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「―――た、なり、た。成田、ぶつかるぞ!」
忠告に気づいたのは、ドアに盛大に頭をぶつけた後だった。だが、そのおかげで覚醒できたのだから、怪我の功名と言ってもいい。
「お前、ぼうーッとして何やってんだ?」
忠告してきたのも今のもクラスメイト兼同じバスケ部員の芳野だ。
「何って、ちょっと……今朝の、いや、考え事をしていただけだ」
といつも以上に強く言いながら頭をさする。芳野は疑わしげに「考え事ねぇ」と顔を覗きこんでくる。もしや、昨日の真尋さんとのやり取りを知っているのではないかと緊張する。
昨日のことは今思い出しても赤面してしまう。家族以外に好きだと言われたことがないし、そもそも、そんなこと言って貰えるような人間じゃない。
「お前、やっぱ変だぞ」
芳野が私に向かって手を伸ばす。それに、びっくりして身を引く。
「熱でもあるのか?」
そう言われて、改めてあの伸ばした手の意味を知って、自己嫌悪に陥る。
「熱なんてないよ。ちょっと、ちょっと気分が優れないだけ」
そう言い捨てると、教室に入る。これ以上追及されたくなかった。
芳野が私なんかに気を配るのは、私がクラスメイトで同じ部活に所属していて、私が一人浮いている―異質な存在なだからだ。それ以外に何もない。芳野が優しい人間であるだけで、私は好かれるような人間ではない。