいな。
だから今度は私のために人間の赤ちゃんを連れてきて欲しいよ。赤ちゃんを育てるための学習時間を作ってさ、子守り魔獣を育ててみませんかね?何なら私が一期生になるし。
どうかな……?




