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真尋さんがとんでも無い発言をするまで、それまではいつもと変わらない日だった。
そう、昨日と同じことを今日も繰り返すはずだった。
朝練が終わり、教室へと向かう。背の高い私はどこにいても目立つ。だから、他の人には見えないものも見えてしまうのだろう。
「おはよう」
クラスメイトに挨拶をして教室に入る。
「…おはよう」
覇気の無い挨拶が返ってくる。クラスメイトで同じ部活―バスケットボール部の芳野だ。男子部の中で低い奴だが素早い動きを生かして一年でレギュラーを取った兵である。
私は彼の後ろを通り、窓際後ろから二番目の席に座る。
カバンの中から教科書を取り出して机にしまうと、することもないので机に突っ伏す。
二年になって一月。女子の輪の中に入れず、友達と呼べる人が一人もいない。真尋さんは、きれいな顔立ちで性格も優しいから、かなりモテる。そして、真逆の私。そんな私が真尋さんと同じ屋根の下に住んでいると言うことがどこからか知れ渡ったのか、それとも一年の時、体育のバレーの時間のとき、勢い余って突き飛ばして怪我を負わせてしまったのが原因なのか、女子からはぶられているようだ。
「な、成田さん。これ先生から」
挙動不審というか怯えているともとれる動作で、クラス委員長の友井さんが一枚のプリントを差し出す。
「ありがとう」「そ、それじゃあ」
彼女はそれだけを言うと、輪に戻っていった。その輪の中では、こちらを見て何かひそひそと言っているような感じだ。
「成田。お前、今日のリーダー訳してきた?」
軽く落ち込んだところに声を掛けられたので、仕方なく顔をあげると、芳野がノートを持って立っている。
「う、うん」
昨日、唸りながらなんとか訳してきた。意訳する技量がないので直訳しただけというお粗末のものだけれど。
「見せてくれ」
そう言って、右手を差し出す。その手に、ノートを置くと、ページを繰り、目的の場所までいくと、さっと目を通す。
「なるほどねぇ」
芳野が顔をあげると、私と目が合う。
「お前、気にしてんの?」
「何を?」芳野が顔を近づける。あまりの近さに少し身を引く。
「猛獣注意って呼ばれてんの」
初耳だったが、別に驚くほどのものでもない。それだけのことをしてしまったのだから。
「ま、俺は気にしないけどな。なんてったって、熊を蹴飛ばして撃退した人間だからな」
私の顔前でポーズをとる。そのあまりに格好つけた様子に笑ってしまう。
「お前、いつもそうやって笑っていろよ。なんかこう目つきが悪くて怖いからな」
芳野は律義に目を吊り上げて説明する。私はどんな顔をすればいいのか固まってしまう。
戸惑う最中、空気を変えるようにチャイムが鳴り響いた。芳野はノートを机の上に置くと「サンキュ」と自分の席に戻って行った。