心を通わす
~ヴォルティスside~
散歩から帰ってきたウルウは元気がなかった。耳と尾が萎れて、俺の枕元で丸くなり寝てしまった。
「どうしたんだ?」
『きゅ……』
弱々しい声を出すウルウに、どこか怪我でもしたのではと思い、彼女を抱き上げて診察をする。しかし、どこにも怪我1つなかった。では、何か拾い食いでもしたのかと思い、急いで医務室に向かった。
医務室に向かう途中、三年生の教官であるグルシオ教官と出会った。
「お前は確か一年の……」
「はっ!一年のヴォルティス・シェライザーです!」
「ああ。で、そんなに急いでどうかしたのか?」
「それが、私のパートナーが元気がなくて、弱々しい声しか出さないのです。いつもは元気に駆け回るのですが……。」
俺が事情を説明するとグルシオ教官は険しい顔つきに変わって、俺の腕の中のウルウを見た。
「……確かに元気がないな。怪我の有無は?」
「ありませんでした。ですから拾い食いでもしたのかと思い、医務室に急いでいた所です。」
「なら、俺が診察してやろう。これでも魔獣の専門家だからな。」
「ありがとうございます!」
グルシオ教官は国で5本の指に数えられる程の優秀な魔獣使いだ。その知識量と経験は物凄いと聞いている。教官に任せれば何か原因が分かるだろう。
診察は教官の執務室で行うことになった。中に入ると沢山の魔獣の剥製や骨、薬草、魔獣の専門書が所狭しと置かれていた。
「よし、ここに寝ような?」
小さな編み籠の中にタオルケットを敷いた物の上にウルウを寝かせた教官。その優しい仕草はとても強面の男がするような感じではなかった。教官はこの外見で可愛いものを愛する趣味があると噂で聞いていたが、間違いではなかったようだ。グルシオ教官の新たな一面を知った。
「……どうやら拾い食いのせいでもなさそうだな。どこにも異常は見当たらない。」
「でも、こんなにグッタリして……」
「そうだ。そこが異常だ。俺の経験から言わせてもらえば、魔獣の子供は人間の感情を敏感に察知するらしい。これは戦う術の無い子供が敵から逃げるために気配や感情を僅かでも感じ取るためと考えられてる。よって、ウルウはお前か、若しくは他の人間の感情に引き摺られていると思われる。」
教官の診断は俺が納得できるほど、今のウルウの状態と一致していた。
しかし、俺の感情のせいではない。俺は普段通りだったし、ライトも苛々していたが、ウルウも朝は異常はなかった。やはり、散歩している間に何者かと接触し、その者の感情に引き摺られたと考えるべきだろう。
「私や同室の者と一緒にいた時は普通でしたから、恐らく、散歩途中で出会った者の感情に引き摺られたと思います。……こんなにグッタリして、可哀想に。何か解決策はありませんか?」
「一番の方法は原因を取り除いてやる事だ。しかし、ウルウには親がいない。だからお前がウルウから原因を聞き出すことが望ましい。」
「恥ずかしながら、俺はパートナーとして未熟者で、まだこの子と会話も出来ません。」
そう、まだパートナーと会話が出来ないのだ。ウルウが子供だからと先伸ばしにしてきた自分の楽観的な判断がここで裏目に出たのだ。
「いや、正しい判断だ。ウルウは魔獣としてまだ成長途中で、余計な事をすると成長の妨げになる。……だが、この分だとそうも言ってられないな。」
そう言ってグルシオ教官は引き出しから白い水晶玉を取り出した。
「これはラウンルーの核だ。ラウンルーの事は知っているか?」
「はい。ラウンルーは別名「子育て魔獣」と言います。二足歩行で、腹部に育児嚢を持ち、自身に子供が居なければ他の種族の子供を拐い、子育てをする魔獣です。」
