組長な料理長と生肉デビュー
きゅ~くるるる…
スミマセン、私のお腹の音です。現在の時刻は18時を過ぎた頃です。
「はははは!!お、おかしいっ!ちっこい癖に腹の虫の音がでかいな!」
『きゅ~!』
う、ウルサいですよ!私だってはしたないと思って恥じているんです。恥ずかしくて穴に入りたいです……。
「そんなに笑うな。ウルウは繊細なんだ。…すぐに食堂に行って食事にしようか。お前は育ち盛りなのだから恥じることはない。」
『きゅう』
ヴォルはとても紳士でした。どこかのデリカシーのカケラもない最低男より女心が分かっていらっしゃる。ライトさんもイケメンなのだから、少しは女心を勉強した方が良いと思う。
さて、お遊びはここまでにしておいて食堂に向かいましょう!勿論、私はヴォルに抱き抱えられての移動です。
食堂は一階にあります。重厚な大きな扉を開くと体育館位の広さの食堂がありました。大きなテーブルが沢山並べられており、椅子も数え切れない程並んでいました。中は清潔感ある白い壁紙で、窓ガラスだから外の景色が楽しめるようです。…それにしてもいい匂いです。
「スゲェな。こんな広い食堂だとは思わなかったぜ。」
「人も何人かいるな。混む前に早めに済ませよう。」
既に人が10人程来ていました。でもこの椅子の多さを考えれば沢山人が来ることになるのでヴォルの言うとおり早めに食べた方が良いですね。
「食事はカウンターで受け取るみたいだ。」
ライトさんの視線を辿れば先輩達がコックに給仕してもらっている光景が見えます。私達も早速貰いに行きましょう!
カウンターに行くと、そこには若いコックさんが2人いて、大きなお鍋やボウルから皆の皿に盛り付けて配っています。
「すみません。今期から入学した者です。俺の他にパートナーの魔獣にも食事を用意してくれませんか?」
「は、はい!!しょ、少々お待ちを!」
若いコックさんがヴォルの美貌に見惚れていたようで、話し掛けられて緊張してしまったようだ。まあ、ヴォルに話し掛けられたら緊張してしまうよね。
カウンターから奥の方に消えた彼を待っていると、奥から大きな男の人がやってきた。
『きゅ……』
「こ、怖ぇ。」
その気持ちは分かりますよライトさん。私も怖くて縮こまりました。
「おう、話は聞いてるぞ。ガキの魔獣が寮で生活することになったとな。それがお前のパートナーか。見せてみろ。」
「はい。」
『きゅ~!?きゅう~!!』
ちょ、ちょっと!?
ヴォルは私を男に渡しました。
男はそれはそれは大きな人でして、私なんか彼の掌に収まるサイズです。
「そんなに怯えるな。俺はここの料理長のジーン・ローゼズ。毎年、寮で住むことになる魔獣と触れ合って、その魔獣に最適な食事を提供するんだ。」
ジーン料理長はまるでヤクザの組長のような強面でした。深い緑色の髪に鋭い焦げ茶色の瞳。身長は180センチは超しているだろう長身。がっしりとした体躯。筋肉も凄いです。不精髭もお似合いの組長さんみたいな人…が私の抱いたイメージです。でも、私を撫でてくれる手は優しくて暖かいのです。
「いい子だな。コイツの名前は?」
「ウルウと言います。」
ヴォルはジーンさんの事は怖くないのでしょうか?さっきから平然と答えてますよね?我がパートナーながら肝が据わってます。
「ウルウか、良い名だ。」
『キュン!』
それは最高の褒め言葉です!
「さて、お前は…そろそろ肉も食わねえとな。コイツ、肉をあまり食わねぇだろう?」
「…そうです。」
ヴォルは驚いたようにジーン料理長を見上げていました。
「え、肉を食べないのか?魔獣って肉は普通に食うだろ?」
ライトさん、それは偏見というものです。
「ウルウはハムやベーコン位しか食べません。生肉や臭みのある肉は論外です。」
「それは偏食過ぎるだろうが。だからまだこんなにちっせぇんだ。魔獣はな、血肉を食べて育つんだ。間違っても草や果物だけで強い個体に育たない。」
「だってよ?どうすんだヴォル。」
ライトさん、あまりヴォルを責めないで下さい。元は私が好き嫌いがあるのが悪いのですから。
「大きくなれば血肉の味にも慣れるだろうが、最初は苦労するだろうな。だが、甘やかしはいかんぞ。」
「それがウルウの成長に繋がるなら、俺も心を決めます。その生肉を少しずつ与えてください。」
『きゅ!?』
な、何で……。私は肉が食べられなくても生きていけるよ?強い個体になれるように修行だって頑張るわ。だ、だからお肉だけは勘弁して!!
ジーン料理長の手から逃げようと暴れるけれど、ビクともしなかった。それどころか私の抵抗を楽しそうに押さえているではないですか。
「ウルウ。ここでは食べ物の粗末をする者は誰であろうと厳しい罰が下される。国民の血税で養われているから当然の話だ。それは魔獣も変わらねえ。お前が残すというなら、お前の…」
「俺はヴォルティスです。」
「そう、ヴォルティスも一緒に罰を受けてもらう。お前の大切なパートナーが罰を受けてもいいとは思ってないだろ?」
『きゅ!?』
ひ、卑怯です!ヴォルを人質にするなんて!
……ですが、大変に嫌ですが、逃げたいですが、拒否したいですがっ!!ヴォルのために生肉を食べるしかありません。
出されたのはミルクと果物と…生肉のミンチです。
ミルクだけ少し残して果物を完食しました。残るは生肉ですが、食べずにジッと見下ろします。
「…凄まじい目つきだな。まるで敵を見るかのような嫌悪感と警戒心を感じるぜ。」
ライトさん、この生肉はまさに敵なのですよ!この獣臭い、生臭さ!それに鉄錆臭い血!こんなものを食べろと突きつけられてるのですよ!逃げようにもカウンターから刺すような視線があるし、ジーン料理長怖すぎです。
「ウルウ、少しずつ食べていけばいい。口直しにミルクに蜂蜜を入れてあげたから飲みながら頑張ろう。」
『きゅ…』
今の私はヘタレです。プルプル震えて情けないでしょう。(周囲はあまりの可愛さに萌えてます。)
でも、地球には最強の言葉があります。それは「女は度胸!」です!どんなに辛いことでも、怖いことでも勇気を出して立ち向かっていくのです。それが女の真の強さなのです。
『キュウウウッ!!』
女は度胸ーーーーー!!
この後の事は聞かないでください。私の黒歴史になりますので。皆さんのご想像に任せます。でも、言い訳をさせてもらうなら、肉は焼いたり加工した方が美味しいと言わせて下さい。現代っ子の記憶と味覚を持つ私には、血の滴る生肉はハードルが高過ぎたのです。
…次の食事が憂鬱ですが、頑張って生肉を食べます。今回は罰則が免除されたけど次はないそうなので、このウルウ、今度こそは完食したいと思います!




