教官と料理長
深夜、生徒達が寝静まった食堂の一角で4人の人影があった。
「何だってお前達はこんな夜中に食堂に来るんだよ。」
料理長のジーンがアルコール度数の高い酒をコップに注ぎながら不機嫌そうに3人の男達に言う。
「少しは労ってくれてもいいと思うよ?僕達は今日まで徹夜続きだったからね。」
「…酒くらい飲ませてくれ。飲んでないと気が狂いそうだ。」
二年の担当教官のアルファと三年の担当教官のグルシオが同じく酒を飲んで不機嫌なジーンに反論する。特にグルシオはかなり疲れているようで酒を水を飲むように一気に流し込んでいた。
「グルシオ、そんなに一気に飲んだら倒れるぞ。今日はそのくらいにしとけ。」
グルシオの無茶な飲み方を止めたのは一年の担当教官「アーノルド・キリスイア」である。栗色の短髪に緋色の瞳で、40代の騎士である。
「アーノルド殿もこれで五本目ですよね?」
アルファが空のボトルを振りながらアーノルドに「人の事を言えないよね?」と嫌味を言う。しかしアーノルドは全く気にしていなかった。
「お前等がアーノルドに楯突くなんざ十年は早いぜ?後輩としてアーノルドをもっと労ってやれや。」
「だから僕達が徹夜で新入生の準備を頑張ったんじゃないか!!見てよ、グルシオの壊れ具合を!グルシオは愛しのパートナ(魔獣)と触れ合えなくて、更に追い討ちをかけるように新入生の超絶可愛い魔獣に中てられちゃって……。」
アルファはボトルをダン!と叩きつけてジーンの聞き捨てならない言葉に反論する。そしてグルシオを憐れむように、その頭を撫でたのである。
アルファの言葉にジーンがグルシオの顔を覗き込むと、すぐに目を背けた。
「……末期症状だな。」
「たかが3日か4日の話だろう。鍛え方が足らんな。」
鬼畜にもアーノルドは気遣いの欠片さえ持たなかった。アーノルドにとってパートナーと会えない事でそこまでおかしくなるのが理解できないのだ。
「はぁ…アーノルド殿には期待しても無駄な話でした。でも、アーノルド殿の抜けた穴を埋めた僕達を労ってくれても良いですよね?」
「まあ、助かったと言っておこうか。だが、俺はお前達の何倍も働いてきたぞ。」
「そういや、王に命令された事って解決したのか?」
ジーンの言葉にアーノルドは一旦酒を飲むのを止めた。
「それが原因不明なまま帰還してきたんだ。」
「それって魔獣の狂暴化の件ですよね?」
「…また魔獣が狂暴化したんですか。」
今まで黙っていたグルシオが正気に戻って話に加わった。
「今回はシェライザー公爵領の近くの森だった。情報部隊の話だと公爵領の魔獣や魔物達が他の領地で出現するようになったと。調べてみれば狂暴化した魔獣が他の魔獣を食い荒らしていた。幸いにも人間には被害は出てないがな。」
「そうですか…。」
アルファは難しい顔をして酒を煽った。
「待てよ?シェライザー公爵領と言えば、新入生にシェライザーの嫡男が入学してこなかったか?」
グルシオが頭の中で引っ掛かっていた事を思い出してアルファに話しかけた。
「そう言えば…あのウルウちゃんのパートナーですよね?確か…」
「ヴォルティス・シェライザーだろう?」
アーノルドが変わりに名前を当てて見せるとアルファは驚いたように彼を見た。
「シェライザー公爵領のヤシル神官長と会ってきた。彼はかなりの実力者だしな。彼から興味深い話を聞いてきたんだが、魔獣の狂暴化が発覚する前日にヴォルティス・シェライザーのパートナーが神殿に来たらしい。」
「それって…」
「しかも聞いてみればソイツは新種か亜種らしいじゃねぇか。魔獣の狂暴化に新種か亜種の魔獣の子供が保護されるなんて都合の言い話はねぇだろ?」
「確かに有り得ない話ではある。そもそもシェライザー公爵領は太古の森があるとはいえ、親の庇護が必要な子供が都合よく人間に拾われるとは考えられない。」
グルシオは魔獣について詳しいので、アーノルドの説に同意する。
「でもよ、ウルウは生肉も食えねぇ魔獣だぜ?お前が倒した魔獣は他に子供はいなかったのか?」
ジーンは夕食時にウルウと出会ってい、実際間近で見ていたし、身体を簡単に調べたのだ。もしアーノルドが倒したのがウルウの親であった場合、生肉が食べられないのも頷けるし、今後のウルウの動向を監視しなければならないと考えていた。親が狂暴化したのなら、その子供であるウルウも狂暴化する可能性が考えられるからだ。
「子供はいない。アレはオスだった。子供は食われたか、最初から居なかったかだな。ヤシル神官長はリリクレア様の祝福を受けられたから大丈夫だと言っていた。だが、そのウルウという魔獣は何らかの繋がりはあると俺は思っている。」
「…そうか。まあ、俺も気をつけて見てやるよ。飯の管理は俺が全面的に管理する。生態についてはグルシオがやればいい。」
「任せてくれ。」
「じゃあ僕は生徒達に目を向けとくよ。特にヴォルティスはあの自由同盟の五人組に気に入られたみたいだしね。」
面白そうにアルファは笑っていた。
「へえ、あいつ等が後輩を気に入ったのか。珍しいな。」
アーノルドも面白そうにニヤリと笑った。
「あの五人は人間をよく知っているからね。ヴォルティスは彼等に似た境遇の持ち主だし、この学院に来た時点で同類なんだよ。ユーグもあんなに気にかけるとは思わなかった。今年は凄いことになりそうだよ。」
「それは楽しみだ。」
悪い顔で笑うその姿はとても騎士とは思えない程だった。盗賊の幹部だと言われた方が納得するほどの笑みだった。
「ヴォルティス・シェライザーか。さて、俺の生徒になったからには俺を楽しませてくれねぇとな。」
アーノルドは楽しみが増えたことを喜び、明日の顔合わせを楽しみにするのだった。