「そうだ。このラウンルーの核はその性質を凝縮した物と思ってくれ。この核はどの魔獣の子供とでも心を通わすことが出来る機能を持つんだ。だからこそ、異種族の子供を育てられるんだ。」
「では、これを使えばウルウと会話ができると?」
「そう言うことだ。試しに使ってみろ。」
ラウンルーの核を見るのは初めてだ。仄かに温かい魔力が伝わってくる。これなら魔獣の子供達がラウンルーに懐くのも頷ける。
「核の魔力と自分の魔力と心を同調させろ。そして、契約の媒体に魔力を流し込んでウルウに話しかけてみろ。そうすればウルウの媒体を通して会話が出来るはずだ。」
言われた通り、魔力と心を同調させて、ウルウ石のネックレスに流し込む。そしてウルウの首輪に俺の魔力が流れ込んだのを見計らって、ウルウに話し掛けた。
「ウルウ、ウルウ聞こえるか?俺の言葉が分かるか?」
『きゅ……う、うん?ヴォル?』
ヴォル、とウルウが呼んでくれた。とても可愛らしく、澄んだ声だった。
「グルシオ教官にお前と会話が出来る媒体を貸していただいたんだ。だからお前の言葉が俺に伝わってるよ。」
『ほ、本当に?本当に私の言葉が分かるの?』
伏せていた顔を上げて、驚いた表情で見つめてくるウルウ。
「ああ、分かるよ。俺のこと、ヴォルと愛称で呼んでくれてたんだな。」
『ダメだった?』
「いや、ウルウなら大歓迎さ。愛称で呼ばれたのは母上以来だ。」
本当に嬉しかった。母上が亡き後は誰にも呼ばれることの無かった愛称。きっと妻が出来ても呼ばせなかっただろうと思う。
「それより、ウルウに聞きたいことがある。どうして元気がないのか。悩みがあるなら相談してほしい。」
『……あのね、今日の散歩でクリスト君に会ったの。』
「俺の同級生のクリスト・ハルルクか?」
『うん。私のお気に入りのお花畑で泣いていたの。自分はアーノルド教官に怒られてばかりで、成長できてなくて情けないって。騎士に向いてないんじゃないかって。だから……』
「そうか、何とかしてあげたかったんだな。」
『うん……!でも、私、何も出来ないのが悔しくて、悲しくて……』
「うん。」
『考えても何も方法が見つからなかったの。だから悲しくて具合が悪くなったの。今も悲しいよ。』
「ウルウは優しい子だね。他人を気にかける事が出来る、凄い魔獣だよ。それはウルウの長所だ。(まあ、気にしすぎて短所でもあるが。)」
これで原因はハッキリした。
ウルウを悩ませているのは他の男というのは気にいらないが、クリスト・ハルルクの事についてはライトが気にしていたようだし、ウルウの悩みを解決するためにもライトを巻き込んでしまえばいいだろう。
「原因は分かったか?」
「はい。どうやら同級生のクリスト・ハルルクが悲しんでいる所に出くわしたようです。ウルウは彼を救いたいと望んでいるようですので、ライト・ビザイルと共に彼の所に行こうと思います。」
「そうか。ああ、その核はお前にやる。ウルウの成長のためにまだ無理はさせられないからな。無理矢理ウルウから会話能力を引き出せば、どこかに歪みが生じる。暫くはそれを使えば問題ないだろう。」
「ありがとうございます。」
グルシオ教官には本当に世話になったし、勉強になった。このような素晴らしい指導者の元で学べる事は幸せなことだと思った。
さて、この後はライトと話し合いをしよう。クリスト・ハルルクに対してどうすべきか、共に考えなければならないからな。
まあ、俺はようやくウルウと話せて嬉しいから、その切っ掛けを作ったクリスト・ハルルクを助けてあげようと思う。気に入らないが、ウルウが懐いているようだし、ウルウを守る人間を集めるという計画遂行のためにもクリスト・ハルルクは必要だ。
これからが忙しくなりそうだ。