気になるあの子
イグドシア学院に入学して1ヶ月経ちました。1ヶ月は長く、ヴォル達はひたすら基礎訓練だけの授業を受けさせられていました。その為か、クラス内で不満を持つ者も少なくありませんでした。
「一体いつになったらマトモな授業ができるんだ!?」と、皆さんは不満と怒りを露にし始めています。幸いにも私のパートナーは普通通りなので怯える必要もないから助かっています。でもライトさんは若干イライラしているようで、あまり近寄りたくありません。
さて、近頃の私はヴォルから離れて宿舎の中を自由に散歩するようになったのです。とは言っても3階の一年生のフロアと中庭の一部だけですが。私には充分な散歩コースです。
今日は中庭に散歩に行こうと思い、トテトテと玄関に向かいます。途中で二・三年生の先輩達が私の姿を見て挨拶してくれます。どうやら私は魔獣の子供として見守られているようで、皆さん優しいのです。
「やあ、おちびちゃん。」
「元気かチビ助」
「散歩か?気をつけて行けよ。」と声を掛けられる。
心配してくれるのはいいんだけど、「チビ」は止めて欲しい。日本では「言霊」というのがあって、言葉には力が宿っていると考えられているの。だから「チビ」と言われ続けたら、私の成長に影響を与えかねないから心配してるの。この世界の人は「霊力」の代わりに「魔力」がある。しかもこのイグドシア騎士学院の生徒は並外れた力の持ち主が多い。だから本当に「言霊」が作用してしまいそうで恐ろしいのです。
『キュウ~!』
これ以上「チビ」と言われないために皆を振り切って中庭の草むらにダッシュして飛び込んだ。
背の高い雑草が密集している草むらは私のお気に入りの隠れ家なのです。ダニとか気になるけど、「外で遊ぶ時は草むらにしろ」とヴォルから言われているから遠慮なく遊んでいる。理由は私を隠してくれるかららしい。何かあった時、身を隠せる草むらは都合がいいのですって。ヴォルって本当に私の事を考えてくれているんだなって思う。
ガサガサ……
奥に進むと花の匂いが漂ってくる。この先に花畑があるのです。色とりどりの花が一面に咲き乱れている美しい場所なの。そこも私のお気に入りの遊び場の一つなのです。
ガサガサ……
「ぅ……ぅ……」
『キュウ?』
何か聞こえました。何の声でしょう?
「ひっく……ぅっ……ぅぅ~…」
ソロソロと静かに近づいて行くと、誰かの泣き声が聞こえました。どうやら誰かが花畑で泣いているようです。
足音と草の音を最小限に抑えながら近づいてみると、小さな男の子が膝を抱えて座り込んでいました。あの橙色の天然パーマは見覚えがありました。
【クリスト・ハルルク】
ヴォルと同期の一年生だ。
『くん……』
どうして泣いているんだろう?
「ひっく……うっうっ……」
この世界に転生してから初めて人の涙を見ました。オロオロとどうしていいか迷います。
『キュ、キュウ~!』
ええい!女は度胸~!
私は形振り構わず突撃してしまいました。
ガサッ
「え、え、な、何!?」
『キュウ!キュ~!』
「え、ウルウ……ちゃん?」
クリスト君は大きい目を見開いて驚いていました。その薄茶色の目は涙に潤んでいるものの、涙は止まったようです。
『キュウ、キュウ?』
「わっ!?」
私はピョン!とクリスト君の胸に飛び込みました。クリスト君は小さくてもイグドシアの生徒だから私を落とさずに受け止めてくれました。
「ウルウちゃん……もしかして慰めてくれてるの?」
『キュウ!』
「そっか。ありがとう。」
遠慮がちに私を撫でてくるクリスト君。優しい手つきでウットリです。
「ウルウちゃんは噂通り、規格外の魔獣みたいだね。普通はパートナー以外は触らせないのに。」
それは仕方無いです。これがウルウ(私)なのですから。
「……ウルウちゃんを抱いていると落ち着くね。辛い事も今はどうでもよくなる。」
『キュウ……』
辛い事ってどうしたの?何が辛いの?
「僕はいつも訓練で最下位で、教官に怒られているんだ。教官にお叱りを受けても努力しても駄目で……もうどうしていいのか分からなくなったよ。」
ポロポロ……と静かに涙を流すクリスト君。どうやら彼は壁に突き当たっているようです。誰にも相談できず、相談する相手も居なかったのではないでしょうか。一人で悩んで泣いているから私の考えは当たっているでしょう。
クリスト君は確かにいつも訓練でアーノルド教官にお叱りを受けています。彼の言う通り、訓練の順位が最下位だからです。でも、それは彼に期待しているから怒るのであって決して本当に怒っているのではないと思う。だってどうでもいい相手に怒る事はしないでしょう?やる気のない人にはアーノルド教官は何も言わないもの。成績優秀のヴォルやライトさんもいつも怒鳴られているし。う~ん……クリスト君は自分が情けないからと思い込んでいるのよね。もっと周りを見れば自分だけじゃないって分かると思うの。
「……僕には騎士なんて無理なのかな。」
『キュキュ!』
「そんなことはないよ!」と言えたらどんなにいいか。まだ話すことも出来ない自分がもどかしい。
「今日はありがとうね。もうヴォルティス様の所へお帰り。」
何も出来なかった私は彼に促されるまま帰宅するしかなかった。
何とかしてクリスト君を励ましてあげたかった。でも、今の私ではこうして側にいてあげることしか出来ない。やっぱり、クリスト君にはお友達が必要なのだ。共に支え合える友達が。