あなたに逢えたら
山本さんとの対談。
『 では、名残惜しいが、失礼する。貴様も、愛する人としあわせにな 』
柔らかに笑う金剛さんを見上げた。
「何でも分かっちゃうんですね」
『 ああ、分かるさ。それと――、これは、大姉様の意志であり、我々の総意として伝えておこう。貴様が望むのなら、我々はいつでも力になる 』
力強く言う金剛さんに頷く。
「ありがとうございます」
『 ああ 』
金剛さんは、すうっと消えていった。
さて――、わたしも、腹を括らないと。
「千早ぁ」
「はいっ⁉」
だるそうな声が飛んできた。振り向くと、扉に寄りかかっている霧ヶ峰さんがいた。
「綺麗だな。相変わらず」
「ええ。綺麗な方でしたね。……ん?」
「ああ、俺も見えるし聞こえるけど、何か?」
にやりと笑う。
「……山本さん、お待たせして申し訳ありません」
「ああ、構わんよ。会談の日はいつにする? 私としては早い方が好ましいが」
「では……、早いうち、というのなら、明日、どうでしょう」
「せっかちだな。まあ、大丈夫だ。また賭けをしような」
「……勝てない賭けはもうしませんよ」
「ははは、簡単に私に勝てると思ってもらっちゃ困るな」
山本さんは豪快に笑うと、軍帽を被った。霧ヶ峰さんが控えめに声をかける。
「お送りします」
「いや、大丈夫だ」
「そうですか、……では。ご足労おかけしました」
「ああ」
山本さんの姿が見えなくなった途端、足の力が抜けた。視界がぐらつき、床に倒れ込む。
大袈裟な音に、霧ヶ峰さんが鬱陶しそうに振り返って――、慌てて駆け寄った。
「じっとしてろ。暴れんなよ」
「……はい」
ぐっと身体が持ち上がる。階段を上り部屋まで来ると床に下ろされた。
「あの……、ありがとうございます。こんな重いの運んでくれて」
「いや、廊下で倒れられても困るし。つか監督不行届きで俺が相馬さんにボコられる」
「子どもじゃないんですけど……」
「今の日本のことを何も知らないで、何が子供じゃない、だ。子どもとおんなじくらいか、それ以下の知識しかないってことを自覚してくれ」
……そうでした。
「すみません……」
「あと」
「はい?」
霧ヶ峰さんは言いにくそうに視線をずらす。
「……いや、何でもない。体調管理くらいしっかりやれ」
「はぁ」
日は暮れていく。
*
「お迎えに上がりました」
「わー……何この待遇」
「どうぞ」
車を指され、戸惑う。何を話さないといけないのか、全く見当がつかない。
けれど。未来を変えてしまうようなことは言わない。決定打は撃たない。
差支えのない雑談で、終わらせる。
奥歯を噛みしめ、軍帽を深く被りなおした。
「はい。失礼いたします」
海軍省までの道のりは、思ったより長く感じた。何が原因かと言うことは分かっている。
会話が一切ない。全く、全然、ない。CD? ない。TV? ない。ラジオもない。
どうすればいいの⁉ 心中で叫ぶことしかできない。
春先だというのに変な汗をかいてしまった。
「着きました」
「ありがとうございます。……あの、次官はどこにおられるのですか」
「……あそこにいらっしゃいます」
おーい、と言わんばかりに窓から手を振っている。
車に乗っていた全員が、なんだあのおっさん的な目で山本さんを見ていたことは、彼には言わないでおこうと思いました。まる。
「何から何まですみません……」
車は音を立てて去って行った。現代じゃ考えられないほどの騒音で。
「今行きますから!」
しつこく手を振ってくるおっさんに叫んだ。
海軍省の扉を乱暴に開き、山本さんの所を目指した。
「やあ。佐和くん。奇遇だね」
「……ええ奇遇ですね。こちらから出向きますのに」
にこにこと笑いながら手を振るおっさ……山本さんがいた。
「いやいや、いいんだよ。呼んだのは私だからね。ではこっちでーす。どうぞ」
重たい音を立てて開けられたドアの向こうには、ソファと机。棚の中には本がぎっしり。
急須と湯呑み。それからお菓子。
「尋問ではないからね。リラックスしていかないと」
「……はあ」
「まあ、座って」
「失礼します」
無言でお茶を啜る音だけが耳を支配する。うぅ、気まずい。
「それで、訊きたいこと……とは」
「君は、未来から来たと言っていたね」
「はい」
「単刀直入に訊こう。日本はこれからどうなるんだ」
「お答えできません」
「それはまた、どうして?」
「それは……どうしても、です」
言葉を濁してしまう。静かに、凪いだ海のような笑顔を向けられると、どうしようもなくなる。この人に嘘を突き通せる人なんているのだろうか、と思えるほど。
「ある方と約束をしました。破ることはできません」
「約束か。ならば仕方がないが――……教えられることは全て教えてもらいたい」
「特に……何のことに、ついて、ですか」
「そうだな。君が何故ドイツに拘るのか、聞きたいね」
「長く、なりますが」
「構わん。時間はたっぷりあるさ」
「わたしは……、未来で、ひとりでした。両親は離婚し、親権の争いで、わたしはひとりで暮らしていました。その時に、ドイツの方が、……正式に言うならば、ナチス親衛隊の方がタイムスリップしたみたいで」
「たいむすりっぷ、とは?」
「ええと、つまり、1930年を生きていた人が、2017年に来たんです」
「……ふむ。了解した。続けてくれ」
