もう一度逢いたくて、会ってお礼を言いたくて
新しいキャラクターがひとり出てきます
「……佐和さん、これどうしたんですか」
翌朝。凄く険しい顔の管理人二人に問い詰められてもう逃げ出したいです。
ゆっくりと身体を起こすけれどお酒のせいか身体が重い。
「これ……と言われましても……」
「なんでこれを部屋に入れたんですかあなたは」
「そうですよ殺されたいですか」
鋭い視線の先には、わたしの下腹部に頭を乗せて眠る男性の姿が。
「っぎゃぁぁああああぁぁあぁぁぁぁぁあああっ‼‼‼」
「色気もくそもねえな」
くるりと向きを変えて、おなかの辺りに息を吹きかけながらしゃべる男性。
霧ヶ峰さん。
「あんたのせいでしょうが! 変態!」
背中を蹴り上げて部屋から叩き出しました。
「……だから南京錠を掛けろと、言ったでしょう」
大きなため息を一つついて、岩崎さんがわたしの頭を撫でた。
南京錠。かけたはずんですが。
恐る恐るドアへ近づいて、掛けていたはずの南京錠を見る。
……と。
「壊されてます!」
さすが変態クオリティ。無駄に芸が達者です。
「しょうがないですね。ではこれを……」
岩崎さんはそう言ってポケットを漁ると、すこしゴツめの南京錠を取り出した。
「今夜はこれで我慢してください」
「………………はい」
変なやり取りだ。
「ごめんくださーい」
玄関先で声がした。ばたばたと下りていく二人の背中を見送って、散乱した部屋を見回した。
ふかふかのベッド、いつの間にか取り付けられたクローゼット。
中身はいつもと変わらないわたしの洋服がかかっている。
机とテキストの山。ご丁寧に壁に白衣がかかっていた。
ベッドの上で大きく欠伸をした紅が、ちりちりと音を立てながら近寄った。
口元に何かくわえている。
「みゃう」
紅にずるずると引っ張って来られたそれは、赤いリボンがついた箱だった。
「なに、これ」
鼻先でとんと箱を押されるままにそれを開けると、中には小さな鉤十字が見えた。
「……?」
そっと手に取りだしてみると、それはいつかの軍人さんが置いていってしまったタイピンだった。それを箱の中に戻すと、紅は箱をひっくり返した。
「紅ちゃん?」
「……にゃぅう」
箱の中には、タイピンだけではなく、髑髏があしらわれた指輪が出てきた。
なにこれ。
「……趣味悪」
息を吐きながら言う。こんなものを軍人さんが付けてたなんて笑える。
こんな悪趣味なものは彼なら眉をひそめて嫌がるんだろうなあ。
すこしだけ笑いが込み上げた。
するといきなり視界に映った紅がぐいぐいと何かを押し付けた。
「リボン?」
薄ピンク色のリボンを咥えた紅を抱き上げる。
「なんだかわたし、世話焼かれちゃってる?」
鼻をくっつけて笑う。
紅の口からリボンを抜き、指輪に通して首にかける。シルクのそれは肌になじんだ。
「ふふ。現代日本だったらきっと気狂いって思われますね」
遠い昔のことのように、彼のことを思い出していた。
ザシャ=フォルクハルト。
彼は、SS軍医だった。
いきなりわたしの家に現れたかと思えば銃をつきつけられたり、セクハラ紛いなことをされたり。
でも、苦じゃない自分がいた。
もう少し一緒にいられたら、彼のことをもっともっと知れると思った。
もっと、一緒にいたいなんて、そんな贅沢なことは望まない。
気紛れで飽きっぽい軍人さんはわたしのことを覚えてはいないだろうけど、一目見て、ありがとうって言いたい。それだけ。
ほんとうに、それだけです。
「千早、行くぞ」
「ぎゃああああ勝手に入って来ないでください変態!」
人が回想モードに入っていたのに邪魔しないでほしい。
ぬっと顔をのぞかせた霧ヶ峰さんは学ランみたいな恰好だった。あ、いまは軍服なのかな。
「酷いな、変態とは」
ああ、こんなやりとりをいつかしたような気がする。
「ああ……すみません、でもほんとうに誰かさんにそっくりですもん」
申し訳なさそうに笑ってみせると、霧ヶ峰さんは目を細めた。そしてゆっくりとドアを閉めた。
