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「今日の朝練はここまで!」
キャプテンが通る声で部員全員に言い放った。高体連に向け、朝練にも気合が入っていく。流れる汗をタオルで拭うと部室へと向かった。
だんだんと重くなっていく足取りに、しっかりしろと自分に言い聞かせた。
でも、どうしても思い出してしまう、今朝のことを。
思い出さないようにできたのはバスケをしている間だけだった。
まどろんでいる中、もう聞き慣れた声が聞こえてくる。
その声がひどく優しげで、このまま深い眠りへと誘われてしまいそう。
「一海ちゃん、朝だよ。起きて」
その声にまだ、目覚まし時計が鳴ってないじゃないと低く唸って抵抗してみる。
「一海ちゃん?」声は何かを考えるかのように間がしばらく空いた。そして、クスッと笑い声が耳元で聞こえた。
「一海ちゃん、眠り姫はキスで目を覚ますんだよね?」
――何をまた…まぁどうせ夢だよね。
人が動く気配感じる。そして、僅かにベッドが軋む。吐息を肌で感知して目が覚めた。
バサッと体を起こす。
「な、ななな」
意味を為さない言葉を吐いて現状を考えてみるが、寝起きでは何も考えられない。
「おはよう」
私の戸惑いをあっさりと無視して、美しい笑顔で真尋さんは言う。それにつられるように
「おはよう、ございます」
と返した。そこで起き抜けの酷い顔を見られたことに気づいて、軽く掛け布団を引っ張って顔を隠してみるが無駄な抵抗だと言うことは明白だった。
真尋さんは相変わらずの笑顔だ。あの言葉が夢じゃないのなら、こちらの隙を窺っているような気がしてくる。私はその居心地の悪さに目覚まし時計に目をやる。
そこで初めて、違和感に気づいた。
「な、んで……ですか?」
時計は私がいつも起きる時間を五分回ったところだった。いつもだったら、私が渋る彼を起こしていると言うのに。どうして逆のことが起こり得る?
真尋さんは私の拙い言葉から、何を言わんとしているのかを理解したようで、長くて綺麗な指で私の髪を梳かしながら、ゆっくりと口を開く。
「どうして僕が起こしに来たか訊きたいの?」
私は静かに頷く。彼の熱を感じて声を発せそうになかったから。
「誰かに起こして貰うのって、嬉しくない?」
好きな人なら尚更と付け足す。それを聞いてどう返答していいのか分からない。
「だから、わざと二度寝したり、ね」
そ、そうだよ、私が居候するまでは起きていたはずなんだよね。なんてことを失念していたんだ。里穂子さんが受験勉強云々で夜更かししているのか、なかなか起きて来ないって言うのを彼が朝弱くってと困った顔で言うから信じてしまったんだ。それで、私が起こしますって…。
クスッと笑う声で顔をあげる。「結構前から、君のことが好きだったって分かってくれた?」
昨晩と変わらぬ熱っぽい声で言われて、きっと私は耳まで紅いに違いない。
どうして私なんだろう。真尋さんは綺麗で人望もある。身長は確かに低い方だが、それだって彼の評価を下げる原因になったりしない。
「一海ちゃーん。時間大丈夫?」
階下から里穂子さんの間延びした声で呼ばれて、「はーい」と大きな声で返事をする。平静を取り戻しつつある私の顔を覗き込み、彼は私の頬に触れるだけの軽いキスを……。
性懲りもなく、また紅く染まったような気がする。
「君は断らなかったよね。だから、今日から君は僕の恋人だと思っていいんだよね?」――断らなかったんじゃなくて断れなかったんだよ!それに、断れなかったのは、真尋さんの押しの一手に流されたからだ!―――。