「きっかり30日間、彼はわたしの家に居て、そして、帰っていきました。彼はわたしの家族みたいな、ものだと、わたしが勝手に思ってるだけなんです。……でも、また彼に会える手段があるなら、お礼を言いたいんです。わたしを、ひとりから救ってくれたから」
「名前と、住所は分かっているのか? あと、できるなら所属先も」
言うべきか否か、迷った。彼の名前を告げることで未来が変わる可能性は、ゼロではない。
けれど、誰からの制止もなかったから。
「……ザシャ=フォルクハルト。住所は分かりません。所属はSS軍医でしたが、彼は元国防軍の軍医で、……国防軍に戻りたがっていました」
「ふむ。では名前以外は分からずと言ったところか。それでも尚、諦めないのは、礼だけではないのだろう?」
じっと目を見詰められて、溜息が零れる。
「お見通し、って感じですね。理由は二つ。……一つ目は、わたしはここにいていい人間ではないから。二つ目は、まあ、勝手に恋に落ちたからですよ。わたしが」
「君は正直で良いな」
「ありがとうございます、……これで納得して、頂けましたか」
「ああ。でもまだ足りないな」
「まだ足りませんか?」
山本さんはにこりと笑った。
「君が未来から来た証拠が欲しい」
何を言い出すかと思えば……。
でも、未来のことを何も言わないで、未来から来ましたと言っても信じてもらえるわけがないか。
「……これは、いかがでしょう」
わたしは渋々ポケットの中から取り出して見せた。
「……これは?」
興味津々、といった顔つきで手の中のそれを覗き込む。
子どもみたいだ。
「スマホ……です」
「何だそれは? これは何なんだ? 教えてくれないか?」
「これはですね……えーと。そうですねぇ、未来の電話みたいなものでしょうか。あと、これで簡単に文通ができる、みたいな」
「ほう……その仕組みはどうなっているんだ?」
「……教えられません」
「どうすれば教えてくれるんだ」
「渡独させてもらえるなら」
「出来ない。少なくとも今回は」
山本さんは頬を掻いて、目を逸らす。
「今回は? 次回があるんですか?」
「……海軍の演習でな……来年の今頃、ヨーロッパを回る遠洋航海演習を予定しておる」
「それで? 乗せてくださるんですか⁈」
「それを、私に頂けたら。考えよう」
これには、友達のアドレスとか。メールのやりとりとか。好きな音楽とか。色々と入っている。やすやすと手放せないし、個人情報をこのおっさんに見せたいとも思わない。
「……ちょっと考えさせてください」
「ああ、構わん。まだまだ、時間はある。君がそう思うなら、な。では、この親爺の話も聞いてもらって良いか」
「ええ」
山本さんと対談、なんて。未来のわたしが見たらきっとびっくりするんだろうなぁ。
だって国賓ものだ。この人は。偉大な成績を残した人だ。日本の旧軍を憧れる人からすれば、お目見え出来たら卒倒しちゃうくらいの。いや、これはわたしの勝手な意見だけれども。
「正直に言おう。私は、アメリカと事を構えるのではないかと恐れている。最悪の場合そうなると予想している。そして我が国の行きつく先は、……破滅だ」
この人やっぱ凄い。この一言に尽きた。
「日本が、滅ぶのではないかと、怖れている。アメリカなど恐るるに足らんと思っている奴は、頭が足らん奴なのだよ。私から言わせればな。……私一人では、どうすることもできない。歯痒いよ、全く。……歳を取ると、こうやって行動力も衰えていくのだなあと実感している」
あなたは十分アクティブですよと言ってやりたいけど、ただ黙って頷くだけに止めておく。
「愚痴を言って済まない。私は、なるだけこの危機を日本に有利な形で終わらせたいと思っているんだ。それが日本を成長させる鍵になる……と」
「ええ。分かります。ですが、お言葉ですが、もし、言わせていただけるのなら……」
この人を怒らせたら、渡独の可能性がゼロになってしまう。
言葉に気を付けないと……。
「何だい?」
「日本は、滅びませんよ」
「……何故そう言い切れる」
真剣な声と、眼差しだった。震える拳を握り締めて、一気に話す。
「日本人が一人でも生きている限り、日本は滅びません。日本という国は、日本人が日本人の力で創りあげた国ですから。だから、日本人がその心を忘れなければ、決して。……わたしはそう信じています」
「……! 君は、日本人、だな」
「当然ですよ」
*
「う、うまく、いった……のかな」
まだ、震えが止まらない。山本さんが泣く姿が見られるなんてレアすぎる。
「やらかしたのかもしれない……! 謝りに行った方が……でも、今行っても火に油かもしれないし……どうしよう……」
「何言ってんだ」
ごん、と後頭部に衝撃が。振り返ると、厳しい顔をした、
「霧ヶ峰さん……」
「おう。お疲れ。交渉はうまくいったか」
「……駄目かも」
霧ヶ峰さんは、目を丸くした後、すっと細めた。
「そうか。まあ気晴らしに一杯いこうや」
それが、霧ヶ峰さんなりのやさしさなのか、自分がただ呑みたいだけなのかは分からないけれど。
「しょうがないですね……。潰れないでくださいね」
冗談を言えば、
「潰れるのはどちらかと言えば千早の方だと思うんだが?」
返してくれるのが、ひどく心地よかった。
あげいんあとがきコーナー☆
作者:更新ペースが落ちてきていますが、頑張って更新していきたいと思っています。何卒よろしくお願い申し上げます。
鬼灯:珍しく真面目だな。
作者:まあね~。では、時間もないので、ここまで!
鬼灯:次回をお楽しみに。
作者:ハードルあげないでよ!