「早く来ないと飯が冷める」
「はい」
白衣を肩にかけて、紅と一緒に部屋を出た。
「……ごちそうさまでした。相馬さんお料理上手なんですね」
純和食の朝ご飯。素晴らしいと思うしかありません。
「いえいえ、それほどでもありません。……ああ、皆さん今日はどうされるんですか」
くるくると器用に髪を結びながら相馬さんが言う。
「今日は営業だな」
岩崎さんが言うと、相馬さんはほんのり顔を赤くして、知っていますと言う。
「俺も横須賀に戻る予定です。ですが、上から山本本部長のところに行けと言われたので、それからになると思います」
「では、今度戻られるのはいつですか」
「二、三か月後になるかと」
「そうですか。お体に気を付けてくださいね。ああ、山陽さんはもう横須賀へ発たれたそうです」
「早いなあ……」
「佐和さんはどうされます」
「そうですね……、何をしようか迷っています。山本さんのところへ行こうかなぁ」
「では霧ヶ峰さん案内よろしくお願いしますね。手荒な真似はしないように。いいですね。大人しくなさってください」
相馬さんの眼が本気でした。顔の前で手を振り否定の態度をあらわす霧ヶ峰さんに、相馬さんがまた手荒な真似はしないようにと念を押している。
「よろしくお願いします」
「ああ、よろしく。じゃあ俺も失礼します」
霧ヶ峰さんは、外套取ってきますと言って相馬さんの部屋から引っ込んでしまった。
「わたしも行きます」
失礼しますと部屋を出ようとすると、岩崎さんが苦笑した。
「あー……、まあ、頑張れ」
何をがんばればいいのか少々不安ですが、気にしないことにします。
* * *
「……で、どこに山本本部長がいるのか知らなかったのか」
「ええ、大変申し訳ありませんでしたね」
棘のある会話だなあと思いつつ霧ヶ峰さんを見上げると、口角を少し上げている。
「楽しいんですか」
「そりゃまあ。女の子と歩けるからな」
「女性なら誰でもうれしいんですか? どこかの好色変態みたいですね」
「酷い言われ様だな。けどまあ、好みの子なら嬉しい」
「ふぅん……」
ひゅうと風が吹いた。
現代と比べても格段と寒い。この時期にはまだ地球温暖化とか問題じゃなかったんだろうなあ。
寒さに体を震わせると、霧ヶ峰さんが喉の奥で笑った。
「なんですか」
「そんな寒そうな格好してるからだろ。つうかなんでお前少佐なの」
言いながら、首に巻いていたマフラーを差し出した。
ちらちらとそのマフラーと霧ヶ峰さんの顔を交互に見ると、目を細めた霧ヶ峰さんが、
「何も取って喰おうってしてる訳じゃないんだから。素直に受け取れ」
と言うので。
「……ありがとうございます」
くるくると首に巻き付けてみる。
「ああ、なんかいいな、こういうの」
にやりと笑われましたが、意味が分かりません。
そうこうしているうちに海軍省に着いた。
遠慮なく門を潜り抜ける。
霧ヶ峰さんの案内で、今、本部長、つまり山本さんがいる部屋の前にいます。
三度ノックをして入室すると、厳しい顔で何かを読む山本さんがいました。
「おはようございます。山本さん」
ぎょっとした顔で霧ヶ峰さんがわたしを見た。彼は綺麗な海軍式の敬礼をしていた。
わたしも敬礼した方がいいのかな。
「はは、そんな口を利くのは君くらいだ。ようこそ、佐和千早くん。ああ、霧ヶ峰もご苦労だった」
軽く敬礼すると、わたしを見て微笑んだ。
「帽子を取ってもいいですか」
「好きにしなさい」
軍帽を取ると、帽子の中に押し込んでいた髪をおろす。
「何をなさっていたんですか」
「新しい航空機の案を読んでいた。飛行機は面白いよ。なあ」
「そうですね」
後に有名な戦闘機が生まれますし、という言葉は飲み込んでおいた。
話題が途切れるとまずい。
「そういえば、木更津の方に航空隊がありましたよね」
「…………は」
といったのは霧ヶ峰さんだ。振り返って彼を見上げると、全力で手を振られる。
「そんなもんないぞ」
「そんな嘘つかなくたっていいじゃないですか」
