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そもそもなぜ、汐野家に住むことになったのか。
それはまだ、中学を卒業して間もない桜の蕾もまだ固く、咲く気配のない三月の末まで遡ることにする。
その頃、確か私は引っ越しの準備に追われていたはず―。
「一海、これ持って行きなさい」
私は母から郵便局や銀行で配られるポケットティッシュやら油取り紙やらを渡される。
「一海がこの家にいなくなると淋しくなるわね」
「何かその発言、嫁ぐみたいに聞こえるんだけど」
めそめそとこのままでは泣きかねないので、憮然と言い放つ。
「それもそうね。んーじゃあ」
「じゃあ、じゃないから」母との会話は楽しいが疲れる。
そんなこともあと少しかと思うと、母じゃないけど寂しさは感じる。でも、何も今生の別れというわけじゃない。
「里穂子さん、娘欲しがっていたから、一海が行ったら喜ぶでしょうね」と母が微笑む。
里穂子さんというのは遠縁にあたる人だ。詳しく言うと、母方の祖母の妹の旦那さんの従兄弟の娘が里穂子さん。里穂子さんと母は高校時分の同級生でかつ友人でもある。
「汐野家に厄介になるんだから、部活ちゃんと頑張るのよ」
私は大きく頷いた。
私が引っ越し準備をしている理由。それは汐野家に居候するからに他ならない。
「言われなくても分かってる」小さな頃からバスケットボールをやっている私は、推薦で高校入学が決まった。部活の終了時間が遅く帰りを心配した父が推薦入学を渋っていたが、学校の近くに家がある里穂子さんにお願いしたところ、快く居候することを了承してくれた。そのおかげで、私は思う存分部活ができることになったのだ。
「部活だけじゃなくて勉強もちゃんとね」
「う、分かってる」
覇気のない声で返事をする。勉強は苦手じゃないけれど、思うように成績が伸びない。推薦じゃなかったらとてもじゃないけど、今の高校には入れなかったと思う。
「ま、頑張んなさい」
そうだ、部活との両立のために引っ越ししたのだ。
だから汐野家での生活は、いわば不可抗力だ。なのに、どうしてこんなことになるのか。