あなたが存在する世界に
「……おかしいでしょ、そんなの間違ってる」
声を絞り出した。鬼灯は曖昧に頷いて、
『今では考えられないだろうな』
ぽつりと呟いた。
襲撃は反乱となる、と知っていながら(もしかしたら知らなかったのかもしれない)、忠実に上官に従う。鬼灯は、大尉は人望が厚いとか言ってたけど、……それだけで躊躇なく人を殺すことができるんだろうか。
『複雑そうな顔してるな』
「ん~……、だってさ、統率取れてるよね」
窓の外の兵士さんを指差す。彼らは忠実に命令に従い、この建物の周りを警備している。
『そうだな』
一人くらい脱走したりとか、反抗したりしないなんて驚きだ。
そこまで上官……、安藤さんを信じてるのかな。それはそれで盲目的で危ない気がしないでもない。
『陸軍だけではないが、こういう言葉を聞いたことがあるか』
「なに?」
『上官の命令は天皇の命令』
「上官の命令は天皇の命令……」
今では考えられない言葉だ、たぶん。今は天皇が絶対神という訳でもないし。
それでふと気づいた。
「ってことは、上官の命令に従ったから……、天皇にとっては逆賊になるわけ?」
『そうなるだろう』
鬼灯は全く救えないな、と口の端を上げてニヒルに笑った。
二・二六事件のことは学校で少しやったし、天皇は彼らを最初から逆賊扱いしていると聞いた。何も知らない下士官たちについてはよくわからないけれど。
私は彼らの人質という立場だから、事件が収束する頃に陸軍省かどこかへ連れていかれるだろう。そこで尋問されるだろう。
そうなれば、何故今日鈴木貫太郎の家に部外者である私が入り込んでいたのかという問題が浮上する。人質と言いつつ、訪問者が女だと油断させ隙をついて鈴木貫太郎を殺害する手助けをした、共犯ではないかと疑われるかもしれない。
そうなると厄介だ。
女の身で事件に関わったこともそうだけど、軍法会議や裁判にかけられるときには身元が判明していなければならないだろう。
なのに私には戸籍がない。この世界、この大日本帝国という国に存在しない存在だから。
「…………どうすればここから逃げられると思う?」
『いきなり何を言い出すんだ』
鬼灯がぽかんとした顔で私を見た。
「このままじゃ私が危ない」
『だろうな。……だがなす術はないぞ』
「こっそり逃げるっていうのはどうかな」
鬼灯は私の顔をじーっと見た。
『阿呆かお前は』
「アホって……そこまで言わなくても」
鬼灯は私の眉間を指でぐりぐりと押さえた。ちょっと痛い。
『逃げても事件の関係者として政府……いや、軍部が探し回るだろう。逃げきれるとは思えない』
「でもこのままじゃ」
鬼灯は私の額を小突いた。
『渡独したいんだろう』
いきなり何を言い出すんだろう。この鬼は。
戸惑いながらも頷くと、鬼灯は小さくため息をついた。
『ドイツに渡る方法を言ってみろ』
「うーん……」
陸路とか空路とかそういうことを言ってるんじゃないってことはわかる。
だけど、実際現実的な方法を考えてみると、なかなか思いつかない。
「自費で旅行って無理なの?」
『ほざけ』
「辛辣」
ぼそっと呟くと脳天に拳が降ってきました。痛い。
聞こえないように言ったのに聞こえてたなんて、なんて地獄耳なんだ。
『いいか。この時期海外に渡るには、軍の力を借りるのが一番手っ取り早い』
「ぐんのちから」
『遠洋航海練習でドイツの近くまで寄港するときに、下ろしてもらえばいい。だがな、軍から疑われると不可能になるだろう。お前は女だし未来人だから尚更だ』
女とか未来人とかを強調されるとちょっと傷つく。
『軍に恩を売っておく……それとも、軍の大物に、いかにお前の存在に興味を持たせるかだ』
軍に恩を売る。軍の大物に興味を持たれる。
あまり嬉しくない響きだ。ガラ悪いおじさんやおじいさんに絡まれるのは好きじゃない。
「どっちも嫌だなぁ」
『そんなことを言うな。……というか、お前はこのどちらの条件も満たしかけている』
満たしかけている、ですと?
私のどこにそんな要素が。
『お前は、うっかり鈴木貫太郎を首相と言った』
「……それは、そうだけど」
妄想少女の虚言癖と受け取られるのが普通だと思うんだけど。
『鈴木貫太郎をうっかり海軍大将と呼ぶなら有り得るが、首相と呼ぶ人間はいない』
「だから?」
『何故鈴木貫太郎を首相と呼んだのか、気になる人間が一人くらいいてもおかしくはない』
だからって、それが渡独に関係するとは思えないんだけど。
『まあ、その人間が大物になる……いや、もう大物か。奴に気に入られることにはなるだろうな』
大物に気に入られる? ありえない。
「それにこんな虚言癖持ちって言われそうな人間を気に入るって、どんな人よ……」
軍人さんに気に入られたくはないし。
うえ、と顔をしかめていると、
『 ねぇ、姉さん。わたしたちここに来てよかったのかしら 』
『 あなたは今改装中だけれど、よかったと思うわ 』
上から声が降ってきた。
『 そういうことじゃないの、姉さんは旗艦でしょ? もしもの時に対応が遅れちゃいけないわ 』
………………キカン?
あげいんあとがきこーなー(;´д`)
作者:執筆遅れました……。
鬼灯:だな。
作者:無事に進級できました。
鬼灯:特別クラスには入れなかったそうだな。
作者:う、うるさい。今年頑張って来年はいるし!
鬼灯:精々頑張れ。さて。ここで新キャラ登場だな。
作者:ふたりね。
鬼灯:女だな。
作者:まあね。待ちに待ったあの人が登場するよ。
鬼灯:作者が好きなだけだろ。
作者:よぉぉぉぉぉくわかってるじゃないか。
鬼灯:の割には金剛は出てこないんだな。
作者:…………使いどころがわからない……。
鬼灯:( ̄∇ ̄)ヘー…………。
作者:……2.26事件もそろそろ終わりですねぇ。
鬼灯:まだ26日だよな? 始まったばかりじゃないか。
作者:うるさい! 2.26は6話位で終わらせるつもりだったのに、今5話目だよ!
鬼灯:計画性のなさの表れだな。
作者:…………あと……いつ渡独するか決めないと…………。
鬼灯:一番重要なとこ忘れるなお前。
作者:調べ物してきます……。
鬼灯:ではまた会おう。