隠さなきゃいけないことなんだろうか。でも航空隊って募集とかされてたっぽいし、隠さなきゃいけないわけじゃないと思うんだけど……。
あたふたしながら山本さんを見ると、彼も唖然としてわたしを見ていた。
「どうしてそれを知っているんだ」
「へ、やっぱり軍の機密事項でしたか。どこに航空隊があるかとか、」
「……いや、そういうことじゃない。確かに木更津航空隊はある……、いや、創設予定だ」
よ、予定……。まさか。
「……ふむ、半信半疑だったが、やはり君は未来じ」
「あああああああああ‼‼‼」
それは言わないでほしい。遮るように叫んだ。けれど、恐る恐る振り返った先の霧ヶ峰さんが意地の悪そうな顔で笑った。聞こえたようです。
嫌な予感しかしません。
「……っと、これは後ろの彼には聞かせられないことだったのかな。済まない」
「…………いえ、どうせわたしと関われば、いずれはばれますし」
気にしてませんよアピールをしたけれど山本さんは済まなさそうな顔をした。
「木更津に興味があるのか。例えば誰だ?」
ああ、これは木更津から誰か有名な方が出てくるとでも思っているんだろうか。
出世間違いない、なんていうんだろう、追撃王? 撃墜王? 知らないけれど、そんな感じの人を探しているんだろうか。
「……未来に興味があるんですか」
恐る恐る尋ねると、山本さんは一瞬瞠目した後苦笑した。
「ああ、興味はあるな。面白いことも聞けそうだし」
「そうですか。でしたら、教えられません」
答えると、山本さんは途端に眉をひそめた。だって未来を変えるような発言はしちゃいけないっていうルールだし、わたしは未来を予見するようなことを言えないから。
「ふむ。どうしたら教えてくれるのかな」
「そういう、規則ですから。未来を変えてはいけないのだと」
「もうお前が来ている時点で変わっていると思うけどな」
「ああ、君、良く言った。私もそう思うが」
霧ヶ峰さんの言葉ににこりと笑った。
こちらは全く笑えません。
「わたしは教える気はありませんよ。木更津に興味があるのは……何となくです。ねえ勝利くん」
「え」
「は……えっ」
今わたし、“しょうりくん”って言った⁈ まさか。
まさか、似ているとはいえ、そんなまさか。
「ふむ。君たち、もしや」
「いやいやいやいやいやいや在り得ません知り合いに似ていただけなんです名前も性格…………も…………」
そういえば、かなり似ているかもしれない。
霧ヶ峰勝利。かつとし、としょうり、の違いだけ。
防衛大学にいて……たしか、航空科だったはず。
……何から何までそっくり。
「ふむ、面白いことを言うな。さて君たちはこれからどうするんだ」
「そうですね。家に帰って勉強でもしようかと」
家にテキストはあったはずだから。山本さんは少し笑うと頷いた。
「確か、学生だったな」
「はい」
「霧ヶ峰、お前はどうするんだ」
「上官から本部長の命に従えとのことでしたので、指示を仰ぎに参った次第です」
よく謙譲語と尊敬語使い分けられるなあ。凄い。
ぼんやりと考えていると、
「……いいね、佐和くん」
「ふえっ⁉」
「話聞いてなかっただろう。いいね、君と霧ヶ峰は一緒に行動してくれ。扱いとしては、君は霧ヶ峰の上官だ。それと今日の午後海軍省で軽い自己紹介でもしてもらう」
「はあ⁉」
わたしが海軍省にいるのは秘密のはずじゃないのか。
「勿論男として、鳴り物入りという形だ」
「どんな、職務で……」
「私の雑用扱いだろうな。専門知識もない人間が少佐というのはいささかおかしいのだが、……何か特技でもお持ちかな」
まあ専門知識はないですね。
防衛大系列ではあるから、一通りの訓練は経験しているけれど、専攻が薬学だから。
「ん……と、大学の薬学部です。今四年生でした」
「では薬学ということにしよう。今まで留学経験はお持ちか」
「いえ、ないです」
「ふむ。しょうがないな。こうしよう。薬学部生だが、今まで研究の為ドイツに留学していた……そして最近帰ってきた」
「……はい」
しぶしぶ頷くと、山本さんは退出するように促した。
「また、来てもいいですか」
「ああ、もちろんだ」
幾分と優しい声色だと思った。この人は軍の上層部にいて指示を飛ばすより、田舎にいて農家でもやっているほうが性に合うんじゃないかと思うくらい。
「次は、きっとお願いに来ると思います。善処していただければ嬉しいです」
部屋を出て扉を閉めた途端、霧ヶ峰さんに抱き留められた。
「ななななにするんですかへんた……っ」
「黙ってろ」
厳しい口調で言われ、思わず口を噤んだ。
「申し訳ありません。気分が優れないようなので」
「ああ。風邪も流行っているようだし、気を付けろ」
腕の合間から声のする方を見ると、怖い顔をしたおじさまがわたしたちをにらみつけていた。
「はい」
歯切れよく返事をするのを聞いてから、おじさまは山本さんがいる部屋に入った。
「……危なかった」
「何するんですんうっ」
口を塞がれて、強制的に歩かされました。いちいち挙動不審なんですけどこの人。
訝しむように見上げると、霧ヶ峰さんは小声で告げた。
「喚くな。喋るな。勘付かれる」
ああ。女だとわかるとまずいってことか。
わたしは海軍省を出るまで終始うつむいていなければならなかった。
「あの……ありがとうございます。無神経でした」
「気を付けた方がいい。……それと、さらしとかいる?」
「さらしですか? 何のために?」
「胸」
鎖骨らへんに指を突き付けられてたじろぐ。
「殺しますよ変態」
「いや、まるわかりだから。どうにか男みたいになれるように努力しろ」
「そんな馬鹿な。わたしは典型的な幼児体型……って何言わせるんですか。笑うな変態」
「……いや、済まん」
くすくすと笑う姿は年相応で、こんな人が十年後には死んでいるかと思うと罪悪感が胸を満たした。
「ああっ! 霧ヶ峰さん!」
「へ⁉」
突然後方から声がした。
歩みを止めて振り返ると、おさげの女の子がこちらに走ってきていた。
「桜子、ひ、久しぶり」
「そちらの方は、誰なんですか?」
セーラー服におさげという典型的な昭和美少女です。
革の鞄を持っていて、手は赤くかじかんでいた。
「あの、お持ちしましょうか」
手を差し出すと、真っ赤になってうろたえるところも可愛らしいなあ。
「ふえ、あの……」
ああ、わたし今男として接してるのか。なんか微妙な気分。
「あ、わたしは佐和千早です。えと……霧ヶ峰さん、彼女は?」
「筑紫桜子。幼馴染」
すこし面白くなさそうに言う姿に、桜子さんも頬を膨らませる。
「桜子さん。綺麗な……、名前ですね」
桜子さんの首元にもやはり、黒い輪が見えた。彼女も、戦争中に死ぬ。
「お二人はどういったご関係ですか? 恋人とか?」
すこしからかうつもりで言ったけれど、
「そんなわけないだろ、俺には千早だけだ」
「そそそそそんな訳ありません……って霧ヶ峰さん、佐和さんはその、男の……」
「冗談が上手ですね。霧ヶ峰さん」
足を踏んづけると霧ヶ峰さんは一瞬顔を歪めた。
「桜子さんは、どこにお住まいで?」
「この近くです」
「霧ヶ峰さん、家にお連れしちゃ駄目でしょうか」
「いいんじゃないか。下宿に一緒に行かないか」
霧ヶ峰さんの(顔だけはいい)笑顔を見て、桜子さんが真っ赤になっている。
「ど、どうしてもって言うんだったら仕方ないですね。同行してあげます」
桜子さんから鞄を預かると、下宿に向かって歩きだした。
「千早そっち逆だから」
「あ、すみません」
あげいんあとがきこーなー
作者:さあ、新キャラ登場だよ!
鬼灯:俺は消えたけどな。
作者:うっ……。それは申し訳ないけど。
鬼灯:キャラ紹介するぞ。
筑紫桜子
17歳、学生
黒髪をおさげにしている
性格は見た通りツンデレ
作者:現代の話もそろそろあげます。
鬼灯:そういえば、千早の現代での知り合いに霧ヶ峰って奴がいたんだな。
作者:そうそう、そのあたりの話は年内に上げます。
鬼灯:変な伏線ばっかり作りやがって。
作者:すみません。ではまたお会いしましょう!




